第2話 旅の始まり2
四人はそれぞれ個室を取っていたみたいだが五人で座敷の個室に入った。カウンターで食べるのが一般的だが顔を見られたくない人のために用意されてある。四人は寿司の盛り合わせが来るまで手持ち無沙汰になった。
「よしっ。それぞれの連絡先は交換したし、五人のグループは作ったけど、皆それぞれ、連絡先交換しなくていの?」
ツリトだけが連絡先を交換した状態だった。ちなみにツリトの右隣はカナがいて向かい側にツリトの正面から順にサルシア、ウールフ、ライと座っている。カナはさすがに腕は組んできていないが足と足が当たるぐらいには距離を近づけて座っている。皆足を崩して座っているが、ライだけ正座で座っている。さすがは武士だ。
「カナたちはそれぞれ高いポジションに着いているから、連絡先は交換したらホントはいけないの。でも、黒は孤立するかもしれないからその時のために仲間は作っておきたいじゃない」
「孤立って、圧倒的な力にビビッてか?」
「まあ、そんなところ」
「まあ、国が違ったらやっぱり事情も違うか」
「そうそう。そういや、ずっと聞きたかったんだけど、どうして、解体ショーと握手会なんてしてるの?」
「僕も聞きたいな」「僕も知りたいです」「俺も気になってたんだよな」
「えっとね。単純に俺が金が欲しかったからかな。解体ショーは十歳の頃、俺が黒の有用性を知って欲しいものを手に入れるにはこれしかないっと思って。俺のシックスセンスが金稼ぎに向いてるってのもあった。まあ、嘘だけど。ホントは成り行き。でも、実際そう思うようになった。握手会は十五歳からなんだけどこれは解体ショーだけでは単純に金が足りなかったからで」
「へえ。何が欲しかったの?」
「天才発明家エージソンの黒シリーズさ」
「でも、あれって一つ、百億はくだらないわよっ!」
「そう。だから、必死になって俺のシックスセンスを磨いたよ。磨けば磨くほどチップが貰えるんだ。皆、将来の俺に期待してね。中には悪意丸出しの奴もいたけど。そういう奴には踏んだくれるほど踏んだくってさ。もちろん、他のことでも金を稼いだ。この漁師町には偶に今日みたいにクソデカいのが釣れるんだ。そいつを売り捌くととんでもない値段で売れる。俺はどうせ、外で金はいくらでも手に入るだろうから、もういいかなあと思って今日の大魚釣りは乗り気じゃなかったんだけどな思わぬ収入を得てしまった。また、欲しくなって来てる」
「それでそれで、黒シリーズの何を手に入れたんですか?僕はツリトさんのシックスセンスから考えるとサポートアイテムのシックスセンスの効果を拡大する指輪ですかっ?」
今まで黙っていたライが急に早口で捲し立てて来た。ライ自身も黒シリーズの刀、雷刀を持っていることから興味があるのだろう。
「サポートアイテムは当たり。けど、リストバンドだ」
「リストバンドお?それは勿体ないんじゃないか?あれは黒シリーズの中でもガラクタと言われてる奴だろう?」
ここで人狼のウールフが話に入って来た。ウールフは暗殺を生業にしているから無駄遣いだと考えたのだ。
「まあ、俺のは殺傷性が高いからそう思うのは仕方ないだろうね」
「もしかして、何か条件が必要なのかい?」
ここで今まで黙って話しを聞いていたサルシアが興味を持った。サルシアは自分のシックスセンスを使うのに剣を持たなければならないという条件があるからだ。正確には鋭利な武器を持っていた方がやりやすいということだ。
「んや。サルシアみたいに剣を持ってないとみたいなキツイ条件じゃないよ。ただ、正確に斬るには一回ちゃんと視界に入れないといけないだけ。だから、万一、不意打ち食らった時のために自動治癒を発動するこれが欲しいと思ったのさ。それにこれなら八十億で買えたから」
「ふーん。でも、カナはウールフ派かな。黒の使い手が不意打ちを食らうのって間違いなく死に直結するダメージを食らうと思うから」
「俺も全く同じだ」「僕も」「僕もですね」
