第7話 恐怖

 時刻は九時、モーニングを食べに行こうとした時、カナから電話が掛かって来た。

「もしもし、ツリト君。ちょっと早いけどいいかな」

「うん。大丈夫」

「今日、あれから調べてみたんだけど今のところ思想が変わっている有識者とか政治家はいなかった」

「そっか。ご苦労だった。まだまだ危険は眠ってる可能性はあるから気をつけてな」

「うん。まだ、危ないところは調べてないから」

「そっか。あんまり無茶はしないようにな。敵の規模は分からないから」

「分かってる。ツリト君は今日、どうするの?」

「観光」

「そっか。デート楽しんでおいで」

「そっちに行ったら絶対カナに付き合うから」

「当たり前よ。でも、堂々と人前ではデートできないけど」

「キララの力を借りたらできるかも」

「むう。確かに。ちょっとだけ癪だけど仕方ないかな」

「ああ。あんまり無理しないようにね」

「こっちの台詞だよ。でも、頑張って」

「おう。じゃあ、また」

「うん。またね」

「じゃあ、行こうか」

 やはり、キララは顔をムスッとしていて握っている手も少し痛いぐらいだった。

「何か、仲間外れされてる気がする。これからキララも電話に入らせて」

「いいのか?」

「うん。これから嫌でも一緒にいることになりそうだもん。仲良くしておいた方がいいと思って」

「分かった。とりあえず、モーニングに行ってマジックショーやってから観光しようか」

「うん。でも、マジックショーしなくてもいいんだけど」

「明日の宣伝だ。明日、お別れの挨拶をするための」

「分かったよ。確かにいきなりいなくなるのは寂しいもんね」

「そういうこと。じゃあ、行こう」




「今日はありがとう!ちょっと大事なお知らせがあるのっ。明日のショーを最後に王都から離れようと思うの。だから、明日は昼と夜にマジックショーをすることにしたわ」

「「「うおーーー」」」

 観客は一瞬静まり返ったがすぐに沸いた。

「観客を集めるのとマジックはせこいことしてるけどこれだけ人気を集めてるのは大したもんだわ。ホントに」

 ツリトはマジック自体は冷めた気持ちになるが観客が沸いている姿は本当であるためそこだけは尊敬している。キララはいつも通り皆からチップを貰っていき、バウバウ家のいつも来ている筋肉質の男も今日は十億入れてやって来た。何も言わず頭を下げていた。

 まあ、裏切るけど。

 キララが全員からチップを受け取り終わった。ちなみに一応ツリトはキララにツリトと認識できないように街中を歩くときは欺いてもらっている。だから、ツリトがキララの傍にいても誰も話しかけて来ないのだ。

「行こっか」

 キララが貰ったチップに満足して振り返りツリトの手を握った。

「うんっ!}

 キララは満面の笑みを向けて手をブンブンと振った。鼻歌も聞こえて来た。




 少し遅めの昼ご飯を食べ終えた後、二人は服屋に来ていた。

「キララの服を選んでくれるの?」

「んや。血で汚れたから俺の替えの服を買おうと思って」

「そういえば、ツリト。全然意識がなかったよね。体は勝手に動いてたっぽいけど」

「は?キララが操ってたんじゃないの?」

「確かにキララは乗り気だったけどツリトも体が反応してたよ。それにさすがにこういうことでシックスセンスは使いたくないから」

「おっ、俺は信じん!」

「ちょっ、引っ張んないで」




「ホントにそれでいいの?」

「ああ。汚れが目立たない肌を隠すような奴だったら何でもいいから」

 ツリトが買ったのは全身真っ黒の長袖長ズボンで通気性と伸縮性があるものだ。そしてチャック付きのポケットが凄く多いものだ。

「さすがにダサくない」

「ダサくていいんだよ」

「ツリトがいいならいいけど、じゃあ今度はキララに付き合ってね。キララも服を買いたいなあって思ってたんだよね」

 キララは握っている手を引いて同じフロアの女性用の服屋の方向に向かった。

「何買うんだ?」

「キララって浮遊できるじゃん。だから可愛いのはなかなか着れないんだよね。それにキララ自身あんまり着たくないの。だからキララがツリトにアピールするにはこれしかないっ!っていうのがあって」

