第22話 もう一つの勇義

「シグ、先輩?」リガッタは、ブギーとの決闘中に現れた彼の名前を口にした。


「シグ先輩、なんでここに」カナンも思わず彼の名を口にする。


 そんな二人の言葉に、ふふん、と満足げにシグは鼻を鳴らした。彼は両手をポケットに入れたまま、悠々と群衆を割り、三人の前に立った。ブギーの余裕や、リガッタの精一杯の自信とは比べ物にならにないほどの、油断だらけ緩み切って、ちょっと散歩に行ってくる、といった雰囲気でいる。まるで自分と一、二年ほど年上だとは思えなかった。やはり、随分と大人びた少年である。彼と比べれば、五年生であるブギーですら年下の子供の用だった。


そんな中、只一人、ブギーがついに怒りと困惑をそのままにして、シグへ叫んだ。


「留年生め、何の用だ!」


「……留年生?」リガッタは思わず呟き、彼を見上げた。


「そうかっかしないでよ。年上への敬意が足らないな」それでもシグなそのたるんだ雰囲気を崩さず返す。


「七年も留年してる奴に払う敬意はないに決まってるだろ。しかもお前は四年生じゃねえか」


「七年? 四年生?」


 レンフィーマ・アカデミーの一年生は基本的に十四歳。二年生は十五歳、四年生は十七歳。そこから七年留年すると、二十四歳である。


「それがどうかしたのかな。君より年上なんだけど」ふむん、と彼は顎に手を当ててそう言った。


「うるせえ、留年生が! お前みたいな雑魚が何の用だ!」


「雑魚とは失敬な。僕はこの学校に十年以上いるけど、一度も負けたことがない〈不敗のシグ〉なんだけどな」


 そういって少し背筋を伸ばす。リガッタはなるほど、と思った。これが本物の強者である。例え留年していようとも、それが強者でない理由にはならない。ただ常に彼は自然体でいる。リガッタは思わず尊敬の念を込めて彼を見上げた。これが、不敗の男の背中である。


「勝てる相手としか戦わねえ腰抜けじゃねえか」


「なにそれ」ブギーの指摘にリガッタは困惑した。


「まあね。だって負けるの嫌でしょ? あ、こいつ絶対勝てるな、ってやつと戦って何が悪い。負けなしって、それだけでかっこいいしね」


 畏敬の念が薄れる。なんて奴だ、とリガッタは思った。留年の理由を悟った。


「さて。僕が来たからにはもう安心だ」


「どこをどう見たらそう思っていいんですか」にっこり笑顔のシグへ、リガッタの口から厳しい言葉が突き出る。


「手厳しい。ずっと普通の決闘だったら、このまま見ててもよかったんだけどね」


 そう言って彼は、まず、背中の荷物を解き、手に持った。剣も剣、大剣である。しかも、その鍔は左右に大きく突き出ており、その先の装飾には棘までついていていかにも派手であった。対して鞘尻に行くほど細く、故に柄のほうが重そうな剣であった。


「これはその辺に置いておく。家の大事なものでね。抜けないように鞘と鍔がしっかり縛ってある。僕にはこれは使えないから使わない。もったいないからね」そう言って彼は靄の中に剣を捨てた。意味がわからなかった。


「じゃあなんで持ってきたんですか」


「さて。ブギー。問題は君だ。只の決闘に〈勇義〉まで持ち出すのは流石に恥ずかしい。そうは思わないか」


「思わねえな。むしろ、〈勇義〉と縁のないやつばっかりだろう。一度ぐらい見ておいた方がためになるはずだ」ブギーはリガッタとカナンをぎろりと睨んだ。


「僕はそうは思わない。そもそもは魔王と戦うために女神様が用意した力だ、そうやって見せつけるように使うのを正しいとは思わない」


「なんだお前。戦う気か? 腰抜けの癖に。俺に勝てるとでも?」


 脅す様にブギーは言った。


「その通り。勘がいいね」シグはあくまで自然体。それどころか全身脱力しきっている。まるで食事中の雑談のような気軽さだった。


「……お前、俺に勝つつもりなのか?」


 ブギーはそのロールオーバー・サー・チャージの力で歪に輝く剣を彼に向けた。


「そう。勝てる。だって、僕も〈勇義〉が使えるから」


 その言葉に、ブギーは思わず目を丸くした。


「馬鹿な。そんな話聞いてないぞ」


「だろうね。でも、君よりずっと年上の僕が加護を賜っていてもおかしくはないだろう。ほら、勘のいい君ならわかるはずだ。僕は少しだけ怒っているんだ。こんなつまらない決闘で〈勇義〉を持ち出した君に、ね」


 ばちり。再び周囲に雷が走り、焼けた草木が煙を上げた。再び、ブギーは慎重に一歩足を下げた。


「〈勇義〉の効果は人それぞれ。だから、僕の〈勇義〉を〈宣誓〉しよう。僕の〈勇義〉はスキップチケット、どうせ勝てる相手に対して、戦闘を省略して倒すことができる」


「なんだ、その〈勇義〉は! 滅茶苦茶が過ぎる!」


「いいだろ、君のも大概だからね。さあ始めよう」そういって彼は両手を前に突き出し、両の手を打ち合わせようとした。それを、ブギーは止めた。


「待て、どうせ勝てるとはどういうことだ。俺は一度もお前と戦ったこともない」


「仕方ないなあ。あのさ、僕が勝てるのか、勝てないのか。それはこうして決まる」


 ばちん! 再び周囲に電撃が走り、辺りを一瞬熱く照らした。その輝きと熱、音、そして打ち上った煙に、皆が皆顔をしかめる。


「この雷、最初に見た時ビビったやつ」不敵な笑みをシグは浮かべた。


「な、なんだと?」ブギーはどこか、怯えた表情でシグを見る。


「君はどうだったかなあ? 僕がここに来た時、この雷を見たでしょ。あの時さ、君、一歩、後ろに下がったように見えたけど」


 ブギーは思わず身震いした。突然シグが現れる直前、確かに猛烈な雷が辺りを満たした。


「そんなもの関係あるか! そもそもあれはお前の攻撃かどうかなんて知らなかった! それが〈勇義〉の効果に関わるだと?」ブギーは顔を青くした。靄の中に足を入れ、それに紛れたがっているようだった。


「関わるよ。さあ、答え合わせだ――くたばれ、ブギー。見せてやろう〈勇義〉スキップチケット!」


「ふざけ――」


 そのとき、ブギーの意識が一瞬弾け飛んだ。後頭部を今まで感じたこともない強烈な衝撃が貫き、そのまま地面に突っ伏した。


「これが、スキップチケット……だと?」


 ブギーは唾液とともに呟いた。だが、彼はまだ生きていた。そして、なんとか両腕で体を持ち上げた時、彼の眼前には予想だにしていない光景が広がっていた。

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