4話「リョーコはなんか積極的だぞ!」

 SFエスエフ世界へ迷い込んだような、あの太陽系の模型が飾られた近未来的な広場。呆気に取られた。まだ目の前の光景が信じられないぞ。


 おじさんが言うに、この現実世界は『空想ファンタジー』というよく分からん亜空間に侵食されてて、なんとか法則が乱れる的な……?

 で、自分達のような創作士クリエイターを召集して、侵食を防いで現実世界を救う的な話をされていたぞ。



「……と言う設定で行こうかと思います」

 にっこりとおじさんは笑む。


 途端とたんに安心感が胸を満たす。気付けば、撮影用のカメラが複数設置されていた。


 よく見れば近未来的な装置もハリボテとして囲んでいた。太陽系の模型も発泡スチロールで加工された簡単な作りだ。

 サングラスを掛けた小太りのおっさんこと、監督が走り寄ってくる。


「いいか? 漫画家を目指すお前達は、唐突とうとつな、この施設により侵略者を迎撃するための指令を受けるのだ! 台本も渡しておくから各自、セリフを覚えておくように!」


「はい!」一斉いっせいに自分達はこたえた。


 なぁんだ! さっきまでは芝居でそうしてたんだ。思わせぶりしやがって、心臓に悪いじゃないかぞ。

 大体、世界が危機になってるとか現実離れしてる。そうだ映画の設定なんだ。これは映画の設定なんだっ……。


 気が楽になって明るい笑顔で芝居に投じ────……、




「はっ!?」


 ガバッと身を起こすと、朝日がカーテンの隙間すきまから差し込む一人部屋が視界に入った。そして自分はベッドの上にいた。毛布の上には長いマフラーが置かれている。


 見渡せば生活用品とたたんである衣服。趣味の漫画とゲームが積まれている。すみっこのテレビモニター。玄関近くのキッチン。どう見ても自分のマンションだ。


 ……夢かよ。いや、どこまで夢なんだ?


「アレは……ガチなのかぞ?」

 眠気が吹き飛び、昨日の事が思い出されていく。


 あの近未来的な施設を見せられた後、おじさんは「明日もよろしくお願いします」と言うなり帰宅をうながしてきた。

 入学式の日なのでまだこれから、と言う事だろう。


 なんだかやるせない気分に沈む。


 ちょいちょいと朝食を済ませると授業に必要な筆記用具をそろえたショルダーバッグを肩に掛け、原稿用紙などを入れたアルタートケースを手に、首にはいつものマフラーを巻き、一室を後にした。



 今日も快晴かいせいみ切った青空にまぶしい太陽。


 アニマンガー学院の教室は、既に生徒達でごった返ししていた。

 項垂うなだれたまま踏み入れる。


「ナッセ──! こっちこっち!」


 陽気に手を振ってくるリョーコ。

 金髪のおかっぱで元気いっぱいな眩しい笑顔。それを気にせず後方の空いた席へ……、



「ちょっと待った────!!」

 怒涛どとうと駆け寄ってきては、こちらの手首を引っ張って前方の席へ連れていかれた。

 ここまで構ってくれるなんて、なんだかむず痒いものがある。



 始業が始まるまで間があるからと、週一の楽しみにしている週間雑誌で連載れんさいしている看板漫画を読んでいた。


「あ、これ『NINJAニンジャ』ね。あたしも見る見る」

 リョーコが覗き込んでくる。女の子の唐突とうとつな絡みに恥ずかしくなって雑誌を閉じる。


「お願い見せて。今週のまだだから~」

「……う、うん」


 再び雑誌を開く。


 急に女の子が距離を縮めてきて、なんだか顔が火照ほてってる気がする。側で覗き込んで来てるだけなのに、なんだか照れちゃうよ……!


「お、小野寺オノデラさん近いよ……」


「リョーコでいいの! リョーコで!」

 プンスカと頬を膨らませる。それを可愛かわいと思ったオレは絶対おかしい!