「おいっ、服屋通り過ぎたぞ」

「うん。だから、ツリトに好きなの選んでもらおうと思って」

「さすがにごめんなさい」

 キララが向かったのは女性用の下着屋だった。ツリトは握っている手を放し踵を返そうとしたが、既に手は強く握られてしまっていた。

「大丈夫。ツリトをツリトと認識できなくしているのは知ってるでしょう?」

「でも、見てみろ!視線が集まってるんだよっ!」

「大丈夫。ツリトって認識されてないんだから。それにキララもマジックショーをやってる女だって認識されないようにしているから」

「こんな羞恥プレイはないだろう!」

「じゃあ、代わりに何してくれるの?」

「最近、そのパターンを無理やり作ってないか?」

「つくってないよー」

 キララは棒読みで答えた。確信犯だ。こうしている間にも中から視線が集まって来ている。ツリトは自分と認識されていなくても顔が朱色に染まっていく。一方のキララも同じ理由で顔を朱色に染めている。どちらが先に羞恥心に耐えれなくなるか。先に根を上げたのはキララだった。

「やっぱりツリトは待ってて」

「はあ。ふう」

 ツリトは手を放されて疲労感からため息を吐き、また、安堵の一息も吐いた。ツリトは近くのソファーに踏ん反り返った。今、二人がデートしているのは王都一の庶民が気軽に楽しめるショッピングセンターだ。ツリトは高級の服を買おうと思えば王様から貰ったスマホで帰るのだが高級品を身に着けるのは気が引けるのである。高級料理を食べるのは全く気が引けないが。スマホを見るとツリトから明日の朝、扇子を直接渡す、とメッセージが届いていた。

「ふう。とりあえず、今のところ異変なしか。首魁は絶対大丈夫と踏んでるのか?いや、そもそもニュースで結果が知れるから介入しなくていいのか?ダメだな。考えなくてもいいことを考えてる」

 キララが戻って来た。少し顔を赤くしていた。

「お待たせ。服も買っていい?」

「ああ。構わないよ」

 キララはツリトと同じような服を当たり前のように買った。ツリトは顔を少し赤くして抵抗したがキララは断固として譲らなかった。嬉しそうに繋いでいる手を振っていた。




 次に向かったのは本屋だったがキララは興味を示さずソッポを向き却下した。代わりにキララから提案されてカフェで一息吐くことになった。ショッピングセンターを出て近くのワッフルが有名なカフェだ。横並びに座っている。

「はあ。疲れた」

「キララ。娯楽にあんまり触れて来なかったんじゃないか?」

「あんまりね。触れたのは兄さんが持って帰って来たものぐらい。キララがいたところは毎日何もなくて退屈だったから」

「一度、楽しんで見たらどうだ?」

「いい。キララはツリトと一緒にいるだけで退屈ではないから」

「そうか。俺もまあ、娯楽に触れて来た方ではないから強くは勧めないけど」

「お待たせしました。ワッフルとバニラアイス、それと飲み物のアイスコーヒーとホットの紅茶です」

 ミニスカメイド服を着た長い白い耳が特徴的な可愛らしいウサギと人間の亜人の店員がテーブルに運んだ。下から上に視線を上げた。思わず見惚れていると右耳を強く引っ張られた。

「痛い痛い痛い痛い…」

「どこ見てるの!」

「悪かった。でも、この店の有名な理由の一つはあの店員なんだよ」

「だから、ここに来たの!」

「ん、そだよ。痛い痛い痛い痛い痛い…」

「今日は覚悟しててね」

「はあ。ちゃんと味でも選んだって。ほらっ、ワッフルを切り分けてアイスを乗せて。はい、あーん」

「はむ。はむはむ。美味しい」

「だろ」

 キララは元から大きくて丸い目を更に大きくして驚いた。声も若干上ずっているようにも聞こえた。

「こんなことでチャラになんかならないんだからね!」

「ああ。どんどん食べな」

「うんっ」

 キララはツリトのことなど忘れているのかパクパクと、時々紅茶を挟みながら無我夢中に食べていた。そして、ラスト一口になったところでツリトが一口も食べていないことに気付いた。

