第27話 雷撃

「あ、あの、それは、その……」リガッタの全身から汗が噴き出す。


 目の前の男子生徒は絞り切った弓のようにきつくリガッタを睨みつける。


「どっちなんだよ。はい、か、いいえ、それも言えねえのか」対手は嚇すように言う。リガッタはそれだけで奥歯が鳴り、何も言葉が出てこなかった。目も勝手に潤み始めている。


「おい、君。やめないか。怖がってる。彼は転入生だ。まだ学園にも慣れてない」


 二人の間に当然の如くカナンが立った。カナンと対手だと、ややカナンのほうが背は高い。なのに、突き上げるように意地悪く、目つきの鋭い彼は気後れ一つしない。


「ほう! 勇者様なだけはある! 威勢だけはご立派だな!」彼はそう言ってカナンを讃える言葉を吐く。だが、彼のいう『勇者様』には明らかな嘲りがあった。それだけが、リガッタの神経に触る。


「そいつがリガッタだろう。あの、ブギー・ブイルドンをぶっ倒したって聞いたぜ」


「ひいっ」カナンの後ろを対手は覗き込んだ。目が合い、リガッタは震えあがった。


「やめろ。怖がってると言った」


「だけど、そいつがブギーを倒した。何か知らんが、証拠もあるらしいじゃねえか。おれは、そのリガッタ・ゲダールをぶっ倒し、この学園の本物の主席になりに来た」


「なんだと?」カナンは顔を露骨に顰めた。


「おれの名前はドラッド・バセット。一年第一部隊所属にして、この学園の真の実力者だ」


 そういって彼は胸を張る。とはいえ、リガッタの感想は、また面倒臭そうなのが出た、というのが強い。確かに少なくとも、自分よりは強いに違いないが、彼が真の実力者、というのは違う気もした。確かにこの学園にいる以上は鍛えられているに違いないが、それでも、である。特に、ブギー以上というのは違和感があった。


「なら、ブギーと戦って来い。いや、ブギーと戦ったという話も聞かないし、それでそんな大風呂敷を広げるのはどうかと思うけど」


 リガッタの思っていたことをカナンは述べた。


「どうせ後、四か月ぐらいで卒業する奴に勝ったって意味はない」ドラッドはやれやれ、と肩を竦めた。


「それよりも、そのブギーを倒した奴に興味がある。決闘は無効らしいが、その実力、測らせてもらうぜ」


 そう言って、彼は手袋を脱ぎ、リガッタへ向けて投げつけた。リガッタは思わず顔を両腕で守った。だが、その手袋がリガッタの顔に当たる前に、それはぴたりと空中で止まり、ドラッドの手元に戻っていく。


「最初っから、おれの全力を見せてやる! 〈勇義宣誓〉!」


「な、なんだって?」カナンの顔面から血の気が引いた。それはリガッタも同じだった。それは、女神の試練を乗り越え、魔王を倒した勇者ヴィヴォールと同じ水準に達したという証。それを、このドラッド・バセットも持っているということ。


 リガッタの知る範囲では、ブギーが授かった〈勇義〉は、対手に当たらなかった剣の威力を蓄積し、当たった時に蓄積した分に加えてその回数分、倍加して放射するというあまりにも恐ろしい加護だった。それと同等の加護とはどんなものなのか。


「〈征服一直線〉コンクエスタ・ストレイト!」


 彼は叫びとともに、なんと制服の襟に手をかけ、それを勢いよく脱ぎ捨てた。そして、その下のシャツから、手袋、ネックレスなどのアクセサリーを含め、それらがどんどん彼の体を離れて宙を舞う。あっという間に彼は上裸になった。


「すごい……」リガッタの口から感嘆の言葉が漏れた。鍛えられた筋肉。カナンのしなやかさとは別種の、破壊と闘争の中で揉まれたに違いないその体には、無数の傷すら刻まれている。傷一つなく、生意気ではあるが整ったドラッドの顔筋とは異なる、あまりにも野趣に溢れた肉体。それは彼が、高圧的な言動、或いはその自信相応の、修羅の道を歩んできた証でもある。


