第21話 雷鳴の子
次の瞬間、身を隠し、ブギーの背後に逃れたリガッタは、次の一手を打つ。ブギーの首を狙った一撃をしかし、彼は一切避けることなく受け止めた。ついに、ブギーの視界を飛び回る小さな影が停止する。その形は、『短剣』であった。
「あ」
リガッタはつい声を上げた。首に当てられつつも、それを切断するに至っていない短剣が問題なのではない。その隙を狙ってブギーの脇腹へ刺し入れた、リガッタの握る別の短剣が止められているのだ。他ならぬブギーの左手でがっしりと掴まれている。
「こんな小賢しい魔術があったとはな」
リガッタは次の瞬間には短剣から手を放し、羽織ったケープの裏から新しい短剣を取り出す。そしてそれを一振りし、ブギーの首の上でぴたりと止まっている短剣を手元に戻す。
こうして漸く、まず、ブギーは対手の得物を知った。短剣である。それも複数。そして――
「お前なんざ社交界でも見たことはないが、面白い魔術がかかった剣だ。対になっているわけではないな。手に持った方で、持ってない方の剣を操作できるということか」
ブギーは、つまらなさそうに手の中に残った短剣をくるくると回す。一方、打って変わってリガッタはぴたりと動きを止め、左右の手それぞれに短剣を持ち、静かにブギーと距離を置いている。
ブギーは悠々と彼を見つめながら、短剣の柄を持ち、その切っ先を自分の喉に押し当てた。
「だが、威力があまりにも足らない!」
ぐりぐりとリガッタの残した短剣で自身の喉をブギーは突くが、血の一滴も流れない。リガッタはぎりり、と奥歯を噛んだ。
「おれには二十の名のある魔族を倒し、神殿を巡って得た加護がいくつもある。そんな俺に、こんなおもちゃで立ち向かうとは、つまらないお嬢様だ」
ふん、とブギーは鼻を鳴らす。
「剣を飛ばす術で俺の意識を散らし、その間に死角を突いて攻撃をする。いい作戦だったが、お前自身が弱かったな! もう少し力があれば、もう少しまともな戦いになっただろうが」
にい、とブギーは笑い、リガッタの短剣を彼の足元に投げ捨てた。
「返してやるよ。何本あろうと、俺には傷一つつかない」
そして、改めて彼は彼自身の大剣を構えなおす。
「だけど、種が割れてもお前みたいなのろまじゃ、おれに当てるのは大変だろう」
リガッタは精一杯の笑みで返す。だが、ブギーの余裕の表情は変わらない。その雰囲気のままに彼は言う。
「お嬢様は、ご存知ないようだな」
「何をだ? お前があんなに剣を振り回しても、おれに掠りもしなかっただろ」
「そうではない。勇者とは何か、という話だ」
「どういうことだ」
「勇者ヴィヴォールが、お前の言う通りトロールやドラゴン、そして魔王に勝てたのは、女神の加護があったからだ」
「それはそうに決まっているだろう。っていうかおれ達みんなは女神様の加護があってこの世界に生まれている」
リガッタの言葉を、はっはっは、とブギーは笑い飛ばした。
「お前まさか、〈勇義〉も知らないのか?」
すると、周囲の取り巻きすら笑い始めた。なぜそうなるのか、理由はわからなかったが馬鹿にされているのはすぐに理解した。故にリガッタは急に顔が熱くなった。
「なんだ、何が悪い!」
「いや、〈勇義〉を知らないのは流石にびっくりなんだけど……リガッタ君、もしかして君、家から出たことがないのか? そうでないと、知らない理由にはならないよ?」カナンすら目を丸くしてそう言った。
「ぐっ……」リガッタは精神にダメージを受けた。強ち間違いではないからだった。
「勇者ヴィヴォールが魔王に勝てたのは、奴が試練を乗り越えその勇気を示し、女神の加護の最上位、〈勇義〉を授けられたからだ」
「そ、それは知っている! だけど、それがどうした。それをお前が使えるとでもいうのか!」
リガッタは吼えた。そして、気付く。あーあ、やっちゃった、と思う。相手を間違えたと痛感し、おいこれどうするんだ、と今更ながらに手足が震える。だって、こんなにブギーの表情が、にやりと涎すらたらし、醜く口角を上げているのだから――
「使えるに決まってるだろ。去年、試練を受けて女神の神殿にておれは〈勇義〉を賜った」
詰んだ。リガッタは愕然とした。城より大きいトロールを断ち切り、溶岩の熱にすら耐える鱗を纏ったドラゴンを貫いた勇者ヴィヴォール。それと同じ力を持った人間に、その半分ほどの体格でいるリガッタなど、相手にならないに決まっている。最初から勝負は決していたのだ。
