俺の旅は欺くのが上手な少女と共に
カバの牢獄
第一章 英雄への一歩目
第1話 旅の始まり1
朝日が昇り始めた頃、ひとまず最低限の仕事を果たせたことに安堵のため息を吐いた。それは同乗者も同様に感じていて思わずため息を吐いてしまう。その中に一人、眠くて、面倒くさくて、ため息を吐いているものがいる。
はあ。俺はこれからが仕事なのに。ったくおじさんは、いいって言ったのに。
ツリトは苦虫を嚙み潰したような顔をしている。ツリトは今年十八歳で明日、この漁師町を出ようとしている。今、船の上で揺らされている。生臭さを感じながら。今日、ツリトが参加したのは大魚が昨日現れたからだった。網を壊される前に始末を依頼されたからだった。
「おいっ、ツリト!あれだ」
「あん?おー、まあまあだな。でも、これぐらいならおじさんたちで何とかなっただろうよ?」
「まあな。でも、これに対処するのに時間が掛かるだろう」
「こんなにデカかったらこれで十分利益をだせるだろうよ?」
「それは、俺たちおじさんたちからのサプライズだ。このデケエのを売り捌いたら相当な額になるだろう。足しにしな」
おじさんは歯をキラッと光らせて笑った。このおじさんは漁師の中では珍しく煙草を吸っていないため歯がとても綺麗だ。
「まあ、分かったよ。網、頂戴。仕留めたらすぐに縮小してくれ」
「はいよっ」
「おいっ、早くしてくれ!」
「こいつが邪魔で普通の魚が獲れないんだ」
「はいはい。じゃあ、殺るぞ」
「うっす」
おじさんは紫色のオーラを纏った。漁師にしては勿体ない才能だ。そして、もっと勿体ないのはツリトである。ツリトは黒色のオーラを纏った。
船の三倍ぐらいある魚が船の下を泳いでいて船が持ち上げられた。しかも大型船だ。
「「「うおっ」」」
ツリトはオーラの斬撃で魚に衝撃を与えて気絶させた。殺しはしない。鮮度が落ちるから。
「「「うぉーーー」」」
「おじさん」
「はいよっ」
気絶した魚が縮小して網の中に納まった。
「よしっ。今日は大丈夫だな」
「それにしても、若の力はいつ見ても凄いなあ」
「そりゃあ、ツリトのシックスセンスはほとんど思った通りに使えるからな。何たって黒だからな。青、赤、紫、金、黒。そう、ツリトは黒だからな」
「おじさん、それを言うならおじさんも紫で中々じゃないか。俺は、漁師をやっているのが勿体なく感じるけどなあ」
「俺は大したことないさ。実際、俺のシックスセンスの縮小は自由に動ける生物を縮小させるためには相当、オーラを使っちまうからなあ。その点、ツリトのシックスセンスは黒のおかげもあって、全くオーラを消費しないから、勿体ないって気持ちは分かるぜ」
「確かにそれは分かるけどやっぱり若がいなくなるのは寂しいですぜえ」
「おいらも」
「おれも」
次々に魚を捕えていた漁師たちが賛同する。だが、おじさんはツリトの背中を押した。
「まあまあ。ツリトに才能があるのはお前たちにも分かるだろう。笑顔で送ってやろうぜえ」
「そうっすね」
「寂しいけど」
「仕方ないが受け入れよう」
「皆、ありがとう」
ツリトは頭を下げて感謝を伝えた。おじさんは背中を思い切り叩いて歯を光らせた。
「いいってことよっ」
ここを出てからいくらでもお金は手に入るのに、ホント、おじさんは優しいな。
船が港に着いた。次々に魚を仕分けていく。そして、おじさんとツリトは市場の競りが行われるところにブルーシートを敷いて縮小された魚を置いて元の大きさに戻した。
「「うぉーーー」」
競りに来ていた料理人が一斉に歓声を上げた。おじさんが紙に値段を書いて魚に置いた。
「悪いが、これは三億から始めさせてくれっ!」
「三億っ!」
一斉にざわめきが起こった。だが、すぐに歓声は止んだ。
「いやいや、三億は安すぎですよ。私は最低でも、十億からでいいと思いますよ。ねえ、皆さん?」
「十億でも安いぐらいだ。俺なら倍出すねっ」
「いや、俺なら…」「私なら…」「僕なら…」「アタシなら…」
