【男装女子】姉の最期の願いを叶えるために男装して女人禁制の勇者学園に潜入して■■■■を盗撮するわたしのラストミッション

第23話 決着

「なんで、お前が……」ブギーは後頭部の痛みを耐えながら、思わずそう口走った。振り返った先にいたのは、本来の決闘相手であるリガッタ・ゲダールだった。ただ、少し違うのは彼の得物。

　ぶん、と振り下ろされたそれを、ブギーは慌てて跳び起きて躱した。だが、リガッタはそれを読んでいたようで、今度は立ち上がった瞬間の彼の下顎に向けて、空振りした自分の『得物』を蹴り上げた。ごぎん、と衝撃がそのままブギーの脳天を貫いた。もはや呻き声すら発声する間もなく、ブギーは真後ろに倒れ込んだ。そのまま、彼は惨めに震えつつも、起き上がる気配を見せない。

　その様子をしかと確認すると、リガッタは『得物』をぐるんと振って肩に担ぎ、そうして漸く一息ついた。

「うまいね。やっぱり僕が見込んだ通りだ」シグはリガッタの動きをそう評価した。

　——リガッタの両手でしかと握られた『得物』とは、シグの捨てた大剣であった。ただし、剣としてではなく、その切っ先部分に当たる鞘尻をしっかりと握り、重量のある鍔を振り回す形で使っている。彼はそれを拾い上げ、靄や煙に紛れて、ブギーの背後に回っていたのだ。

「ふざけるな、まだ俺は負けてねえぞ。ぶっ殺してやる！」

「加護か」

　リガッタは噛み締めるようにそう言うと、すで剣の『鍔』を振っていた。膝を曲げて腰を落とし、その代わりにまるで跳ねさせるように、肩を支点に、握る鞘尻を力点に、鍔を作用点にして持ち上げ、体重移動で前方に『放る』だけ。腕力など関係ない。装飾過多ゆえの重量、それがリガッタの武器。彼＝リガッタ・ゲダールの持っていなかった破壊力は、この剣が持っている。

　だが、当然それをブギーは躱す。そして、剣を叩き込もうと振り被る。だが、すでにリガッタは曲げた膝を戻し、その勢いで剣を再び持ち上げ直していた。そして、今度は前に出した右足を軸に、くるりと回転する。ブギーに背を向けるような回転動作は、一瞬だけ彼の好機に見えた。だが、リガッタがその瞬間に腕を伸ばせばそれは立派な横薙の一撃となる。それを避けようと身を反らせば、ブギーは武器が振れなかった。

「こいつ……」

　当たらなければ蓄積し、当たれば炸裂する。ならば、最適解は振らせないこと。

「ふざけるなよ！」ブギーは距離を取ろうとする。だが、剣の重量そのままに、体重移動を駆使してリガッタは、そんな彼にぴったりと張り付いている。明らかに腕力の範囲を超えているその武器を、まるで布切れでも手にしたかのように舞う。

　ブギーの全身から汗が噴き出た。まるで、自分が追い詰められているようではないか。

「この野郎！」

　そんなブギーの次の手は、何が何でも振ることだった。よくよく考えればすぐにわかる。確かにリガッタの一撃は重くなったが、耐えられないほどではない。受けて、返す。それでいい！

　だが、その時、ブギーの視界からまたしてもリガッタが消えた。否、目の前が暗転した。

　——短剣！

　リガッタの短剣が彼の視界を一瞬だけ塞いだのだ。剣の操作に、対となるそれを握る必要はなかったのである――騙されていたのだ。

「小癪な……」その時、ブギーの下顎を衝撃が貫いた。意識が飛ぶ。

　だが、それでも何とか足を踏ん張り耐える。敵の姿を探す。

　——ごん。

　再び。いつの間にか彼の横に回っていたリガッタが追撃する。標的は下顎。

　——ごん！

　空振りすらさせてもらえない。絶妙に目の前に飛んできてブギーを邪魔する短剣と、その合間を縫って殴りつけてくるリガッタ。リガッタの短剣に、攻撃力など必要なかったのだ。この短剣は、突然視界の中に飛び込んでリガッタを隠す、神出鬼没の目隠しなのだ。

