第10話 投函(とうかん)作戦第2幕

「サテ……」


 フクシュウ狂ヒは投函とうかん作戦の第2弾を行おうとしていた。

 安物のプリンターから吐き出されたA4用紙の束を学生かばんに詰めて早朝、家を発った。


 母校である市立船城中学校に着いた時の時刻は午前6時を回った所。4月と言えど朝晩はまだ冷えるのか、真冬ほどではないがキリッと身が引き締まる寒さだ。

 朝練をやっている野球部やサッカー部などの部員がいるためか正門は既に開いており、門の近くにも教師はいない。中学の制服を着て何食わぬ顔で校舎内へと侵入していく。


 目的地は大愛だいあの父親である穂炊木ほだきが現在担任を務めている1年A組。

 誰もいない教室内でフクシュウ狂ヒは生徒の机1つ1つに、プリントアウトしたA4用紙を入れている。ほどなくして全ての机の中にメッセージを入れることが出来た。

 作戦完了。教師や生徒に気づかれる事なく帰還する。




 それからおよそ2時間後……一般生徒たちが登校し、自分の席に着くと何かが入っていることに気づいた。


「? 何だこの紙?」

「ああ、お前の机にも入ってたのか」

「この調子だとクラス全員入ってるんじゃねえの?」


 登校してきた生徒たちの話はみんな「机に入っていた謎の紙」だった。やがて担任が教室内に入ってくると……。


「お早う。何だ? どうした?」


 いつもと違うクラスの雰囲気に穂炊木ほだき先生は違和感を感じていた。


「あの……穂炊木ほだき先生。これ、何ですか?」


 生徒の1人が差し出した紙には、こんなメッセージが書かれていた。




「船城中学校1年A組ノ皆様ヘオ伝エシタイ事ガアリマス。君タチノ先生デアル穂炊木ほだき先生ハ去年マデ率先シテ、イジメヲ行ッテイマシタ。

『内申書をズタズタにして学歴を中卒で終わらせてやろうか!?』トカ『オレの娘を犯罪者にしたいのか!? そんなの許さんぞ!』ナドト手口ハ色々アリマシタ。

 総ジテ言エルノハ、イジメヲ見テ見ヌフリスルドコロカ率先シテ娘ガヤッテイタイジメニ加担シテ、学校グルミノ隠ペイヲシテイタ。トイウ事デス。

 当ノ本人ハ『そんなこと絶対にない!』ト、シラバックレルデショウケドネ。

 ア、ソウソウ。真田加まだか校長モ共犯デ、校長権限ト教師権限ノダブルパンチヲ食ラッテ、自殺未遂ヲスルマデニ追イ込マレテイタカラネ」


「先生、これって一体どういう事なんですか? いじめに加担して学校ぐるみで隠ぺいしてたなんて! 先生はそんな酷い事をしてたんですか!? 答えてください!」

「……!!」


 まずい……言いくるめなくては。穂炊木ほだき先生の脳みそは超スピードで演算を行い、それっぽい理由をでっち上げた。




「ああ、実を言うと娘がストーカーの被害に遭ってるんだ。あの子は相手に『私はあなたの事が嫌いだから2度と付きまとわないで下さい』って言ったら、

 こんな根も葉もないうわさ話を流されて困ってるんだ。警察や弁護士に頼んで対処しているけど辞める気配が無くてなぁ。

 ソイツは娘を守っているオレ達親を目の敵にして、お前さえいなければ娘は自分の物になるのに! って妨害してくるんだ。今回も警察に連絡しないとなぁ」


 挙動不審でどこを向いているのか分からない目線をしながら生徒にそう説明する顔には冷や汗が流れ明らかに動揺しているが、口からはデマカセの言葉が垂れ流され続けている。

 根も葉もないうわさ話、と言う自分の口こそが根も葉もないデタラメなウソをついている。よくもまぁこうやって舌が回るものだ、と自分自身に感心している穂炊木ほだき先生であった。

 緊張で自分の心臓の鼓動が耳に響くほどの緊張をしたが、今回は事がうまく運んだ。




「……それってホントの話なんですか?」

「あ、ああ。本当だとも。オレがウソをついてる、とでも?」

「……分かりました。先生の事を信じます」


 生徒は先生から離れ、自分の席に着いた。どうやら言いくるめは成功したらしい。


(ふぅ。助かった)


 先生は内心安堵していた。この時は何とかしのぐことが出来たが、その後彼の悪行が世間に知られる事となるのを、この時の彼はまだ知らない。

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