次々に値段が釣り上がった。すかさず競りの代表が青色のオーラを纏い透き通る大きな声を響かせた。
「皆さん、二十億から始めます。しかし、競りは三十分後から始めますのでそれまでご静粛にお願いします」
騒がしかった競りの会場は一斉に静まり返った。だが、料理人や仕入れ人の目はツリトたちが捕まえた魚に目を奪われていた。
結局三十億で競り上がった。支払いはその場でキャッシュ決済でのピーという音ですぐに終わった。ツリトのスマホに確かに三十億の数字が追加された。元々、溜めていた一千万から三十億がプラスされた。
「おじさん、ホントにいいの?」
「ああ、構わないさ。ツリトがいなけりゃ、捕らえるのに何日掛かってたか分かったもんじゃなかった。他の漁師グループの力を借りなきゃいけないところだった。ツリトのおかげで実績ができて良かったよ」
「おじさんがそう言ってくれるなら喜んで受け取るぜ」
「ああ、受け取ってくれ」
「ありがとう」
「ツリト、そろそろ時間なんじゃないか?今日が最後だから盛大にやるんだろう?」
「ああ、そうだった。じゃあ、また」
「おう、行って来い」
ツリトの住む町の市場はちょっとした観光地になっている。皆、ツリトのシックスセンスを見ることを目当てに集まって来ているのだ。会場にはマイクを持って見物客を煽っているおばさんがいた。さっきの歯を光らせていたおじさんの奥さんだ。おばさんは横目でツリトの姿を確認すると最後にもう一度見物客を煽った。
「ほんっとうに今日で、ツリトによる解体ショーは終わりますっ。一度見たことがある人も、何度も見たことある人も、一度も見たことない人も、絶対に目を離さないで下さい。では、本日の主役つーーーりーっとーーーーーーーーーーーーー‼」
ボクシングの入場かっ!
心の中でツッコんでから恥ずかしそうに頭を掻きながら猫背で壇上に上がった。服装は着替えていて防水性の着ぐるみのような服から、私服姿。長袖長ズボンのラフの格好、ツリトの私服姿で来ていた。単純に、オーラを見えやすくするためだ。それと、後に控えているイベントのためだった。見物客は全員、二階、三階にいる。目の前にはたくさんの魚やタコ、イカなどが置かれている。
「さて、本日の主役、ツリト君の入場ですっ。本日の意気込みをどうぞっ」
おばさんはマイクを向けて聞いて来る。これはこの八年間で毎日のようにやらされている。これもショーの一環だった。
「ええ、本日はお集り頂いてありがとうございます。私が初めてこの解体ショーを行ったのは八年前です。八年前はまだ、こんなに多い魚を捌ききることはできませんでしたが今となっては正直数の問題は全くありません。八年前の私は生意気なことに捌き終えると見下すような目で周りを見ていたことは私の人生の黒歴史であります。そんな私が謙虚さを覚えたのはその日の夜でした。ここにいるおばさんの夫であるおじさんに頭を叩かれたのです。ツリト、自分の才能を誇りに思うのは構わないが他人を見下すようなことは絶対にするなっ!と。両親のいない私に本気で怒ってくれたのを今でも覚えています。その日以来、私は謙虚さを覚え、このマイクパフォーマンスの腕も上昇しました。さすがにおばさんには勝てませんが。意外とおばさんの司会を見たくて来ている人は多いんじゃないですか?やだなあ、そこで笑われると困りますよお。まあ、そんな私がこの度、外の世界に旅に出ることを許してくれた、仕事仲間には感謝しかありません。最後の解体ショーは今までで一番魚の数も種類も多いです。私の実力を存分に発揮させる舞台は整いました。疾くとご覧あれ」
ツリトは執事がお辞儀をするような洒落た礼をすると黒色のオーラを纏った。今日、一番の歓声が上がった。
「うぉーーーーーーーーっ‼」
「マジで黒だ!」
「黒の迫力はこんなに凄いのか⁉」
「覇気が違うっ!」
