第12話 放送室ジャック

 4月下旬。フクシュウ狂ヒは市立船城高校へと新入生を装って「登校」していた。

 上はネット通販で買った高校のブレザーで下も高校のズボンをはけば、高校に通う1年生の生徒として不自然な見た目では無い。

 幸い教師が校門に立っていない時間帯だったので、彼はすんなりと校舎内へと侵入出来た。


 下調べした通りに、彼は放送室へ直行する。彼は小学生だった頃は放送委員会に入っていたこともあり、学内放送機材の扱いには慣れていた。

 当時の機材よりも大分新しいものだったが、直感でも扱いこなせることが出来た。

 時刻は午前7時45分。生徒たちが校舎内へと集う時間帯に、決行した。



ピンポンパンポーン



 全校内にチャイムが鳴る。


「全校生徒、並ビニ全職員ニ、オ伝エシタイ事ガアリマス。

 1年A組ノ真田加まだか 瀬史琉せしる穂炊木ほだき 大愛だいあノ2人ハ、中学生ノ頃ニイジメヲヤッテイマシタ。

『お前は俺の友達だから友達がお金に困っているのなら救いの手を差し伸べるのでしょ。だから「御初穂料おはつほりょう」を納めてください。って言っただけだよ』

 等トホザイテ、結局カネヲ巻キ上ゲテイマシタ」


 フクシュウ狂ヒのスピーチは続く。




「シカモ真田加まだか 瀬史琉せしるノ父親ハ中学ノ校長、穂炊木ほだき 大愛だいあノ父親ハクラスノ担任デシタ。

 愛スル息子ヤ娘ノタメニ、イジメヲ学校グルミデモミ消シ続ケテ卒業マデ誰ニモバレズニ済ミマシタ。ソレニ……」


 フクシュウ狂ヒがさらに続けてスピーチをしようと思った、次の瞬間!




「テメェいい加減にしろやああああ!!!!!」


 スピーチを聞きつけて瀬史琉せしるが放送室に殴り込みをかけたのだ。

 彼は血走った瞳でフクシュウ狂ヒをにらみつけながら手加減無しで顔面や身体に殴る、蹴るの暴行を加える。


「死にてえのかこのカスが! どうなんだ! 言ってみろ! 死にてえのか!? ええ!? ふざけんなよクソカスの分際が! オレに逆らうんじゃねえ! ぶち殺されてえのか!? ええ!?」


 放送室に瀬史琉せしるの怒号が響く。マイクが高感度なのかそれも拾って全校生徒並びに全教員に向けてON AIRだ。




「辞めろ! 真田加まだか! 辞めないか!」


 騒ぎを聞きつけた教師が瀬史琉せしるを押さえつける。が、沸騰した血液が脳を直撃した彼は収まらない。


「放しやがれ! コイツだけはブチ殺してやる!!!!!」

真田加まだか! 辞めろ! 辞めろと言ってるんだ! 辞めないか!」

「俺ノ言ッタ事ニココマデ反応スルッテ事ハ、自分ノ罪ヲ認メル。トイウ事ダナ? ウンウン、良イ事ダナ」

「こ……の、野郎ォ! 殺してやる! どけ! こいつだけはぶっ殺さないとダメだ!」

「バカ! 切れ! 電源を切れ!」


 ブツリ。というマイクが切れる音を残して放送は途絶えた。




 その後、学校側の通報で警察がやってきたが……。


「盗みや報復、というわけでは無いんだな?」

「ハイ。全校生徒、並ビニ教職員ノ皆様ニ瀬史琉せしる大愛だいあノ過去ヲオ伝エシタカッタダケデス」

「うーむ……」


 警察の事情聴取にも友好的に応じ、不審な点も無い上に未成年なフクシュウ狂ヒには警察も手が出せない。




「今回は一応口頭で厳重注意するだけで終わりですかね。彼もまだ若いし、傷害事件や窃盗を起こすつもりもなさそうですし、初犯ですからね」


 盗みもせず、暴力も振るわず、教師への「お礼参り」でもないフクシュウ狂ヒの犯行はせいぜいが「不法侵入罪」しか問われない。

 しかも彼は少年法に守られている上に「初犯」というのもでかい。それもあって駆け付けた警察は「口頭注意」だけしか出来なかった。




「ウウ……」

「? どうした?」


 フクシュウ狂ヒはさっきからずっと胸に手を当てていた……どうやら痛むらしい。警官はそれに気づいて声をかける。


「痛いのか? 痛ければ救急車を呼ぶぞ? 聞いた話では殴られたり蹴られたそうじゃないか。肋骨が折れてるかもしれないから遠慮せずに診てもらえ」

「イインデスカ?」

「構わん。救急車を呼ぶのが嫌ならパトカーで病院まで連れてくぞ?」

「助カリマス」


 フクシュウ狂ヒはパトカーに乗せられ、近くの総合病院まで運ばれる事となった。




 フクシュウ狂ヒの放送室ジャックの翌日、真田加まだか 瀬史琉せしるは先生に呼ばれて生徒指導室へと連れていかれた。


真田加まだか、お前は1週間の停学だ」

「!? 何でオレが停学に!? 悪いのは100%あいつだろ!? あんなの『不法侵入罪』に『名誉棄損罪』じゃないか! 何でオレが悪者扱いされなきゃいけないんだ!?」

真田加まだか、お前は納得しないだろうけど『盗人にも三分の理』ってやつだ。たとえ相手が誰であろうと『先に』暴力を振るったらその時点で罪を償わなくてはならなくなるんだ」


 フクシュウ狂ヒは骨折とまでは行かないが、肋骨にひびが入っていた。

 世間にとってはフクシュウ狂ヒの犯行よりも、真田加まだかの暴行傷害の方がより深刻な問題だった。




「ふざけないで下さいよ! あんなの正当防衛じゃないですか! 名誉棄損に対する正当防衛ですよ! それが何で『オレが悪い』みたいな事になるんですか!? おかしいですよ!」


 真田加まだかは無罪を主張するが、教師は一切それを聞かない。


真田加まだか! どんな理由であれ相手が暴力を振るってない以上、お前の方から先に暴力を振るったらお前が悪くなるんだ!」

「そんなの納得できませんよ!」

「お前が納得するとかしない以前の問題なんだよこれは!」

「何だと!? テメェはあんな奴の味方をするのか!?」

「オイ真田加まだか! 教師に向かってテメェとは何だ!?」


 つい本音がボロリと漏れる。


「とにかく、1週間学校に来るな。ゴールデンウィークが明けるまで家で大人しくしてるんだな」

「……」


 なぜオレが悪者扱いされるのか? 瀬史琉せしるには一切わからなかった。

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