第6話 新たな波乱は根深い
結局、ツリトはお風呂で少し眠ってしまってベッドに二時ぐらいに寝ることになって九時に起きた。キララを起こしてモーニングを食べに行った。一昨日のようなスイーツ系ではなくしっかりとしたモーニングだ。ツリトはサンドウィッチでキララはハニートーストを頼んだ。そして、十時になったところでカナから電話が掛かって来た。ツリトは席を外して店の外で電話に出た。
「もしもし、ツリト君」
「もしもし、カナ」
「ツリト君。やりたいことっていつぐらいに終わりそう?早く会いたい」
「うーん。遅くて一週間かな。扇子を手に入れる算段を立てたから」
「サルシア君を脅したのね」
「ああ。サルシアもさすがに予想外だったみたいだ」
「へえ。やっぱり。許してくれた時に確信してたんだよね」
「カナは狙ってたのか」
「うん。もちろんだよ。最近お見合いが増えてたしね」
「はあ。そうか」
「もしかして後悔してる?」
「いや、してない。しないことにしたから」
「そっか。嬉しい」
「キララの様子はどう?」
「実は扇子を手に入れるために協力してもらうことになった。そのために条件として、条件として……」
「何?何を強要させられてるの?」
「毎日キスすることになった」
「そっか。へえ。へええ。へえええ」
「分かった。カナの言うこと何でも聞くから」
「当たり前だよね。じゃあ、ツリト君には頑張ってもらうよ。カナのために」
「まあ、俺はカナの気持ちは関係なしにちょっと企んでいることがあるから」
「へえ。何か気になるけどおんなじことの気がするよ」
「それは良かった。あっ、サンドウィッチ来たからすまん」
「そっか。まだまだ話したいけどバイバイ」
「うん。バイバイ」
店に戻り席に戻った。アイスコーヒーも届けられていた。キララは少し頬を膨らませて怒っていた。キララは普段、角は見えないようにと視線を向けられないように欺いているので周りから視線を向けられることはない。もし、欺かなかったら視線が集まりツリトは周りから善望の眼差しで見られているだろう。龍人は余り数はおらず、人前に現れることはない。そのため、結構、皆、龍人に興味津々なのである。それにキララ自体の可愛さに目を向けることにもなっていただろう。水色がかった銀髪で透明な茶色の大きな目をした可愛さと女性らしい体つきで胸も大きいとなると龍人ではなくても目を引いてしまう。だから、ツリトはキララに視線が集まっていなくて良かったと思った。居心地が悪くなる可能性があるから。つくづくキララが色々と欺いていて良かったと思った。
「長い!」
「ごめんごめん。カナからだ」
「そっそう。まあいいわ。食べましょう」
あれ?何かカナにビビってる?
「まあ、へそ曲げられても困るし」
「何か言った?」
「んや、何も。食べよう」
「ねえ。一口頂戴」
「一つあげるさ」
「いい。一口がいいの」
「ほらっ、あーん」
「はむ。美味しい。じゃあ、キララも一口あげるよ。あーん」
「はむ。蜂蜜の甘さが丁度いいなあ。全然気にならない臭さだ」
その後は何でもないことを話しながら食べた。そして、食べ終えるといよいよ本題に入った。
「それじゃあ、作戦を話そうか。まず、キララはバウバウ家の話に乗ることとその時に俺も一緒って条件を付ける。で、王様暗殺についての協力が求められなかったら、それについて話させてくれ。後は俺がそれに関わっている奴らを一人一人見て行くよ。黒がいなかったら一気に奴らが築き上げて来たものを壊す。容赦なくだ。まず、内部分列を起こす。次に利用されている亜人の間違った知識を消す。そして、最後にキララにバウバウ家当主から正しい教育を聞くように欺いてもらう。ざっくりこの道筋で行く」
「分かった。キララ頑張る」
「ああ、よろしく頼む」
「今日もありがとねー」
体力切れを演じてマジックショーは終わった。そして、いつものようにチップを受け取る流れになった。今日は最後にいつものスーツを着たバウバウ家のものが現れた。
「今日も良かったよ。それで考えてくれたかな?」
「もう、何回も何回もしつこい。一回だけ話を聞いてあげるわ」
「ありがとう。では我が当主ジャン・バウバウにお会いして戴きたい」
「分かったわ。でも、ダーリンも連れて行っていい?」