「はあ、やっぱりこの説明じゃ厳しいか。しゃあない。俺はお前らを信じるぜ。俺は他人を殺すことに抵抗がある。なるべく殺したくない。例え、相手の方が上手で命を追い詰められても。ところで俺の握手会に来た悪人のその後を聞いたことがあるか?」
「ふむふむ。何か隠してるんですね。まあ、隠してるとは思ってましたけど。確かに帝国の反皇帝派の下っ端が急に組織を裏切って情報をくれるってことが度々ありましたね」
「カナも似たようなことがあった」
「僕も度々似たようなことがあったね」
「俺もおんなじことがあった」
四人はようやく話してくれるのかという様子でツリトに目を向けている。
「まあ、今回俺に会いに来たのはそれらの原因も知りたかったからだろう?」
「まあね」「はいっ」「うん」「ああ」
「ちゃんと黙っててくれるか?」
四人とも頷いてくれた。ツリトは一応安心したように肩を下ろした。ツリトは黒色のオーラを纏った。
「では、俺が今から話すシックスセンスについて他言しないな?」
嘘を吐いている人には俺に嘘を吐く気持ちを斬る。
「もちろんさ」「はいっ」「うん」「ああ」
「ごめんなさい。他言します」
「こういうこと」
ツリトはライの他言する気持ちを斬った。
「まさか、ツリトさんのシックスセンスはものを斬るだけじゃないんですね。精神も斬ることが出来るんですね」
「うーん、八十点。残りの二十点はオーラとシックスセンスの繋がりを斬ったりオーラと体内の繋がりを斬ったりできる」
「「「「なっ!」」」」
「お待たせしました。お寿司の盛り合わせとイキシチ酒です」
店主の乱入によりこの話は終わった。
お寿司を食べ終えて酒を飲んでいると、ライが少し魅力的な提案をして来た。
「あの、五人で一斉に戦いませんか?」
「「「「は?」」」」
「いや、あのですね。僕たち黒が本気を出せる機会ってそうないじゃないですか。日々鍛錬を積んでも実際に使われるのは上手な立ち回りしかない。本気で戦うことことがないのです。だから、一度本気で戦ってみたくて」
「ライの言わんとすることは分かるが僕たちの戦いは規模が大きくなっちゃうだろ?」
「俺は別に構わないぜえ。俺の暗殺術が本当の実力者相手にどれほど通用するのか試してみたいし」
「カナは殺しなしでそれぞれ負けの条件を決めてやるなら全然構わないよ」
「うーん。俺はカナさんの条件プラス勝った人に一人十億払うっていう条件付きならいいかな」
「分かりました。条件を付けましょう。お金を掛けて。皆さんも構いませんか?」
「俺はあ、お金を増やしてくれて構わんぞ」
「僕の貯金でギリギリだな」
「カナはちゃんと条件を付けるなら全然大丈夫」
「俺もカナさんと同じ」
「分かりました。条件を付けましょう。かすり傷、背中を触られる、気絶、降参とかで負けにしますか?」
「僕は大けがを負わせたら反則負けにするという条件も付け加えるならいいかな」
「カナもサルシアのを入れるなら」
「じゃあ、俺もサルシアの条件を入れるなら」
「分かりました。負けの条件はそうしましょう。次に掛け金ですが十億でいいですか?」
「俺は倍でもいいぜ」
「カナは十億が丁度いいかな」
「俺も問題ない。そもそも俺が提案したからな」
「僕は、くっ、構わないよ」
「分かりました。全員オーケイですね。じゃあツリトさんお勧めの場所ってあります?」
「この近くだと海岸沿いが家が建ってないからいいんじゃないか?」
「僕が丁度良いところに案内しよう」
「おっ、やはりそんなことも出来るんですか、サキューバス家は」
「まあね。じゃあ、会計を誰がするか決めようか」
「おいおい、そんなの決まってるじゃないか」
ウールフが一瞬舌を出して金髪の正座している男を見た。
「僕ですか⁉まあ、いいですよ」
ライは指を指して驚いて見せたがあっさりと許可した。おそらく二百万は軽く行っているが。店を出して人気のないところに行くと白色のオーラを纏ったサルシアが四人を連れて砂漠に移動した。近くに岩石地帯もある。
「やはり、血に伝わるシックスセンスは凄いな」
「カナも白は初めて見たよ」