ツリトはまだ何もしていないのにいつものように騒ぐ見物人に苦笑いして大きく右手を上げた。別に上げなくてもいいのだが、上げた方がパフォーマンスとして歓声が上がりやすい。そして、勢いよく手を下ろした。目の前の無数の魚やタコ、イカなどの全てが、一口大の大きさ、あるいは寿司にするための大きさに切り分けられた。無数の斬撃を自在に操って斬り分けているのだ。
地面が揺れた。錯覚ではない。本当に揺れるほどの大声が、今日一番の歓声が更新されて会場いっぱいに響いた。
この後は、握手会が控えていた。実はこのための私服だ。ここで普段の姿をみせることが重要だからだ。もちろん漁師服で行ってもいいのだが、格好がつかない。それに、なるべく綺麗な服装の方が受けはいい。握手会は十五歳から始められた。ツリトは目つきは悪く身長はそこまで高くはないのだが。握手会のステージの司会もおばさんが行う。一緒に訪れると長蛇の列ができていた。ちなみに握手の時間は三十秒で千マニーだ。
ホント、金取ってるのによく来るよな。俺はアイドルでも何でもないのに。
「いやはや、こんなにお集り頂いてありがとうございますっ。今日が最後の握手会ですから悔いのないよう、皆さんの思いをお伝えください。尚、延長はタッチ決済で自動的に追加できるようにスマホをこの機器に置いてくださいませ。では、私たちが想定していた人数を遥かに超えているので早速ですが始めたいと思います」
ツリトとおばさんは同時に頭を下げた。ツリトは座ると本日の第一号の婆さん、第一回からずっと最初に来て並んでくれているミエ婆さんが目の前の椅子に座った。
「こんにちは。ミエ婆さん。今日も来てくれてありがとう」
ツリトは笑顔でニッコリ両手で握手した。この、名前を憶えていて、両手で握手をする神対応がこの握手会を続けられている一番の理由であることは間違いない。これは表向きだ。そして、裏向きの一番の理由はこれだ。
「初めまして、ツリト君。私、王都で料理人をやっているのですが来ませんか?」
これは一見、ただの誘いだが、この言葉には裏がある。ツリトはシックスセンスをバレずに使うためにオーラを見えにくくしている。そのため、今の言葉に嘘があることが分かる。今回は料理人と言うのが嘘だと分かった。
「すみません、料理人じゃなくて、奴隷商をしています。ホントはツリト君に護衛をして欲しくて」
ツリトのシックスセンスは斬ることだ。
今回シックスセンスをどのように使っているかと言うと、嘘を吐いたり、シックスセンスを自分を騙すために使っている気配があったりするとオートマで自分に対するそのしようとする心を断ち切る、だ。これが握手会を続けられている理由だった。
「そうですか。奴隷商は続けるのですか?」
「続けないです。いや、続けます」
「そうですかあ。困りましたね」
ツリトはこういう場合、その仕事を止めさせるようとする。つまり、奴隷を使ってあらゆる欲を満たそうとする気持ちを切った。奴隷商を続けたい気持ちを切った。修復でいないように細かく切った。
「奴隷商をまだ、続ける気持ちはありますか?」
「いえ、これからは真っ当な仕事を見つけようと思います」
「それだけですか?今までして来たことの償いは?」
「私は…、自首します」
「そうですか。あなたに最低限の罪悪感が残っていて良かったです。その心を忘れないでくださいね」
ツリトは念のため忘れようとする心を切った。これは後で混乱して、おかしな行動を取ることがないようにするためである。
「はい。王都の詰所で証拠を持って自首します。何だか、心が少し、楽になりました」
「そうですか。絶対に自首するんですよ」
こんな風に善人や悪人が来ることが多い中、単純に力比べしようとする奴もいる。
「俺と腕相撲で勝負してください。黒がどれほど凄いのか肌で感じたいのです」
さっぱりとした綺麗な心を持つ青年だった。ツリトはこういう人を見るのはとても気持ちがいい。
「いいですよ。一応、握手ですからね」
「あっ、ありがとうございますっ」