「ああ。構わない。それではついて来てくれ」
連れて行かれたのは貧民街と王様が住む街を分けている壁がすぐ近くにある大豪邸だった。庭が広く壁に面している。庭からは楽しそうにはしゃいでいる大きな声が聞こえて来た。大きな門は開いてあった。そして、玄関と門との間に一人の老紳士、髪は完全に白髪になっているが顔に覇気が漲っている男が立っていた。
「お会いできて嬉しいです。どうぞ中に入ってください。キララさんとその旦那」
ツリトとキララは名前を語られずとも老紳士の名前は知っていた。
「こちらこそ、光栄です。ジャン・バウバウさん」
キララの挨拶にジャンは軽く柔らかな笑みを見せた。ジャンとここまで案内をした筋肉質の男は玄関に向かって行った。
「キララ、気を付けておいて。ジャンは少し危ない。王様への殺意が異常なほどある」
「そう。キララもジャンは嘘吐きだって分かった。欺こうとしてる。キララたちを」
ツリトはジャンの心の内を見て、キララはジャンを欺こうとしてそれぞれジャンの危険性に気付いた。
ツリトとキララが通されたのは応接室だ。ソファーも絨毯もかなり豪華な品だと見て分かる。机もかなり重厚感があり壁には大きな絵が飾られていた。目の前には紅茶が三つ置かれている。コップも皿も豪華だ。紅茶の香りもプンプン匂って来る。
「まずは、何度も押しかけて申し訳ありませんでした。どうしてもお願いしたいことがあったものですから」
ジャンが謝罪から入って紅茶を一口啜った。それを見てツリトとキララも紅茶を一口啜った。キララは紅茶に砂糖を入れて混ぜてある。実はモーニングで飲んでいたアイスコーヒーも砂糖とミルクを入れてあった。ツリトはキララを甘党と見ている。
「私たちがお願いしたいことというのは今から二日後の五月二十日の夜にマジックショーをやってもらいたいのだ。もちろんお金は摘む」
「いくつか質問を。どうして、夜なんですか?」
キララが質問した。招かれたのはキララだからだ。
「それは答えられない。従ってくれないか」
「お金はどれぐらい摘んでくれますか?」
「私が出せるのは十億までだ」
「少ないですね。だったら夜にマジックショーはやりません」
「仕方ない」
ツリトはオーラを見えないように纏っている。そして、ジャンがしようとしていることが分かった。シックスセンスを使おうとする意思が強くなったことが。糸が太くなったのだ。だから、ツリトは二人にシックスセンスを使おうとする気持ちを凪いだ。糸を斬ったのだ。そして、二人に秘密を隠したいという微妙に太くなっていた糸も斬った。それを横に座っているキララの左手を握り合図した。キララはジャンの付き人をちらりと見て
ジャンがツリトとキララに何でも話すことは当たり前である。
と心を欺かせた。
「事情をお教え願えますか?」
「分かった。お答えしよう。我々は二日後、王様の暗殺を決行する。そのために一般市民の注意を引いておいて欲しいのだ。近衛騎士がまだ、巡回の必要があると思えるように。その日の当番はサルシア・サキューバスだから」
「なるほど。そういう事情でしたか。ですがどうやって暗殺を?」
「私たちが貧民街の亜人を、昆虫と人間の亜人を助けていることは知っているだろう?彼らの力を借りる。彼らは間違った教育を受けていて王様に反感を覚えているから暗殺の準備を何の疑問も覚えずに準備してくれている。カメレオンと人間の亜人のジェンドと蟻と人間の亜人のジェイクが作戦の肝となる。ジェイクはこの三年間で彼のシックスセンスで異空間を掘り王様の部屋まで道を作った。ジェンドは透明になれるのは元からだがシックスセンスで隠形が極まっている。彼ら二人のおかげで王様暗殺の実現性がかなり高まった」
ここでジャンは紅茶を一口啜った。喉が渇いたのだろう。ツリトも一口啜って頭を整理させた。
「我々は二日後の夜八時、王様を暗殺することにした。七時にジェイクがシックスセンスで異空間の巣を具現してジェイドとここにいるジャイが王様の部屋に行って潜む。七時五十分に街中で騒ぎを起こす。この騒ぎは蜘蛛と人間の亜人のジェッシが街中に透明な蜘蛛の糸を張ることで起こす。この糸を走って一万人ほどの昆虫と人間の亜人を街中で暴れさせる。そして、八時ピッタリに見えない一撃でジャイが王様を殺す。これが私たちが立てた計画だ」