 とはいえ、まじまじと男性の上裸を見るのは、何故か気恥ずかしい。というわけでリガッタは顔を手で覆いつつ、指の間から彼を具に観察する。そうしてわかったことがある。


 ——ドラッドは強い。


リガッタも、カナンもそれを直感した。


 そんなドラッドの周囲を舞う衣服達は、ついに彼の持つ装飾過多な剣身に纏わりつき、膨れ上がり、そうして長大な刃を形成した。


「おれは、勇者になり、力を手に入れるため、名のある魔獣や剣の達人、弓の名人、槍の化身、闇に堕ちた魔術師をも倒してきた。何度も死線を歩んできた。だが、その時唯一、役に立たなかったものがある」


「……役に立たなかったもの?」リガッタは首を傾げた。


「服だよ!」ドラッドは叫んだ。


「あんなもん、奴らの一撃の前には何の役にも立たん。おれの全身全霊、全力全開のその時に、微塵も協力しなかった。だが、こうすればどうだ」


 三メートル超。その超巨大な剣を、ドラッドは堂々と構えた。


「これが、おれの最大出力、最強無敵、全身全霊の一振りだ! おれの身に着けた力、持てる物、身に着けた物、全てをこの剣に籠める。収集して収束して凝縮して、究極の一直線を作り出す。それが、おれの〈勇義〉コンクエスタ・ストレイトだ!」


 彼の衣服が混然一体となり、剣と同化して肉厚な刃に変わっている。ただ大きくなったわけではない。きっと、制服やアクセサリーに含まれていた加護も全てが力に変換されている。それどころか、相乗効果なのか、強烈な魔力すら放っていて、ただ構えているだけで床にも窓にも天井にも罅が入った。


「どうだ、お前達の最期の光景だぞ、感想ぐらい言ったらどうだ」得意げにドラッドが言う。すると、カナンが口を開いた。


「なんで下半身はまだ脱がないんだ?」


「その質問は違いませんかカナン先輩」思わずリガッタは突っ込みを入れた。


「馬鹿か。おれの〈第二勇義〉まで使ったら、こんな学園、一振りで吹っ飛ばしちまう」


 嘘かもしれないが、しかしてそれが真実だと思わせる威圧感はあった。一方で全力の一振りを作ってくれたら、それはそれでチェッキンチャンスだともリガッタは思った。


「いえ、折角なので全部使ってもいいですよ」リガッタはつい、そう口走っていた。


「何言ってるんだ君は」カナンが怪訝そうな顔をして諫める。


「思い出です、先輩」


「ポジティブだね。いや、そうじゃなくて。ドラッド君、そもそもリガッタ君は決闘を了承してはいない」


「知るか。ぶっ飛ばせればそれでいいだろ。そうしたら、おれがこの学園で最強だというのが証明できる。それより早くそこをどけよお節介雑魚。お呼びじゃねえんだよ、退学寸前の役立たず」