　——ごん！

　もう、何度受けただろう。脳を貫く衝撃を。

「ふざけるな！　目の前に出て来い、卑怯者！」

　ブギーは剣を振ろうとする。だが、その前に短剣が彼の視界をたった一秒程塞ぐ。それが、永遠に感じた。敵はどこにいる？　否、今、自分がどこにる？

何とか藻掻き、地面を引っ掻く。そうして彼は、空を見上げていた。背中を大地にぴったりとつけている。

――俺が、倒れている？

それに漸く気付き、慌てて立ち上がろうとするブギーだが、脳が揺れているのか、何度も何度も地面に背中を汚す。

――まるで、死に掛けの蟻のよう。

ついにリガッタは剣を振った。狙ったのはブギーの手。あっさりと彼の手から剣を弾き飛ばした。ブギーの手を離れ、地面を跳ねた剣はそのままゆっくりとロールオーバー・サー・チャージの光を失う。

「この、許さねえ、この俺に、バツを……」

　ブギーは憎々し気にリガッタを見上げる。やっと彼の視界に敵を認めた時、すでに勝負は決しているように思えた。

「いや、僕が割り込んだし、この決闘は無効じゃないかな。ほら、君にもリガッタ君にも罰はつかないし。今日はお開き、それでいいじゃん」シグは無感情に二人の戦いをそうまとめた。

　確かに、リガッタの制服にもブギーの制服にも変化はない。それどころか、決闘開始を示すらしい、棒線がゆっくりと消えてしまった。

「このまま終われるか！　決着もなしに、そんな……」ブギーは地面で吼えた。だが、彼の視線はシグやリガッタへは向いておらず、気まずそうに囁く彼の取り巻きに対してだった。

「俺は負けていない！　そうだろ！」

　ブギーの言葉に、皆が皆ゆっくりと頷き始めた。なんとなく、まずい、とリガッタは察した。

「だったら、見届け人の言葉が正しい！　俺の勝ちだ！　早く報告に行け！」

　チャカ！

　そのとき、誰の発言よりも早く、小気味いい金属音がした。皆が皆、その音の発生源に目を向ける。

「その道具はなに？」真っ先に問うたのはシグだった。彼の視線の先には、四角い小箱を構えたリガッタがある。リガッタは黙って、その小箱が吐き出した黒い紙切れを摘まんで、しばし風に泳がせた。そして、唾を飲み、リガッタは言う。

「無様に倒れているブギー先輩の姿を映しとりました。流石に、これが残っていれば誰だって先輩の負けだとわかるはずです」

　そういって彼はブギーへその紙切れを見せた。すると、彼は驚きに口を大きく開いた。何とも精緻な『画』がそこには描かれていた。

「なんだ、その魔導具は」

「……姉が作ったものです」

「捏造だ！　絵なんて想像でいくらでもできるはずだ！」どこをどう見たらそんなことが言えるのか、未だに立つことすらできないブギーを、流石に取り巻き達も憐れみを以って見つめた。

「だけど、こんなに綺麗な絵はなかなかお目に掛かれない。絵具で描いたにしては完璧すぎる。それに、魔術を使って作ったなら、高名な魔術師に見せれば、偽造がないこともすぐにわかるんじゃないかな」

　シグは微笑みを湛え、ブギーに言う。ブギーは歯噛みした。そんな様子を愉快そうに見ていたシグだったが、そういうわけで、と大きな声を出した。

「この決闘、僕が割り込んじゃったし、無効だね。その方が君にも都合がいい」

　シグは得意気にブギーを見下ろした。ブギーはシグを睨みつけたまま動かず、そこで彼は肩を竦めた。

「でも、納得いかないなら、良い方法がある」

「いい方法、だと？」ふらつきながらも、なんとかブギーが立ち上がった。

「そろそろ迷宮の大掃除の時期だろう。あれでポイントを多く稼いだ方が勝ち。どうかな？　その結果をもって、この決闘は終わりにしよう」まるでからかう様な口ぶり。

「……お前、どちらの味方なんだ？」そんなシグへ、半笑いのままにブギーは訊ねた。

「別に。僕は誰かの味方でもないし、敵でもない。でも、この力の差がありすぎた決闘の持ち越しとしては適切なはずだ。友達が多い、君が有利なんだから。これで勝ち負けを決めて、改めて学園に報告するといい」

