第25話 わたしはあなたと同じことをしてはいないか
現行の法律では、〈キャメラ〉や〈チェッキン〉について言及した条項はない。姉の言う通りである。
でも、未来はわからない。リガッタは、共同トイレの中央に鎮座する、磔刑用の台座を見た。当時はこれだって、法律違反ではなかった。だが、今は当然法律違反だ。この学園内に忍び込んだ女子生徒へ行われる、口にするのも悍ましい罰は、それが古い魔法、呪いが原因だからだ。新しく、同じ呪いを使って私的に罰則を行った場合、術者は間違いなく刑罰に科される。
——わたしは、同じことをしようとしていないか。
「どうしたの? どこか汚れが残ってた?」カナンはリガッタの顔を覗き込む。リガッタは慌てて首を振り、廊下に飛び出した。カナンが後をついてくる。
次の共同トイレに行く途中。リガッタは〈キャメラ〉をきつく握りしめた。これは、いまだに爪跡を残す人を殺める呪いと同じく、史上最も邪悪な道具になるかもしれない。
「そういえば、その魔導具、いつも持ち歩いてるの?」
リガッタの〈キャメラ〉をカナンは指した。
「はい、一応、大事なものなので」リガッタは何となく、カナンに対して体を傾けた。
そう、これはとても大事なもの。不純な動機で生まれたとはいえ、それでも姉の最期の願いが詰まっている。
『泣いてても始まらないよ。お姉ちゃんも一緒だから大丈夫だよ』
『お姉ちゃんが守ってあげるから』
『わたし達二人だったら、できないことなんてない! そうでしょ?』
ライカはいつもリコットのことを守ってくれていた。そんな彼女の最期の願い。それを今、リコットは未来の法律、或いは己の倫理観と天秤に掛けていた。
『ねえ、わたしの誕生日なのに、ケーキはリコットのほうが大きくない?』
『お母さん! リコットの誕生日ケーキ、わたしの時よりイチゴの数が一個多い!』
『嘘じゃない! 嘘じゃあなああい! いいよ、じゃあ魔術で時間を遡行して証明するからちょっと待ってて! 禁術? そんなもん、低能どものやっかみじゃん。お母さんは黙ってて!』
「……」
いらない思い出もあった気がするが、リコットは忘れることにした。そうでもなければ、今すぐ〈キャメラ〉を捨ててこの学園から飛び出てしまいそうだ。
「その道具さ、どこで手に入れたの? 作ったの?」
「いえ、姉が……こういう道具を作るのが得意なんです」リガッタはやや口の中で言葉を揉みつつ答えた。
「へえ。器用なんだね。名前はあるの?」
「はい、キャメラといいます。絵の方は、チェッキンというそうです」
「そうなんだ。なかなか個性的なお姉さんだね」カナンはやや眉間に皺を寄せている。全くだ、とリガッタは思った。
「そうだ、折角だしさ。おれのこと、〈チェッキン〉にしてみてよ」
急にそういうと、カナンはリガッタの手を引いて廊下を走った。
「え、あの、先輩!」あまり人通りのない廊下とはいえ、カナンに手を引かれて構内を走り回るのは小恥ずかしかった。そうして少し走った先で手を離すと、カナンは廊下に設置された長椅子に座った。
「どうかな、肖像画っぽくなるかな」
肖像画において、よく座っている図案が用いられるのは、描画中に動くことが厳禁だからだろうが、この〈チェッキン〉においては異なる。作られるのは一瞬だからだ。
「えーっと、良いと思います」
断っても変になる。リガッタはつい、カナンに向かって〈キャメラ〉を向けた。そして、スイッチを押す。
——チャキ!
〈キャメラ〉からじごー、と吐き出される黒い紙切れを手に、リガッタはカナンに寄った。
「真黒だね」目をキラキラさせて、カナンは黒い〈チェッキン〉を覗き込む。待ち時間が生まれた。何となく居た堪れなくなって、リガッタは次のように言ってしまった。
「振ると、早く色が出ますよ」
「ほんと?」そういって、カナンはリガッタから〈チェッキン〉を受け取り、振り始めた。あまりにも滑稽だった。その様子がやっぱりおかしく、笑いかけたリガッタだったが、同時に姉のことを思い出して真顔になった。姉と同じことをしている。それが恥ずかしく思えた。
「そろそろ大丈夫ですよ」嘘に嘘を重ねた。
「あ、ほんとだ。すごいね、こんなに手軽に肖像画ができるなんて。ちょっと小さいけど。」
カナンはそれを持ち上げ、嬉しそうに見とれている。この学園に通う生徒ならば、肖像画ぐらいいくらでも描かせられるだろうに。物好きだとリガッタは思った。
「そうだ、君も作ろうよ」
「え? わたしは別に……」
手を突っ張ろうとしたリガッタだが、カナンは彼の手を掴み、自分の隣に座らせると肩を組んだ。リガッタの小さな体が、カナンのしなやかに鍛えられた腕の中に納まる。彼は精一杯手を伸ばし、なんとか二人が収まるが角度を探る。
「難しいな、もっと寄った方がいいかな」そういってカナンはリガッタをより強く引き寄せる。不思議と花の匂いが彼の衣服から漂う。
「あの、それならいい方法があります……」
見かねたリガッタが、こうするといいですよ、と〈キャメラ〉を奪い、その下部の棒を伸ばした。病床の姉がそうしたように、リガッタはカナンと自分が入った〈チェッキン〉を作る。
——チャキ!
「なんか、君、さっきからずっと顔真っ赤だね」
出来上がったそれを、カナンはそう評した。カナンの手の中にある〈チェッキン〉の中で、二人は体をぴったり密着させて、紙切れ一杯に映っている。だが、その中でカナンの腕に包まれるようにしているリガッタは、顔を真っ赤にして目を泳がせていた。
「先輩は、凄いにこにこですね」リガッタは、自分より余程慣れた表情で〈チェッキン〉に描かれた先輩を見つめる。
「そうかな。そうかも。あのさ、リガッタ君。おれ、嬉しかったんだ」
「え?」
急に妙なことを言われて、リガッタは本物のカナンを見上げた。彼は、チェッキンの中と異なり、顔を反らしながら、リガッタにとっては全く予想していなかった告白を続けた。
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