 ドラッドが大きく剣を後ろに引いて構える。だが、カナンはリガッタの前から動かなかった。


「〈勇者〉に、逃げるという選択肢はない。おれはここから動かない。君こそ剣を戻せ」


「戻すか馬鹿。なら、お前ごと叩き切ってやる。死なない程度に真っ二つだ」ドラッドが邪悪な笑みを浮かべる。


「死ぬじゃん」リガッタは絶望に押され呟く。そんな声など聞こえていないようで、ついにドラッドが叫んだ。


「見晒せ! おれの究極の一撃!」


「おっと、本当にリガッタ君を倒していいのかな」


 その時、ドラッドとカナンの間に割って入る声がした。それは、一度リガッタを救ったあの男子生徒の声だった。


「お前は、留年生!」ドラッドはその闖入者へ向けて叫んだ。


「そう。この学園最年長、シグ先輩だ。君と話したことはないが、有名人というのは心地いい」


 あまりにも軽く、ふわふわと彼はその場に現れた。二十四歳、現在四年生にして七留の男、シグ。


「ブギー君だけどね、あれを倒したのはほとんど僕だよ。だから、君の本当の相手は僕だ」


「なんだと? お前の噂は聞いている。弱いやつばっか狙う腰抜けだってな! そんな奴がブギーを倒しただと?」


「そう。僕は腰抜け。勇者の対極にあるへっぽこだ。だけど、強いよ」


 ふふ、と不敵に微笑むシグ。その自信と余裕に満ちた表情に、リガッタは心当たりがある。


「そうだ、先輩にも〈勇義〉が……」リガッタは思い出す。この留年生も〈勇義〉が使える。だから、勝てるはずなのだ。しかも、その内容は勝てる相手には戦闘を省略することができるというあまりにも理不尽な加護だったはず。


「なに? お前も〈勇義〉を?」ドラッドは眉を顰めた。リガッタはこの状況を漸く飲み込んだ。勝てる相手としか戦わない腰抜けの先輩。それがこうして現れたということは、まさに勝敗など当の昔に決している、そういうことだ。


「ああ、それ、覚えてたんだ。あれね、嘘。僕が〈勇義〉なんて、持ってるわけないでしょ」


「う、そ?」「嘘?」リガッタとカナンが同時に悲壮感溢れる声色で言った。その様子を、愉快そうにシグは笑った。


「でも、勝つ。しかし、条件がある。だって、二度も助けてあげるんだからさ、同じ展開はみんな飽きちゃう。ちょっとだけ、味付けさせてほしいな」


「条件?」カナンは訝しむように訊ねる。シグは力強く頷いた。


「ダンジョンの清掃、パーティ組むでしょ。僕も混ぜてほしいな」


 そういえば、ダンジョンの清掃がなんとかと、シグが言っていたことをリガッタは思い出した。でも、その意味まではよく理解していない。


「混ぜてくれると約束したら、彼を倒してあげよう」シグは余裕たっぷりにドラッドを指す。


「なんだと、ふざけやがって! おれはお前なんかに……」ドラッドが叫ぶ。


「わかった。条件を飲む。だから、リガッタ君を守ってくれ」カナンは答えた。しかし、彼の声は露骨に震え、その拳が固く握られていることにリガッタは気付いた。


「よし、交渉成立。同じパーティメンバーとして、まずは一つ、君達に勝利の花を贈ろう」


「なんだと、人をまるで……」ドラッドが不満を表にし、剣を持つ手が震えだす。


「死ね。あ、今のなし、人が死んだら怒られる」


 その、二秒もない言葉の間に、何が起きたのか。眩い閃光が廊下を染め、焼けつくような白が目の奥を通り、脳に達する。


 そして、僅かに遅れて、空気を食い破り、噛み砕く断末魔のような破裂音がした。雷鳴、それも特別大きな。リガッタは声にならない悲鳴を上げて、その場に蹲った。だが、カナンはしっかりとその場に立っており、一部始終を理解した。


「雷、か。でも、どうやって……」カナンは両腕で顔を覆いつつ、今目の前に起きたことを言葉にした。そう、それは紛れもなく雷だった。それが、突然屋内に発生したのだ。


「説明しよう」


 それに対し、シグはあくまで明るく太陽のように答えた。


「僕の家系は、遡ると雨乞いの巫女をしていてね。魔術も代々それを受け継いでいる。僕は、その中でも雷が得意なんだ……といっても、君達はともかく、ドラッド君にはもう聞こえていないようだけど」


 そういうシグの目の前には、全身黒焦げの人型が一つ、俯せに倒れていた。服の一切が千切れ飛んでおり、ともすればチェッキンチャンスだとリガッタは思ったが、流石に二人の前で、ドラッドをひっくり返してその股間を晒す気にはならなかった。


 でも、一応リガッタは〈キャメラ〉を構えた。


 ——チャキ!


「じゃあ、よろしく。僕のフルネームはシガニューナ・マギス・ベノーナだ。パーティの申請は任せたよ」


 そう言って、シグは早々に歩き去ってしまった。

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