その青年は金色のオーラを纏った。周りからざわめきが起こった。そう、金や黒は珍しいのだ。紫はシックスセンスを使える人の四分の一ほどで、金が一パーセント、黒が一パーセント未満である。その青年は自分が纏えるオーラを腕に集中させた。対して黒色のオーラを纏ったツリトは体に薄く纏っただけだ。
「はじめよっか。おばさん、開始の合図お願い」
「では、レディーファイト!」
青年は全力で体の体重を使って挑んできた。しかし、ツリトはビクともしない。
「ツリトさん、シックスセンスを使っていいですか?勝ちたいと思った相手と勝負している時にオーラが爆発的に上がるというものです」
「なるほど。それなら、ドンと来いです」
ツリトは笑顔で答えた。ツリトは座って足をブランブランさせて余裕を見せている。一方青年は立ち上がり、右腕に全体重を掛けている。要するにツリトは全然本気を出していないのだ。青年の腕に纏っているオーラが爆発的に増えた。金色のオーラが濃くなって輝いていて美しい。後ろに並んでいる人たちもその美しさに目を奪われている。
「くあああああ」
徐々に青年が優勢になってきている。ツリトの右腕が下がっていっている。周りのギャラリーが沸いた。青年を応援する声が上がった。しかし、ツリトは笑って体を傾かせるだけで勝負を終わらした。青年は力が抜けて椅子に座って荒く息を吐いている。額からは大量の汗が流れている。一方、ツリトは汗一つ掻かず平然と笑顔のままである。
「今の俺が言っても、ムカつくかもしれませんがあなたはちゃんと強い。これだけの力を人に使ったのはあなたが初めてです」
「あっ、ありがとうございます」
「いえいえ」
「あの、俺も明日から、王都に行って騎士の養成学校に行くんです。今度は騎士としてお会い出来たら嬉しいです」
「そうですか。楽しみにしています。頑張ってください。いつか、王都を案内してくださいね」
「はいっ。ありがとうございました」
青年は嬉しそうに笑顔になってその場を離れた。ちゃんと後ろで待っていた人に頭を下げて。ツリトはそれだけで好感が持てた。
「あっ、しまったな。名前聞くの忘れた」
その後もツリトのファンとたくさん握手した。常連の人の中には泣いている人もいた。日は落ちて残る客は四人となった。すると珍しい客が来た。腰に騎士剣を携えた青髪で蒼い目をした容姿端麗の高身長の若いイケメンが来た。
「こんばんは」
ツリトは例え、同年代の少年が来ても握手して挨拶しないといけない。最初は同年代と握手するのは気恥ずかったが、三年も続けると営業スマイルをしながら自然と片手では握手ができるようになる。
「こんばんは。ツリトが捌いた魚、美味しかったよ」
「それは、どうも。パフォーマンスだけではないことが分かってもらって嬉しいです」
「実は僕も、黒なんです」
その少年は握手している反対側の手の人差し指に黒色のオーラを一瞬纏わした。ツリトだけに見えるようにして見せた。
「ところで名前は?」
「ああ、失礼。僕の名前はサルシア・サキューバス。近衛騎士団に所属している」
「あなたが、あのサキュバース家の天才ですか。サルシア。今日は何故、ここに?」
「それは、ツリトがこの町を出て行くと知ったからだよ。どこを旅するかは決めてるのかい?」
「まあ、とりあえず王都に行ってから世界一周しようと思っていますが」
「そうか。王都について後で少し、話してあげようか?」
「そうですねえ。お願いします」
「分かった。じゃあ、待ってるよ。では」
「はい、では」
サルシアは電子機器の上に置いてあったスマホを取ると脇の方に移動した。次の客は金髪ロングの着物姿の少年だ。腰には金色の刀を携えていた。右手を出して、握手を求めて来た。
「こんばんは」
「こんばんは」
ツリトも握手してしっかりと握った。
「いやあ、それにしてもツリトさんのシックスセンスは凄いですねえ。見てて僕も震えましたよ」
「はははっ。八年やってますから」
「いやあ、それでも凄いですよ。ちょっと手にオーラ纏ってもらっていいですか?」
「いいですけど」
ツリトは右手に黒色のオーラを纏った。すると着物姿の少年も黒色のオーラを右手に纏った。