「それはいいけどこれ少年漫画だぞ。もしかしてボーイ……」


「友達ね、いつも攻め受けのBLボーイズラブ目的で読んでるんだけどあたしと感性が違っちゃってね。なんか違うじゃない? 恋愛とかじゃなくて男と男が絆を結んで戦うって熱くなるのよね」

「うん。それに迫力のあるバトルシーンと必殺技があるからオレは楽しみだ」

「あ~、分かる分かる! 主人公の『竜巻衝たつまきしょう』でドッカ──ンってスカッとするよね」


 楽しそうに話すリョーコに思わず高揚こうようする自分がいる。


 話が合うとノリノリになるっていうかな、ここまで女子と絡んだ事はなかった。

 まさかバトル漫画の話に乗ってくる女の子がいるとは思わなかったぞ。


「次週待ちきれんわ──!」

「しょうがないだろ。週刊誌の作者大変だし」

「あ──、そうだよね。うん。しょうがないっか」


 にっこり笑顔のリョーコがたまらない! もうマジ直視できない!

 別にタイプでもないし、彼女でもないのに、胸がドキドキ高鳴っててもだえたくなる気分だ。


 やっぱ女子に免疫のない童貞は嫌だァァァァぞ!



 先生がやってきて授業は始まった。


「え──、まず空間とは二点視点から……」

 教師がホワイトボードにマジックで描いて、普通に漫画制作の授業をしているも、頬杖ほおづえを付いたままナッセは、ボケっとしてて耳に入ってなかった。


 昨日の事は夢なのか違うのか気になっていたが、それは今朝のリョーコの眩しい笑顔にかき消された。


「バッ! そんなんじゃな……」

 恥ずかしくなって声を張り上げ、気付けば授業中。場にいたものの視線を浴びる。


「なにかね?」と先生。


「あっ! い、いえ……。何でもないですっ!」

 顔を赤くして首を必死に振る。

 穴があったら入りたい思いでちぢこまる。後ろからクスクスと聞こえた気がした。もういやだ。


「どうしたの?」キョトンと首を傾げるリョーコ。


 お前のせいだよ! とは言えない……。午前中の授業中はもどかしい気持ちを抱えたまんまだった。


 傍目で見てたふくれっつらっぽい顔の不機嫌なマイシがその様子を眺めていた。

 同じ剣士セイバーとして恥でしかない軟弱な男に、最初は眼中なしと捨て置いたはずだが、今はなぜだか無性に腹が立って仕方がなかった。


 更にそんな人間関係を見ていたコハクは冷淡な目をしていた。



 一時間ぐらいの昼休み、生徒達はコンビニやレストラン行くなりで外出していった。


「はい、これオススメのタコ焼き!」

 コンビニで買った食品を平らげている時に、リョーコがタコ焼きを寄せてきた。マヨネーズとタレでたっぷりかけられたホカホカな団子状の食べ物だ。


「いいの?」

 キョトンとしてしまう。


「食べなきゃソンソン! ささ遠慮えんりょなく! こっちもう一セット買ってるから」

「……昼飯がタコ焼きって、どうかと思うぞ」

「え~~? いいじゃんいいじゃん! 主食メインだし!」


「なんだかなぁ……」

 大雑把なリョーコには呆れるが、どことなくなごむ気分がした。


「そういえばマフラーよく着けてるよね?」

 リョーコはオレのマフラーのすそをグイグイ引っ張る。マフラーの両端は何故か浮いている。誰が見ても奇妙かもしれない。


「うん。師匠からプレゼントしてくれたぞ。夏だって冷却してくれるから暑くないし、むしろすずしいぞ!」

「冷却付きマフラー!? あらビックリ!?」


 ノリに乗ってリアクションしてくれるリョーコ。しばしの間、沈黙したのち「あはは」と笑い合う。



「ってかずっと着けてるからなんかの“誓約せいやく”とかあるのかな──って」

「『トレジャーXトレジャー』かい! ……まぁ、そんな感じかな?」


 そういえば気にしてなかったけど、師匠が「これずっと着けて」ってたから着けてたけどなんか意味があるのかなぞ?

 忘れて外出しても、いつのまにか首に巻かれてたし。


「まぁ、いっか。気付いたら身に付いてるし」

「え? 気にしないの!?」

 リョーコは驚きのリアクションする。


「呪いのアイテムってか、むしろ体の一部!!」

 キリッと開き直り、親指を立てた拳を見せる。それに対し、

「教会で解呪してもらえ──!」


 某ゲームのネタで突っ込む、ジト目でにやけ口のリョーコ。ほんと明るくてノリがいいなぁ。こういうコミュケーションなら、毎日が楽しみになるなぞ……。



 スッと気持ちがスッキリするような心地良さを、彼女とのやり取りで得られていた。

 それはそうと刺してくる視線がなんか痛い気がするんですけど……?

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