　そう言ってシグは周囲を見渡す。逃げ出す隙も失い、ブギーの取り巻き達が困惑顔でそこにいる。

「じゃあ、僕はこれで！　またね！　ダンジョンのお掃除、楽しそうだね！　三人とも、絶対に参加して、退学を賭けて争うんだよ！」そう言ったが早いか、靄に紛れるようにシグは走り去った。

「一体何だったの、あれ？」リガッタが呆然として呟き、その間にブギーも取り巻きも靄の中に散っていく。

「っていうか、わたし、なにやってんだ……」

　残されたリガッタはそう言って、どかり、と地面に膝を屈した。剣も手放す。そして、項垂れた。

　なんとなく、胸に沸いた居心地の悪さ。衝動。そんなしょうもないことに従って、とんでもないことをしてしまった。カナンなんて男、知ったことではない。リガッタはただ、■■■■■のチェッキンを作り、この学園を円満に退学すればいい。それなのに、全く無意味な決闘に割り込み、その内容を有耶無耶にした。しかも、面倒な生徒に目を付けられてしまったのだ。

「なんてことをしてしまったんだ……」リガッタの口から自然と後悔が漏れた。こんな調子では、■■■■■のチェッキンなど夢のまた夢。

「ごめん、リガッタ君。君を守れなくて」そうして取り残されたリガッタの肩を、カナンは優しく叩いた。そういう意味ではないのだ、とリガッタは今にも叫びそうになった。

「いえ、わた……おれが好きでやったの事なので」そういいながらも、リガッタの顔は晴れない。

「違う、もっと面倒なことになった」

　まだ立ち上がれないカナンが来た道を見る。すると、その靄がぶわりと晴れて、知った顔が現れた。

「お前達、朝っぱらから面倒なことを！」

「あ、ベダ先生……」そのあまりに大きな胸を揺らし、ベダ・ウィルダックが現れた。

「まったく、主犯は逃げた後か。まあいい。お前達、自分が何をしたかわかっているのか？」

　ぎろり、とベダは二人を睨む。リガッタは目を反らした。とはいえ、決闘はこの学校のルールのようだし、もしも〈勇義〉の使用に問題があるならば、それは自分ではなくブギーにあるはずだ。それなのに、なぜかカナンもまた、ばつが悪そうに下を見ている。

「でも、おれ達は別に何も悪いことなんて」姉の願いのためにも、まだ退学になるわけにはいかない。リガッタは必死に声を張った。

「君、授業、遅れているよ。遅刻、無断欠席は厳禁だろうが！」

「あ」リガッタは間抜けな声を上げた。そういえばそんなものあったな、と思い出した。

「カナン、こういう時、どういう罰則がある」威圧するようにベダは言う。諦めきった口調でカナンは答えた。

「学園内のトイレ、全てを清掃します」

「その通りだ、わかってるじゃないか。あとで正式に通達がいくからな。お前達は急いで授業に出なさい」

　そういって、ベダは指を一鳴らし。いかなる魔術か、あっという間に消えてしまった。

「ごめん、リガッタ君。僕のせいで……」カナンは何とか立ち上がり、リガッタへそう声を掛けた。一方のリガッタは、呆然と前を見つめて動かない。

「やばい」ただ、一言、リガッタがそんな言葉を漏らす。ますますカナンの顔が暗くなった。

「君をこんなことに巻き込むつもりはなかったんだ。大丈夫、なんだったら僕が二人分働くから……」

「そんな、もったいない！」リガッタは急に大声を出した。

「え？」カナンは虚を突かれ、リガッタを見つめた。

「トイレ掃除……これは、でっかいチェッキンチャンスかもしれない」リガッタはゆっくりと唾を飲んだ。