今日は二人目か。珍しいな。
「行きますよ」
ツリトのオーラが弾かれた。
「なるほど。外見の特徴が同じだったためまさかとは思っていましたが帝国の雷刀使い、ライ・エレクでしたか。わざわざここまでご苦労さんです。でも、何故?」
「はははっ。ツリトさんはもうちょっと自分の立場を御理解した方がいいかと。僕がここに来る理由は一つしかありませんよ。帝国にも旅をするんですよね?」
「ええ、まあ」
「その時、僕が案内しますよ。穴場もしっかり教えますから」
「そうですか。ありがとうございます。ライに案内してもらえるなんて嬉しいです」
「乗ってくれると思ってましたよ。この後、ちょっと時間あります?」
「うーん。先客がいるんですけど、一緒でもいいですか?」
「はい。僕は全然構いません」
「ありがとうございます。では」
「では、後ほど」
ライは電子機器の上に置いたスマホを取ると脇の方に移動した。
さて、残り二人。この流れは残りの二人もかな。
次の客は黒髪ショートの若々しい女性だった。長袖長ズボンのスタイリッシュな服装で腰には拳銃を携えていた。上の服が少し大きめで微妙に隠してはいた。帽子で少し顔を隠して見えにくいが、顔は目鼻がくっきりして目の色はサファイアのように赤く輝いて美少女だがイケメンと形容したくなる特徴だと分かった。だからといって女性らしくないかといったら違う。体つきは女性らしさがちゃんと出ていて可愛い。女性の方から握手してくれた。
これは左手も添えるか。
「こんばんは」
「こんばんは」
「カナ、びっくりしたよ。あんなにたくさん一斉に捌くんだもん。もっと早く来ていたら良かったわ。今日が最後何て残念」
カナは声を弾ませながら楽しそうに話したかと思えば急に悲しそうな顔をした。
表情がコロコロ変わるなあ。すげえ可愛い。
「俺も残念です。カナさんと話すのが今日が最初で最後になるなんて。このままずっとここで荒稼ぎしても良かったんですがやっぱり外の世界を知りたいと思いまして」
「そっか。だったら、良かったら連絡先交換しない?」
「えっ⁉そんな、良いんですか?でも、握手会で連絡先交換はしてはダメなので終わったらで良いですか?」
「全然、構わないよ。そういえば、どこに旅するかは決めたの?もし、カノヤ新興国に来ることがあったら言ってね。案内するから。カナ、王様だから。我はカナヤ新興国の女王カナ・カナヤ。よろしくね」
やっぱりか。
「……そうでしたか。俺に失礼はありませんでしたか?」
「全然。カナが王様だって明かしたのは次に会った時に明かすと萎縮しちゃいそうだからだよ。ツリト君はもっとフランクに話してくれてもいいのに。おんなじ黒なんだから」
「確かにそうですね。俺もこれからフランクに話すさ。じゃあ、後、一人いるから待っててくれるかな」
「ええ。構わないわ」
カナは電子機器からスマホを離し脇の方に移動した。次の客が立ち上がった。筋肉質で髪は薄汚れた灰色で後ろに括っていて目つきは鋭かった。半袖半ズボンで暑そうにしている。
「こんばんは」
「こんばんは」
「いやあ、それにしてもこっちは暑いなあ」
「ええ、最近は春でも暑いんですよ。今日はどこから来たんですか?」
「ああ、俺はショワから来たんだ。ショワは雪ばっかだからあこっちは暑くて暑くて」
「それは、暑いですね。ここまで来るの結構掛かったんじゃないですか?」
「いやいや、掛かった時間なんて気にせんよ。ツリトに会えたんだから。実は解体ショーを見れてないんだ。さっき来たばっかりで」
「そうですか。残念です」
「で、今回ここに来た目的はショワに来た時に案内してあげようと思ってね」
「案内ですか?」
「ああ。実は俺の名前はウールフ・ショワだ。おんなじ黒として案内してやりたくてな」
デジャブ⁉って言いたいところだけど分かってたからなあ。王様だって。
「……そうですか。喜んでお願いしたいです」
「そうか、じゃあ、連絡先交換しようぜ」