『ブギー先輩は女神様すら認める『本物』の勇者だからね』
ソニの言葉をふと思い出す。先生も似たようなことを言っていた。そうならそうと言ってほしかった。
「『俺の』〈勇義〉は魔王も勇者も目じゃないぜ。カナン、お前も最後に見ていくがいい。おれの〈勇義宣誓〉を!」
そういって、ブギーは両手で持った大剣を天に翳した。
「女神の試練を超え、俺が賜るその加護こそ、絶対報復勝利必至の究極の加護〈報復保険〉ロールオーバー・サー・チャージ!」
彼の大剣がめきめきと音を立て、光り輝く。碌でもないことが始まったとリガッタは膝を曲げてさらに腰を深く落とした。大丈夫だ、当たらなければどうということはない。そう自分に言い聞かす。
「教えてやろう。俺の〈勇義〉は、今まで当たらなかった攻撃を蓄積し、当たった時にはその蓄積分に対し、それまでの当たらなかった回数分を倍加して剣威を放出する!」
「はあっ?」リガッタは目を丸くし耳を疑った。
「お前、散々俺の剣を避けてくれたな。ありがとう、といってやる。今まで何回避けた? 十回か、二十回か、三十回か? その分だけ、俺の次の一撃の威力は上昇する」
彼の大剣は歪に輝き、それに蓄積された力を示す。見ただけで分かる、ああ、あれを食らったらどんなに加護を持っていても、無事では済まないだろう。
「ばばばばば、馬鹿を言うな。そんな攻撃、全部おれが躱しきればいいだけの話だ。当たらなければどうということは……」
そう、どんなに回避された分が蓄積されようと、放出させなければリガッタの勝ちである。恐れることは何一つない。そのはずだ。リガッタはとにかく気を落ち着けるため、ゆっくりと呼吸を落ち着ける。一発も当たらず、確実にこの大男に致命的な一撃を当てなくてはならないのだ。だが、そんな彼の覚悟を、ブギーは一笑に付した。
「ところが、この俺だって、この長期戦になれば手が滑って、そこに倒れている雑魚に当たっちまうかもしれないなあ」
そう言ってブギーは、その切っ先を立てずに地面に転がっているカナンへ向けた。
「な……何を言ってるんだ! カナン先輩は関係ないだろ!」
「ロールオーバー・サー・チャージは相手を選ばないんだよなあ」
ぐるんぐるんと剣を回す、回す、回す。時折その柄から手を放し、器用に指先だけで触れている。うっかり、ほんの少し指をずらしただけで、その剣はあらぬ方向に飛んで行ってしまうに違いない。おのれ、そこまでするなら曲芸師にでもなればいいものを、とリガッタは唇を噛んだ。
「いい、おれのことは気にするな!」カナンが大声で叫び、何とか立ち上がろうとするが、どうやら足腰に力が入らない様子。
「おいおい、大声出すとそっちが気になって、うっかりしちまいそうだ」
「やめろ!」リガッタは叫ぶが、どうすればいいか皆目見当もつかない。短剣を操り、遠隔で当てるのが彼の、否、ダゲレオ一族に伝わる家宝の技であるが、それ以上でもそれ以下でもなく、しかも威力はどう頑張ってもブギーの加護を破れるほどではない。
「ほらほら、向かって来いよ、お嬢様。早くした方がいいぜ」
ブギーは挑発するように言った。リガッタの頬を今日初めて汗が伝った。こうなれば、全力でブギーの〈勇義〉を受け止めるしかない。今できる最大限の防御、即ち持てる短剣全てを投じるのだ。家宝ゆえ、傷の一つでもつけば、例えこれを生き残っても、お父さんに殺されるかもしれないが――意を決し、リガッタは外套の裏に仕込んだ残りの短剣を操作しようと集中する。否、しようとした、その時だった。空気が揺れ、周囲に一瞬眩い光が満ちた。そして。
——雷鳴!
「なんだ!」思わずブギーは一歩退いて剣を握り直す。リガッタはさらに身を低くして周囲を警戒した。只の自然現象には思えなかった。ただ、雷の熱の影響か、周囲に霧か煙か、靄のようなものが立ち込めていた。観客達もどよめく。そんな中、ひと際濃い靄が、否、人影が声を発す。
「上等、上等。楽しそうだな。僕も混ぜてほしい。友達がいないんだ」
靄の間を抜け、雷鳴とともに、一人の男子生徒が現れた。
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