ツリトはキララの左手を握って落ち着かせた。キララは眉間に皴が寄り手がピクピクと震えていたからだ。ついでに言うと怒りの糸が大きくなっていた。だから、ツリトが代わりに質問することにした。
「亜人の中に正しい教育を受けているものはどれぐらいいる?」
「さっき述べた主要人物三人だ。ジェンド、ジェイク、ジェッシだ」
「では、ジャンさんが王様を暗殺しようとする理由は?」
「分からん。気付けば暗殺をしたいという意志が生まれていた」
「王様を殺すことに罪悪感はある?」
「ある。が、どうしても殺したいという意志が収まらない」
「亜人を助けた当初の目的は?」
「単純に彼らの生活を豊かにしてやりたかったからだ」
「じゃあ、どうして心変わりしたの?」
「分からない」
「お前はどうやって仲間を増やしている?」
「私のシックスセンスで交渉する相手をその気にさせてだ」
「お前が王様暗殺を企てたのは?」
「三年前からだ」
「三年前に誰と会って王様を暗殺したいと考えた?」
「分からない」
「今回の作戦に全員が集まるのはいつだ?」
「二日後の夕方だ。家と繋がっている壁を壊して決起会を行う」
「王様への忠誠心はあるか?」
「あるさ。積極的に亜人を助けていたのはそのためだ」
シックスセンスによって思想を変えられたり、記憶を消されたりされている糸が見えない。だが、明らかにそうされている。これは中々に厄介だな。
「キララ」
キララは首を縦に振った。
「分かりました。夕方の決起会にも参加させて頂きます」
「そうか。嬉しいよ。決起会の開始時間を早めるよ。四時から開こう。君たちは六時までだ。その後、広場でマジックショーを行ってくれ」
「分かりました。キララ、行こう」
「うっ、うん」
ツリトはキララの左手を握ったままバウバウ家の屋敷を後にした。
「ってことだ。サルシアは助けることができるか?」
夜の七時。すっかり暗くなりお腹がペコペコな中、ツリトとキララはサルシアと鰻屋の個室で今日の報告をした。
「そうか。おそらく僕でも無理だろう。君のシックスセンスで分からなかったのだろう。僕の方は貧民街に行って敵の規模を確認していたのだが無駄足に終わったね」
「だな。思ったより規模がデカいし、実現性が高かった。でも、裏に誰かいる」
「とりあえず、扇子をなるべく早く渡すように頼んだ方がいいね」
「ああ。頼む」
「ところでツリト。その手はいつまで握っているんだい?」
「ああ。俺も放れたいのよ。でも」
「ツリトの方から握ってくれたの。だから絶対に放したくない」
「俺が早くバウバウ家から出たかったがばかりにキララの手を握って連れ出してしまったんだよ。そのせいでホントに放してくんない。もう五時間ぐらい経っちゃってる」
「ツリトはこう言ってるけど、ホントはキララが早く出たかったの。何か凄く落ち着かなくなっちゃって」
「ツリトはホントに優しいね。僕は自分の意思を優先するからツリトは凄いと思うよ」
「そうかよ。キララ放せ」
「ひゃん」
ツリトは角を撫でてやった。自然と手を放してくれた。ちなみにだが個室になった時キララはシックスセンスを使っていない。だからサルシアも見えている。ツリトはキララがシックスセンスを使っている時も初めて会った日からずっと角は見えている。
「いちゃつかないでくれ。僕の居心地が悪い」
「別にいちゃついていないぜ。さっ、食べよう。いただきます」
「「いただきます」」
「うん。焼き加減がいいなあ。身も締まってるしタレも旨い」
「そうだろ。僕がよく通ってるからね」
「ホントに美味しい」
三人それぞれ感想を言って何でもない会話をして食べた。店を出て別れた時は八時だった。ホテルに着いたのが八時半だった。
「明日はマジックショーを終わらしたらいっぱい遊ぶか?」
「えっ!いいの?」
「ああ。どうせできることはないだろうし。それに三日後、ここを発つからな」
「うん。分かった。キララはどこでもついて行くよっ」
「おう。じゃあ、さっさと風呂に入って寝るか」
「うん。先に入って来なよ」
「いや、キララが先だ。俺が先に入ると多分ゆっくりできないから」
「むう。分かった。けど」
キララは目を瞑って口元に指を指した。