「俺もお」
「僕は皇帝で見てるのでそんなに驚きませんでしたよ」
「まあ、僕が黒だったからこの白はいいように使えてるだけさ」
「さてと、始めますか。あっ、酒のせいで本領が発揮できないとかは今更なしですよっ」
刀の柄を左手の親指で押したり引いたりしてカチカチ言わせているライが今更ながら確認してきた。
「僕は大丈夫だよ」
「俺も大丈夫だ」
「カナも」
「俺も」
「ふう、良かった。折角の楽しい機会が台無しにならなくて良かったです。では、開始の合図はこの石が地面に落ちたらにしましょうか。ではっ」
五人はそれぞれがちゃんと見えるように、と言っても月と星の明かりしかないが、立っていて正五角形を描いている。ツリトから右にカナ、ウールフ、ライ、サルシアの順である。地面は砂でツリトの視界の奥には岩石地帯が広がっている。ライがその正五角形の中心に石を少しオーラを纏わせて投げた。砂が舞い上がった。五人は黒色のオーラを纏って一斉に動いた。サルシアだけが黒と白が混ざって灰色のオーラを纏っているが。
ツリトは自分の半径一メートル内の球に攻撃、あるいは人が入ったら斬ると設定した。そして、サルシアに向けて無数の斬撃を飛ばした。
カナは真上に跳び上がり黒シリーズの神速のライフルをサルシアに向けて一秒で五発も早打ちした。カナのライフルは普段は小型拳銃ほどの大きさで腰に掛けれるのだがオーラを纏うと自身がイメージした通りに大きさを変えられる。弾丸はもちろんオーラである。しかし、何か入れて打てば威力が増すことはあまり知られていない。そして、これは本来、超遠距離で敵を一発に仕留めるために使われる。
ウールフのシックスセンスは危険を見て、ターゲットを定めると対象の危険がより明瞭に見えて殺すための力を得る、だ。ウールフがターゲットに定めたのはサルシアだった。能力は対サルシアに特化したものだった。自身のオーラはサルシアのオーラを全て弾くというものだった。ウールフは思わず唸ってしまった。今まで、格下と戦ってきたときはもう少し誰に対してもできるような汎用型の力を与えられたいたからだ。少し、体が硬直したが迷わずサルシアに突っ込んだ。
ライはオーラを纏い黒シリーズの雷刀を抜いてサルシアに突っ込んだ。ライのスピードは光の如く速かった。ライにここまで動けるようにした秘密は言うまでもなく雷刀のおかげである。黒シリーズの雷刀、これはオーラを纏うと纏った者の体を雷のように光速で動かせるようにする。刀自身は切先が触れたものに大量の雷を電気を流す。しかし、デメリットとしてはオーラの消費量が二倍になることだ。短期決戦のために作られた刀である。
それぞれ四人からのラブコールが届いたサルシアはまず、それぞれの攻撃とウールフのシックスセンスは何かを見て確かめた。そして、手を伸ばせば当たる距離まで近づいていたライとカナのオーラ弾にヒリヒリ感じつつ瞬間移動でウールフの後ろに飛び背中に手のひらにオーラを纏わずウールフに触れた。この相手の意図を全て見抜いたのはサルシアに受け継がれたサキュバース一族に伝わるシックスセンスおかげである。それは、他人のシックスセンスをコピーするものである。ただし、サルシアの場合、一度生で見る必要があり、自分より下の金色以下のオーラを纏う者に限定される。だが、その分、利点がある。コピーしたシックスセンスは強化されるのだ。実際に一瞬で攻撃とウールフの能力を見抜いたシックスセンスは青のオーラの持ち主が使っていたものを遥かに進化させたものだ。元々の持ち主は対象を三十秒ほど見ないとできなかったが、サルシアは対象を視界に移る全てに設定できて、そこから知りたい情報を一瞬にして選択することができる。そのため一番、自分にとって危険な能力を持っていたウールフに狙いを定めることができた。その後の瞬間移動もコピーしたものである。
ふう。やっば。この緊張感はここ一年、体感したことがないっ。
「ウールフ、負けだね」