「あっ!食べるよね?」

「いいよ。全部食べな」

「うんうん、それは悪いから。はい、あーん」

「はむ。うん、やっぱり美味しい」

「この後、どこ行くの?」

「うーん。ちょっとバウバウ家を遠めから覗くか?」

「何するの?」

「万が一に備えようかなっと思って」




 時刻は五時、ツリトとキララは一度ホテルに帰ってからバウバウ家の上空を飛んでいた。キララがツリトをお姫様抱っこしている。

「いやあ、しかし、ホントに視線を感じないな」

「当たり前だよ。キララがシックスセンスで欺いてるんだから」

「まあでも、この辺りの上空を飛んでいても視線を全く感じないし」

 キララはツリトとキララを見えないように欺いた。正確には見えても空の一部と思うように欺いた。

「それで、見たいものは見えてる?」

「うーん。まあね。異空間の巣が見えてるよ」

「あれが見たかったの?」

「うん。アレを壊しておこうと思ってね。もう大丈夫。一応、貧民街の方を見てみよう」

「いいの?壊してないけど」

「うん。かすり傷を付けたからね」

 ツリトとキララは貧民街の上空を隈なく飛んだ。ツリトは黒のオーラを斬りたいと思って糸が繋がるのを待った。

「ねえ、何を探してるの?」

「もし、首魁が明日やって来るとしたら貧民街から来るんじゃないかなと思って」

「へえ。で、どこら辺に行ったらいい?」

「もっと奥。壁際に頼む」

「うん」」

 キララとツリトは壁際を沿うように飛んだ。そして、王城から一直線上の壁を支えにしたボロ屋に糸が繋がった。

「キララ、あのボロ屋に向かってくれ」

「うん」

 空は暗く染まっている。星と月の明かりだけが頼れる明かりだ。キララは地面に着地した。目の前のボロ屋は鉄の細い棒が四本、柱になって立っていてその上に大きな布が乗せられて飛ばないように釘打ちされているだけだった。

「ここに、何かあるの?」

「おう。もう大丈夫だから」

 キララはツリトをお姫様抱っこしたまま下ろそうとしない。

「よいしょっと。ちゅっ。今はこれだけにしてあげる」

 キララはツリトの顔を上げてキスするとゆっくりと下ろした。

「やっぱ、怒ってる?」

「別に」

「はあ。どこも行くところが無くなったから気になって来てしまったけどマズかったか」

「何が見つかったの?」

「このボロ屋の中に黒シリーズがある」

「黒シリーズってあのめっちゃ高い武器?」

「うん。俺の右手首のリストバンドもそうだ。触ってみて」

 どうやら、キララはエージソンの黒シリーズのことを余り知らないみたいだ。そして、余り必要ないと思っているみたいだ。ツリトは袖を巻くってキララに見せて触らせた。

「これって…」

「そう。中にシックスセンスが保存されてる。でも、黒のオーラを持つ者しか使えない」

「何か説明で効果とか書いていたけどホントだったんだ」

「そう。で、その黒シリーズが何故かここにある」

「それって確定じゃん。どうするの?」

「もちろん確認するさ。入るよ」

 ツリトは自分とキララに向けられる攻撃、シックスセンスによる自分たちに対する干渉は粉々に斬ると設定した。ツリトはキララの手を握って布を捲った。中は暗かったが、地面に置かれているものがあった。指輪ケースだ。

「黒シリーズの親愛の指輪だ。ちょっと電話する」

 黒シリーズは各国が保有している。それは防衛のためでもあるし侵略のためでもある。だが、最近は使われることはほとんどなくなっている。理由としては使わなくても十分に黒は最強だからだ。だから、最近は黒で黒シリーズを使うのは弱さの表れだと馬鹿にされる傾向が生まれている。そして、親愛の指輪を保有していたのが宗教国ショワだ。要するにウールフを問い詰めなければいけない。

