第4話 高見(たかみ) 黒鵜(くろう)が死んで、フクシュウ狂ヒが生まれた

ギギィイイイイイ!


 耳をつんざくような強烈なブレーキ音と共に、トラックは急停止する。

 トラックドライバーの視界に映った黒鵜くろうは視線は道路の方向で、縁石えんせきの上に立っていた。


「普通の人間はまずやらない明らかにおかしい動き」をしていたうえに、長年仕事を続けて養われた、通行人を見る「勘」で陰気なオーラを放っていて

「あ、こいつはやるな」と思って飛び出すよりも前にあらかじめブレーキをかけていたのだ。そのおかげで飛び込んだ青年とは接触せず、お互いに無傷で済んだ。


「バカ野郎! 何やってんだテメェは!」


 道路に降りてきた見た目のごつい、いかにも粗暴な雰囲気漂うトラックドライバーが愛車の前に飛び込んだ青年を1発殴った上で怒鳴り込んで来る。




「警察に通報するんですか?」

「当たり前だろうが!」


 ドライバーは持っていたスマホで警察に通報。施設の関係者を巻き込んだ大事となってしまった。


黒鵜くろう君、何でそんなバカなことしたの!?」

瀬史琉せしる大愛だいあにいじめられてこうする以外に逃げ道が無かったんだよ!」

黒鵜くろう君! またそんなウソついて! 何でそこまであの子たちが憎いの!? 何でそこまで憎めるの!?

 もし黒鵜くろう君が本当に死んじゃったらあの2人の人生がメチャクチャになるじゃない!」


 黒鵜くろうをここまで育てた先生。彼女はどこまでも瀬史琉せしる大愛だいあの味方だった。

 彼の死よりも、それで迷惑をかける瀬史琉せしる大愛だいあの方が大事だと断言していた。




 黒鵜くろうは、彼女に、暴力を、振るった。




 涙を流しながら「なぜ分かってくれない!?」というやるせなさ、そして

「どこまでも瀬史琉せしる大愛だいあに味方する」彼女に不愉快な感情を、恨めしさを、殺気立つ怒りを、ぶつけた。


「う、うぐ……うぐおおおああああああ!!」


 保護者の顔面を2発殴ると、声にならないうめき声をあげながら号泣し、崩れ落ちた。




 その日の翌日、黒鵜くろうが久しぶりに登校すると、彼の机には花瓶と遺影いえいが置かれていた。登校してきた黒鵜くろうの姿を見るや真田加まだか 瀬史琉せしるが人を小ばかにする目線と口元を浮かべながら彼に言葉をぶつける。


「あっれーっ? お前生きてたの? トラックにかれて死んだんじゃなかったのか? 幽霊じゃない?

 異世界転生しようとトラックにかれたけど、神様が転生を許してくれずに現世に送り返されたとかじゃないの?」


 相手は文字通り「黒鵜くろうの命をかけての行為」さえネタにしていじめ続けた。ただでさえ傷だらけの黒鵜くろうの心が、根元から折れた。

 それを聞くや「ここにいたら殺される」と逃走本能と生存本能が混ぜこぜになった物に従って、自宅である施設へと黒鵜くろうを帰らせた。




 それ以降、黒鵜くろうは学校に行かなかった。

 出席日数が足らないため、高校には行けない。中卒というのが今のところ彼の最終学歴となりそうだ。

 今時高校への進学率はほぼ100%だというのに、家庭事情で行くことができない1%以下に入ってしまったというわけか……

 育ててくれた施設を恨むことこそしないが、言いようのない不条理の嵐が彼を襲っていた。




 結局欠席することになった卒業式が終わり、黒鵜くろうはようやく外に歩けるまで回復した。

 職探しでハローワークに向かう途中、偶然外で一緒に遊んでいた真田加まだか 瀬史琉せしる穂炊木ほだき 大愛だいあとすれ違った。

 彼らは……笑っていた。友達に囲まれ、本当に、本当に心底幸せそうに談笑していた。

 その笑顔が、彼の脳裏に焼き付いて離れない。なぜ俺にこんな仕打ちをしたのに、笑っていられるんだ? なぜ俺にあんなひどい事をしておいて、罪悪感を感じずに、笑っていられるんだ?




 施設に戻り、食事をし、風呂に入っても、あの笑顔が……俺の事で後悔している様子が一切ない、心の底から今を楽しんでる笑顔が忘れられない。


 ……なぜだ?

 なぜ、いじめをした相手はのうのうと楽しい人生を謳歌おうかしているのに、いじめを受けた俺はこうして死にかけなければいけないんだ?


 やがて1つの結論に収束する。


 ……許せねえ。こんなの許せねえよ。絶対に、絶対に許されねえことだよこれは!

 復讐……ソウダ「フクシュウ」ダ。奴ラニ、シカルベキ報イヲ、天罰ヲ、正義ノ拳ニヨル鉄拳制裁ヲ、与エナケレバナラナイ。


 この日「高見たかみ 黒鵜くろう」は死んだ。そして復讐の鬼、いや復讐そのものとさえ言える「フクシュウ狂ヒ」が彼の身体を支配するようになった。

「転生」である。

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