ツリトは瞬間移動するまでのサルシアの処理能力に化け物さを感じた。ツリトは戦意を斬って降参させて勝とうと考えていためサルシアの精神状態が見えていた。
ツリトの目には他人の心の中を見る力がある。それは心の中を斬りたいと思った時に見ることができる。ツリトが見えているのは、色々な感情の塊の繭があり、行動に移したい時は、その繭から糸が伸びて絡み合い、行動に移すための棒に巻き付けられる。
ツリトが見たサルシアの処理能力は知りたいという欲求から具体的な意思が生まれてシックスセンスで情報を得て瞬間移動するまで、無数の糸が絡みついて行動に移すための糸が何本も生まれてそこから一本の糸を選ぶまで、の速さである。焦りや迷い、苛立ちなどの邪魔なものも糸になって絡まっているのにこの速さである。
恐ろしいな。これでまだ、あいつ自身のシックスセンスは使ってないんだから。
ツリトはサルシアを視界に入れながら後ろに下がり距離を取った。かと言って極端に離れすぎないようにして。離れすぎたらサルシアとサシになってしまうから。視界に入れるのはサルシアのこの戦いにおける戦意を凪ぐ、戦意の糸を斬るためである。
「チッ。俺は岩石地帯で待機してるよ」
ウールフは軽く跳んで岩石地帯に向かった。
一方、サルシアがいたところで雷刀を空振りしたライは頭上から飛んでくる五つの神速のオーラの弾丸を対処すべく自身のシックスセンスを使った。ツリトとの握手会で述べた通りライ以外のオーラを弾く。これにより弾丸を弾くのだがライが纏っているオーラが大きく揺れた。その間、ツリトの斬撃も当たりさらに大きくオーラが揺れた。ライはすかさず右斜め後ろに瞬間移動したサルシアに向かって光速で移動した。
空中で立っていたカナはライの様子を見て確信した。
ライは倒せる。
今、狙うべきはサルシアね。
横を見るとツリトが後ろに下がりながら状況を吟味していた。
正直、一人だけ攻撃が少し遅かったのよね。サルシアを倒すのに共闘しようにも囮にしかなれないかな。一応、このレベルに反応できるか試そっかな。
ライのオーラが揺れている一瞬の間にツリトに五発だけ頭上に神速のライフルを撃った。オーラの弾丸はあとちょっとのところで細かく斬られた。五発が同じところで。
なるほど。身の安全を優先していたのね。これなら行けるか。
カナはサルシアに一秒に五回のスピードでとにかく打ちまくった。空中を走りながら。カナのシックスセンスはエアウォーク、空中を自在に移動する能力とされている。
カナからオーラの弾丸を五発貰ったツリトは、当たっていないが、苦笑した。
カナさんは視野が広いな。サルシアの脅威に恐れて視野が思わず狭くなってた。
四人がサルシアを同時に狙ったのには理由がある。単純にサルシアが持っている手札が分からなくて怖いし面倒臭そうだからだ。だが、ツリトはカナからの攻撃で視野が広がった。
「はははっ。分からないものを怖がっても仕方ないよなあ。なら、分からない手札は使わさなけりゃあいいっ!」
それはライがサルシアに突っ込んで行く瞬間だ。
高さ二メートル、範囲、俺を中心に丁度、岩石地帯に入らないギリギリを半径とする円。サルシアとライを斬り刻め!
ツリトは無数の斬撃をこの範囲に、自分以外に向けて永遠に最速、最大に鋭く飛ばすように設定した。それと同時にサルシアとライの戦意、この戦いで勝ちたい、の糸を探す。
サルシアに突っ込んで行っていたライはツリトのオーラが一瞬にして一割ほど減ったことを感じた。サポートしてくれるものだと思いそのまま走ったが、苦笑いしてツリトの方を見ているサルシアの視線とサルシアが白色の結界をライを含めて作ったことを疑問に思い足を止めて、ライはツリトに体を向けてしまった。サルシアはその一瞬の隙を見逃さなかった。ライの背中をタッチした。
「何を勝手に四対一と決めつけていたんだい、ライ?」
「あっ、くっ、しまったーーー!」
ライは跪いて落ち込んで大声で叫んだ。その様子を確認したカナは止めていた砲撃を再開した。
驚いてツリト君の攻撃の後、止まっちゃったけどナイスよ。後は任せなさいっ!