「もしもし、ウールフ」

「もしもし、ツリト。何か面白いことになっているみたいじゃないか」

「まあな。それより、親愛の指輪はどうした?」

「親愛の指輪?何でそんなこと聞くんだ?」

「王都で片方を見つけた」

「何⁉そうか。実は百年前から紛失している」

「はあ。すげえきな臭くなって来たな」

「だな。どうするんだ?」

「英雄になるけど」

「くうっくっくっくっくっくっく。気をつけろよ。今やお前だけの命じゃないんだから」

「ちゃんと紛失した責任を国として償ってもらうからな。俺に」

「くうっくっくっくっくっくっくっくっく。お前、子供ができて増々面白くなったな」

「はあ。そりゃどうも。他にも紛失している黒シリーズがあるなら白状しろよ」

「おう。後で送っとく。じゃあな」

「おいっ!クソっ、あいつ、はあ」

 自分が不利になるとすぐ逃げる。それはウールフの常套手段だ。

「ってことでキララはどうする?」

「ここまで来て置いてけぼりは嫌だよ。それにキララだって戦える」

「うーん。キララは前に出るな。サポートに徹しろ。それとこのリストバンドを着けろ。それが絶対条件。って言おうと思ったけどやっぱりついて来んな信じて待ってろ」

「何で⁉」

「キララには二つの命がある。もしもがあるから。許せ」

「むう。絶対戻って来てね」

「ああ、任せろ」

「絶対いちゃつくから」

「まあ、今回は許してやるよ。だから、放してくれ」

「ちゅっ。待ってる」

 キララは尚も不安そうな顔をしているが自由にしてくれた。ツリトは指輪ケースを開けた。空間が捻じ曲がって景色が変わった。指輪ケースを置いて空間の歪みの中に入った。




 ペンで何かを書いている音が聞えた。光が微かに漏れていた。数人の足音、話し声も聞こえてきている。ツリトはワープ先にあった指輪ケースを閉じてポケットに入れた。微かな光はドアの隙間から漏れていた。ツリトは今いる部屋を探索することにした。指輪が置かれていたのは壁に備えつけられた棚だった。他にもたくさんの装飾品や武器が四方八方に置かれていた。ツリトは部屋の範囲を限定にして黒のオーラとシックスセンスが保存されている黒シリーズを斬りたいと思って糸がどれぐらい繋がるか確認した。右の手の平に無数の糸が集まって張った。数えたら百は余裕で越えていた。数えるのが馬鹿馬鹿しくなるほどだ。そして、最も恐ろしいのは全部エージソンのオーラが保存されていたことだ。生前エージソンが作った黒シリーズは百個ほどだと言われている。しかも、それは約千年前。

 ありえねえ。エージソンが死んだのは千年も前だぞ。ドアを開けて確認すべきか?とりあえずこの黒シリーズを持ち帰ることが先決か?

 ツリトは声に集中した。

「おい、お前ら集まってくれ」

「「「「「おう」」」」」

「まずは、設計図だ。見てくれ」

「なるほど。今の時代に合っているな」

「サイバージャックか」

「これならいちいち記憶を消す必要が無くなって来る」

「しかも、この鈴を鳴らすたびに効果時間も長くなる」

「我ながら凄い出来だ」

「だろっ。では保存するぞ。我ら六人のオーラを!」

 息を大きく吸って掛け声が聞こえた。

「行くぞっ!せーの!」

「「「「「「ハッ」」」」」」

 爆発的な黒のオーラが一ヵ所に集まったのをツリトは感じた。

 なっ!思えばこの部屋の黒シリーズ、凄く純度と濃密さを感じるものが多い。

「これで、明日は楽勝だ…な」

 バタッ!

 六人が倒れる音が聞こえた。ツリトは音が聞こえなくなりドアをゆっくりと覗くように開けた。

「嘘だ…ろ!エージソンが六人?」

部屋の両端の扉が開かれて同じ声が響いた。

「あちゃあ、また、倒れちゃったか。オーラ増量ネックレスを着けても倒れちまうか」

「まあ、俺らも倒れるからな」

「そうだな。丁度黒シリーズの最強人造人間の設計プログラムができたのだがな」

「おっ、そうか。俺たちはクローン増量システムの改良ができたところだ」

「そうか。これでまた、俺たちの夢に更に一歩近づいたな」

「それで、どうだ?」

「ああ、明日、問題なく実践に出せる。サルシアを上回るのは間違いないだろう」

「ツリトはどうだ?」

「情報が少ないからな。だが、サルシアより厄介なことはあるまい」

「違いない。では、俺たちは研究に戻るか」

「だな」

 二人のエージソンは来た時と同じ扉を開けて元の部屋に向かった。エージソンの見た目は若返っている。まるで二十代だ。

 これは、どうする?全体の数を確認したいが絶対バレてしまう。するならここを離れるタイミングだな。じゃあ、俺がすることはこれしかない。

 ツリトはポケットに入れていた指輪のケースを開けた。そして、棚に置いてある黒シリーズをどんどん投げ入れた。一時間ぐらい経っただろうか。部屋にあるものは全て回収した。そして、六人の寝ている部屋に入りオーラ増量ネックレスを六つと鈴を持った。そして、ワープが出ている部屋に入ると指輪ケースを開けたままポケットに入れた。鈴を五回ほど鳴らした。

 俺が出せる最大限の効果範囲、半径五キロメートルの球の中にいる黒を粉々に斬る!

「なっ、全員、生きてる⁉まさか…。マズイ。気付かれている」

 ツリトは床に大きな斬撃を飛ばしてマーキングを残すと鈴を持ってワープの中に入り、大量の黒シリーズの前で指輪ケースを閉じた。

「はあ、はあ、ふうーーー」

 ツリトは大量の脂汗を流してその場に座り込んだ。

「ツリト!」

 キララがツリトに駆け寄り抱き着いて来た。ツリトは尚も若干震えている。

「首魁は、…ヤバい」

「誰だったの?」

「分からん。だが、なるべく考えたくない。とりあえず、一番の最悪な事態は免れたはず…だと思う。まずは、こいつらをどうにかしよう」

 スマホのライトだけで照らされた部屋には大量の黒シリーズが四方八方に山になって積み重なっている。

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