「すまん。ちょっとだけ待ってくれ。握手会の時は連絡先を交換してはダメなんだ」
ツリトは急に口調を緩めてみたが何も言われなくてホッとした。
「オーケイ。じゃあ」
「じゃあ」
立ち上がるとスマホを電子機器から離して脇の方に移動した。
いやあ、こんなに黒が集まるとは思わんかった。正直、黒である俺が旅に出るとなったら王国からは誰かは来ると思っていたがまさか、国外からも来るとは…。それも、各国の有名人が。とりあえず、折角黒が五人も集まったんだから楽しまないと損だよな。
「終わりましたね、おばさん」
「ええ。最後ってことで各国から観光客が来ていたからね」
「そうですね。悪いんだけど、おばさん。この後の送別会不参加でいい?」
「不参加⁉」
「そう。実は今、この町に黒が五人いるんだ。こんな機会、楽しまないと損だろう?」
「五人⁉また、突拍子のないことを。分かったわ。楽しんでらっしゃい。それと、握手会の今日の代金全部貰ってオーケイよ」
「サンキュー」
スマホの口座を見ると三十億一千万だったのが三十億一千七十二万になっていた。七時間で七十二万は中々にいい数字だろう。握手会上の脇で待っていた四人の黒は談笑して待っていた。
「お待たせ」
「どうやら、僕だけが狙っていたわけではなかったみたいだね、ツリト」
「僕の目の前にサルシアさんがいたことに驚いて後ろを見ていませんでした」
「カナも気が付かなかった。後ろにウールフがいたなんて」
「俺もビックリだ。俺の前三人が黒の有名人だったんだから。この四人が集まったとなると皆、狙いはおんなじだってことだろう?」
ウールフは質問した後、舌を出して口元を舐めると全員を三人を舐めるように見た。それぞれに緊張が少し走った。それを感じたツリトは別に空気が悪くなったからという理由ではなく単純に楽しみたいという理由で四人に声を掛けた。
「そうだろうな。だが、驚いた。こうして顔バレしている黒五人が集まったんだからな。俺はちょっと特殊だけど。皆は国家に縛り付けられてるけどね。ところで、四人で一緒に飯食いに行かない?折角、黒が五人いるんだから」
大国の四カ国、イキシチ王国、エケセテ帝国、カナヤ新興国、ショワ宗教国は一人ずつ
黒色のオーラを持つものを牽制のために発表している。
四人はツリトを少し睨んだが表情をすぐに緩めた。肯定したのだ。サルシアは近衛騎士として、ライは皇帝の護衛として、カナは女王として、ウールフは王様として、それぞれ国に仕えているからだ。現に四人は前半の部分はツリトには悪意がないことは分かっていたため、無視をした。
「僕は行くよ」
「僕も行きます」
「カナも行く」
「腹減ってるから俺も行くよ」
「ウールフさんは腹減ってなかったら行きたくないの?」
「……そうだ」
ツリトの質問に間を凄く開けて顔を背けて肯定した。その顔は引きつっているように見えたからウールフ以外の四人は腹を抱えて笑った。
「おいおい。可愛いぞ」
「まさかこの中で一番可愛いのがウールフさんだとは。僕も可愛いと感じた」
「僕も可愛いと感じました」
「むう。可愛いポジションはカナのはずなのに。はっ、まさか、ウールフもツリト君を落としに来ていた⁉」
カナが慌ててツリトの右腕に抱き着いた。しっかり胸を押し付けて上目遣いにして見ている。
わざとなのか本気なのか。
ツリトは自分のシックスセンスを使って確かめようかと考えたが、オーラを纏ったら警戒されそうなので止めることにした。
「皆さん、行きたいところってもしかして事前に調べてる?」
「ええ」「はいっ」「うん」「ああ」
「もしかして魚・肴ですか?」
ツリトが言ったのはこの町一番の高級寿司屋で富裕層の観光客に人気がある店だ。確信があった。黒として名が知れている四人なら安いところには行かないだろうという。案の定、四人はそれぞれ同時に声を上げて頷いた。
「ああ」「はい」「うんっ」「ああ」
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