カナはツリトに背中を向けてサルシアにもっと距離を近づけた。サルシアはカナが近づいたことによりオーラを勢いよく大量に纏わせてカナの砲弾をお気に入りの普通の剣で斬り捌いて行った。サルシアが作った結界はシックスセンスによる攻撃を無効かするものだ。カナのオーラの弾丸はシックスセンスではないため結界を通り抜ける。すると当然、結界の方に意識が行かなくなり、サルシアは焦る。
クッ。これは、…マズイな。
このままだとジリ貧だ。だが、外に瞬間移動してもどこまであの斬撃の範囲を広げてあるか?
視たいけど、今は意識が避けない。畜生。
ツリトが思ったより凄いな。
ああ、勝ちたい!
ツリトは諦めていた。サルシアの心にはたくさんの糸が複雑に絡み合っていて一つ一つ探し当てるのはしんどかった。時間が足りない。だから、考え方を変えた。サルシアの勝ちたいという感情を増大する。ツリトが見ている糸は思いの強さで太くなる。つまり、窮地に陥った時に急に糸が大きく太くなるのを待ったのだ。そして、今、割と外側にあった糸が大きく太くなった。
勝った。
ツリトはその太い糸をすぐにくっつかないようにたくさん斬り刻んだ。
不意にサルシアが両手を手を挙げて大声で叫んだ。
「降参だ!」
この場にいたツリト以外の三人が驚いて目を見開いた。カナはすぐに気付き振り向いたが遅かった。ツリトの斬撃がカナの長ズボンの裾を斬った。
「いやあ、やられたよ、ツリト。僕は三人で掛かって来ると思っていたからね」
「僕もビックリ仰天ですよ。まさか僕を囮にしてサルシアさんを瞬間移動させなかったんですから」
「カナもだよっ。一緒に追い詰めてたんだから一回、間を挟んで戦うのが普通でしょっ」
「俺がサルシアを攻略するための作戦を変えたのは、カナの不意打ちの五発がきっかけだった。最初の攻撃で皆、サルシアを狙っていたから自然と協力関係ができたと思い込んでいたからな。カナの攻撃が俺に思い込みを気付かせてくれたよ。後は状況的にライは俺らは眼中にないようだったから俺が仕掛ける攻撃を援護射撃と解釈すると思った。ここで、俺に嬉しい誤算が起こった。俺は二人まとめて斬撃で攻撃しながら戦意を凪ぐつもりだったんだが、ライが振り返ったことだ。これにより二対一の構図が生まれたし、俺の攻撃で結界を作ってサルシアの行動範囲が狭くなった。そして、狙っていたわけではないんだがここでもラッキーが起こった。カナさんが俺を信用して前に出て背中を向けてくれたことだ。これにより、俺はじっくりとサルシアの心の内を見ることができた。そして、とうとう、サルシアの戦意、この戦いに勝ちたいという欲求、を斬ることができた。後はすぐにカナさんに斬撃を飛ばすだけで十分だった。と言うわけで一人十億。スマホ出してくれ」
「はあ。俺が一番情けない結果で終わったなあ」
「そんなことはないさ。僕が一番最初に危険と判断したのがウールフだったからね。実際の殺し合いだったら勝敗は分からなかったよ」
「そんなことは分かってるさ。だが、だがなあ」
「僕もこの勝負では思い切り剣を振れませんでしたからね」
「カナも近距離戦は本来得意とするところじゃないのよ」
「まあまあ、さっさとスマホを出してくださいまし」
ツリトはスマホを皆の前に出してQRコードを出している。囲んでいる皆は嫌そうに仕方なくスマホを出してお金を送金してくれた。皆、条件があったとはいえ滅多にない負けに悔しがっているのだ。
「オーケイ。後ちょっとで黒シリーズを何か手に入れ出そうだわ」
「クソっ。今度は二対二でチーム組んでやりませんか?」
ライは負けたままでは気が済まないのだろう。今度は二対二のチーム戦、つまり、さっきのように利用されない戦いを提案してきた。一対一はさすがに全力で戦うため手加減ができないと考えたのだろう。
「俺は構わないぜえ。さっき良いとこなしだったから」
「僕はもうお金がない。これ以上となると家のお金に手を出さないといけない」
「カナはまだまだ、お金はあるけどこれ以上服に傷をつけたくないなあ」
「俺はお金がないから」
ツリト以外の全員が、つまり、聞いていた全員が「お前が言うな」と睨みつけて来た。
「じゃあじゃあ、お金を掛けるのを止めて戦いましょう」
「カナさんは遠距離オンリーで戦って味方が負けたら自動的にチームも負けにしたらいいんじゃないかあ」
二人が乗り気じゃない三人を説得に掛かった。正直、朝は早かったし、夜も遅いし、明日、旅に出るし、大金が入ったし、戦いは余り好きではないしでツリトはあまり、否、かなり乗り気じゃないのだが果たして二人は?