「はあ。今日の分はこれでお仕舞だからな。ちゅっ」
「うん。ありがとう。じゃあ、先に入るね」
「はあ。だんだんと抵抗感がなくなって来てるな。まあ、仕方ないか」
ツリトはソファーに座って今日のことを考えた。
「三年前にシックスセンスで何かしてその影響は消えていない。これ自体は全然俺でも可能だが何の形跡も残さずと言うのは相当な実力者の可能性が高い。やっぱりサルシアに相談するか」
「もしもし、サルシア」
「もしもし、ツリト。どうしたんだい?」
「今日のこと他国に知らせた方がいいんじゃないか?」
「うん。その必要性は僕も感じていた。だが、公に発表することはできない。だから、僕はライとウールフに連絡するよ。ツリトはカナに連絡してくれ」
「分かった。じゃあ、また」
「うん。またね」
ツリトはため息を吐いてポットの湯を沸かすと緑茶を急須に入れて湯呑を持って机の上に置きソファーに座った。
「俺が貧民街の壁を壊して住民の思想を変えたことが知れ渡ると命を狙われるかもしれないな。止めるべきか否か。だが、俺以外がやると絶対に殺される。俺がやるべきか。参ったなあ。ホントに」
ツリトは一口啜った。
「しかも、守るべき者が増えちまったし。はあ。記憶を消す。強い衝動を与える。そんでもってシックスセンスの形跡を消す。これに関しては時間も関係しているだろうが。もしかしたら三人。それに効果時間が長いから黒。はあ、ホントに厄介この上ない。黒シリーズを買い揃える必要があるな」
長々とゆっくり考えていると時刻はあっという間に十時になっていてキララは既に風呂から上がっていて冷めた緑茶を下着にキャミソールの姿で横に座って飲んでいた。そして、電話が掛かって来てようやくその状況に気付いた。
「うわっ!いたなら言ってくれ」
「何か考え事してたから」
「そうか。ありがとう。ちょっとごめん」
ツリトはその場で電話に出た。
「もしもし、ツリト君」
「もしもし、カナ」
「どうかした?」
「まあちょっとね。実は…………ってことがあって一応、そっちも気を付けてくれ」
「分かった。こっちも極秘に調べさせるわ」
「ああ。よろしく頼む。それでだが」
「それでだが?」
「俺は迷ってる」
キララが右手を優しく握ってくれた。少し震えていたのだろう。カナもツリトが迷っていることに気付き息を飲んだ。
「やっちゃいなよ。カナは知ってるよ。ツリト君は優しいことを。本気で戦えば負けないことも」
「でも、狙われるのが俺じゃないかもしれない」
「だったら、早くカナに会いに来てよ。守ってよ。知らない悪党にビビッて英雄にならないのはもったいないよ。それにツリト君だけで対処する必要は全くないんだから。他国に被害が及んでいたら、及んでいなかったとしてもライ君、ウールフ君なら手伝ってくれるよ。だから、英雄になりな」
「分かった。英雄になってからそっちに行くよ。あの箱って使えるの?」
「ごめん。その子は怒っちゃてて出してくれそうにないの」
「そうか。何か厄介ごとが増えた気がするよ」
「大丈夫。きっとすぐに仲良くなれるから」
「はあ。長々と悪かったな。大丈夫か?」
「ちょっとドアがどんどんと五月蠅いけど大丈夫」
「わっ分かった。悪かった。バイバイ」
「全然気にしなくても大丈夫。バイバイ」
ツリトはソファーに全体重を預けて大きく一息吐いた。隣で今もキララが手を握ってくれている。でも、顔はちょっとムスッとしていた。
「キララには相談してくれないんだ?」
「いや、ちゃんとするつもりだったよ。キララ構わないか?」
「いいよっ。キララはツリトが人助けをするのは当たり前だと思ってるよ。だってツリトは誰に対しても優しいんだから。でも、今回キララの意見を聞かずに勝手に決めたのはダメだよ。罰として一緒にお風呂入って」
「は?」
「罰として一緒にお風呂入って」
「いや、今さっき入ったばっかだろ?」
「うん。でも、体が冷えたから」
「そりゃ、その格好だとな。また、入って来ていいよ」
「何言ってるの?罰として一緒にお風呂に入るんだよ」
「はあ。分かったよ。また、ゆっくりできない」
「じゃあ、行くよっ」
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