「僕はその条件なら時間が許す限りいいよ。こんな機会、滅多にないからね」
「カナもそれでいいなら全然オーケイかな」
「よしっ。決まりましたね。チームを組んで戦いましょう」
「じゃあ、早速じゃんけんだなあ。おいっ、ツリト何やってるんだ。ほらっ、手を出せ。お金の問題は解決したんだから」
やる気満々な二人に結局ペースを掴まれてその後、日が昇るまで戦わされた。
結局、二対二の戦いは計三十回行った。皆、ツリトには黒シリーズのリストバンドの自動治癒があることを思い出して容赦なく五回目から結構ダメージを食らわすようになった。さすがにムカついたツリトは途中から死なない程度に斬撃を容赦なく飛ばしていった。精神にはダメージは食らわさなかった。否、食らわすことができなかった。余裕を作らせてくれなかった。野郎ども四人は真っ先にツリトをダウンさせようと狙って来たのだ。味方になった時は一対一対二で戦っていた。だから、ツリトは斬撃を飛ばすしか対処する方法がなかったのだ。そのせいもあって野郎どもは全員服が滅茶苦茶だ。ツリト以外の野郎どもの傷はサルシアが治した。一人、長ズボンの裾が切れている以外は綺麗な服装のカナだけが笑ってその様子を見ていた。カナは遠距離になったことで黒シリーズの神速のライフルの効果を存分に発揮して野郎どもを一人でボコボコにしていたのだった。そして、寝転んで休んでいるツリトには膝枕をしてくれていた。それを良く思わない元気なボロボロな着物を着た金髪ロングを後ろに括った少年が文句を言った。
「納得がいきません。僕らは皆平等に傷つきました。なのに何故ですか⁉今回一番得をしてるのがツリトさんになるのは」
足を崩して片膝だけ上げて座りツリトに指さして羨ましそうに見ていた。
「だって、可哀想だったもの。絶対、最初からツリト君を狙って攻撃はするは、五回目以降は大ダメージをありにするは。サルシアは治癒のシックスセンスがあるって皆に教えちゃうし。何回、ツリト君からどれほど血が流れたと思ってるのよ」
「カナさああああん。カナさんの優しさが胸に染みるよ」
ツリトは寝転んだままカナにもっと身を寄せた。カナはツリトの後頭部を優しく撫でてやった。
「はあい、よしよし。頑張ったねえ。偉いねえ」
「さてと、皆さんをそれぞれお送りしましょうか?」
「頼むわ。実は帰国する約束の時間はとうに過ぎてるんだわ。このままだとツリトを殺すための俺の直属の暗殺部隊が現れるかも」
「おいっ、俺を殺す気か!」
カナの太ももで安らかに休息していたツリトはウールフの爆弾発言にさすがに身体の向きを変えて上半身を起こして文句を言った。が、カナの顔がすぐ近くにあって顔が急速に赤く染まるのを感じてすぐさま、カナの太ももにダイブした。
「すまん、すまん。ってことで頼むわ」
「国境前までで構いませんか、ウールフ様」
「おっ、急に近衛騎士のスタイルを出したな。構わん。余を連れて行け、サルシア」
「ハッ。では、失礼します」
オーラを纏ったサルシアはウールフに手を触れると消えた。ツリトはカナの太ももを味わい、ライは立ち上がって埃や砂を払った。
「さてと、次は僕も帰りますね。ウールフさんほどではないですけど、今から全力で帰っても間に合いませんから。また一緒に会いましょう」
「おう。またな。お前だけは許さないからな」
「はははっ。僕、すっごく恨まれてますねえ。まあ、次は一対一でやりましょう。そしたらあんなに刺されたり、引っ掛かれたり、斬られたりすることはないでしょうから」
「ふん、手加減してやったのに偉そうに」
「はははははっ。負け惜しみを聞くのは気持ちがいいですねっ!おっと、サルシアさんが戻って来たことですし僕もホントに行きます」
「そうか。皇帝によろしく言っておいてくれ。我が貴様を鍛えてやったとな」
「了解です。久しぶりに少し、本気を出せましたから。僕からちゃんと言っておきますよ。もちろん、ツリトさんの危険性も」
「おう。よろしく頼むわ。帝国に行った時に俺を無闇に襲うなってな。次、会う時にはエージソンの黒シリーズが増えているだろうしな」
「はいっ。楽しみにしてますっ」
満面な笑みで返事したライはサルシアの肩に触れた。
「僕も国境間際でいいですよ。サルシアさん」
「ハッ。では、失礼します。帝国最強ライ・エレク殿」
二人は消えた。
「ツリト君。カナも行くね。今度会う時はツリト君が望むなら次のステップに進もう。絶対にね」
「でも、俺は旅人になるしなあ」
「構わないよ。いっぱい外の任務を与えてあげるから」
「俺、やらされる仕事大嫌い」
「仕方ないな。ちゃんと作ってくれたら自由にしてあげるよ」
「じゃあ、考えとこっかな」
「うん。ちゃんと考えててね。カナはちゃんと恋愛して結ばれたいから。それにツリト君なら釣り合うしね」
「まあ、王様だから皆、萎縮してナンパできないわな」
「そうなのよ。皆、自分の地位ばっかりに目が行っちゃって、縮こまっちゃうのよ。カナとしてはそれで良かったんだけどね」
「まあ、羽伸ばすときは言ってくれ。都合が合えば会いに行くよ」
「ホント⁉絶対だよ」
「ああ、寧ろ、王様に俺に会いに行く口実を作らせてやるよ」
「我は期待しているぞ。ツリト」
「おう。任せといてよ。密かに新興国でやろうと考えてることがあるから」
ここでいつの間にかずっと後ろに立っていたサルシアが目の前に申し訳なさそうに現れた。
「実は僕も今日仕事がありまして。すみませんがカナ様」
「またね、ツリト君。よいしょっと。我を国境間際に連れて行け。イキシチ王国近衛騎士サルシアサキューバス」
「ハッ。では、失礼」
サルシアがカナに触れると消えた。ツリトはさっきまで最高に柔らかかった太ももが無くなり立ち上がって砂を払った。そして、ストレッチを軽くした。軽くジャンプもした。
「何か滞空時間が微妙に長いような、まあ、気のせいだろう」
戦いを熟すうちに力の使い方を覚えたのかもしれない。
「ふうーー。何回死にかけたか。リストバンド、買うべきじゃなかったな。俺、血、ちゃんと足りてんのか?それにしても野郎どもは全員負けず嫌いなこっちゃあ。まあ、俺の旅は安全に行えそうだ。でも、カナさん以外しばらく見たくないなあ」
「悪かったね、ツリト」
「ひぃぃぃぃーーーーー」
「ごめんごめん。でも、ある程度戦いを面白くするにはどんどん過激にするしかなかったからさ」
「俺は戦いはあんまり好きじゃないんだ。なるべく他人を傷つけたくないし」
「どうする?荷物持って一緒に王都に来る?」
「うーん。いいかな。ちゃんと田舎も見てみたいし。俺の家の場所って分かってる?」
「うん。分かってるよ。何たってツリトは重要人物だからね」
「はあ、何となくそんな気がしてたから試しに聞いてみたけどやっぱりか」
「じゃあ、送るよ」
サルシアがツリトに触れると一瞬で玄関の前に着いた。ツリトの家は無人島の自然に囲まれた森の中にひっそりと建っていた。
「しかし、よくもまあ、こんなところに住んでいたよ。じゃあね。近いうちにまた会おう」
「おう。またな」
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