第20話 その男は勇者ではない
「おれは、イント・ゲダールの息子、リガッタ・ゲダール! そこの勇者ブギー・ブイルドンに決闘を申し込む!」
リガッタは、握りしめた手袋を、まさにカナンへ剣を振り下ろす直前のブギー・ブイルドンに投げつけた。ブギーの動きが止まる。
「貴様、昨日の」ブギーはぎろり、とリガッタを睨みつけた。
「ブギー、彼は関係ない! さあ、決闘の続きを」カナンは必至で声を上げた。だが、ブギーはリガッタを睨んだまま、ついにその切っ先をリガッタに切り替えた。それをしかと認識すると、リガッタは声を張り上げた。
「その決闘は無効だ! っていうか、やらない方が身のためだ」
「なんだと?」
「勇者ブギー・ブイルドン。君は、ただの人間に剣を振るうことを、勇者の行いと捉えるか?」
「何の話だ?」
「その男、カナン・キルノは浅ましくも、昨日おれを食事に呼んで、自分が退学するのはおれのせいだといった。そんなの、勇者のやることじゃない。そんな奴に、勇者である君の剣を向けていいのか? 勝ったとして、そんな汚い鼠みたいな人間が相手だ。それが威張れるのか?」
「何を言い出すかと思えば、こいつ……」憎々しげに顔を歪ませ、脅す様にブギーは言う。
「決闘を無効にしろ。そうしたら、おれがお前の相手をしてやる。おれがおれの名誉を取り戻す。こんな軟弱で浅ましいやつなんかに助けられなくても、おれだけでブギー、お前の胸にバツ印を刻むことができることを証明してやる」
「お前、鏡を見たことがないのか?」
ブギーはぬ、と前に一歩出て、姿勢を普段のように背筋を立てる。ただそれだけで、リガッタはあっという間に縮んだように見えた。彼の半分、否、それ以下にすら見える。周囲の観客、ブギーの仲間らしき彼らはくすくすと笑った。リガッタは静かに唇を噛んだ。
「お前こそ、鏡ばかり見て、力量を図れないんじゃないか。体格で勝負が決まるわけじゃない。勇者ヴィヴォールは城より大きいトロールだって倒しただろう」
「いうじゃねえか」ブギーは剣を掲げた。
「決闘、無効にしてやるよ」
「おい、ブギー! 違うだろ! 勇者なら、決闘の破棄なんて……」
「こいつを」ブギーはリガッタを剣で指す。「ばらばらにしてから、もう一度お前と決闘はやり直す。それで文句ないだろう」
「この、恥知らずめ……」カナンがブギーを睨み、リガッタは二人の間に割って入る。
「ない! 早くやろうぜ」
リガッタは堂々と腕を組み、挑発するように言う。
「ブギー・ブイルドン、勇者としてまず、この身の程知らずに、実力をわからせてやる。それが勇者の優しさってもんだ。だが、お前……」
そういって彼は剣を構えた。
「剣はどうした?」やや不満そうにブギーは問うた。
「そんなこともわからないのか? 数多の冒険者を千切っては捨て、千切っては捨てを繰り返したドラゴンが、剣を握っていたわけでもあるまい」
リガッタは自信満々にそういう。すると、やれやれとブギーは首を振る。
「身の程知らずもここまでくると哀れだな。いいだろう」そういって、彼は取り巻きに合図を送る。
「けっ、決闘、開始!」取り巻きの一人が声を上げる。ブギーとリガッタの制服の右胸に棒線が刻まれる。
その瞬間、リガッタが消えた。否、ブギーの視界が何かに遮られた。
「この!」
剣を振る。すると、かつんと硬質な手応えがある。視界の隅で、何かが飛んでいく。
「どこみてんだ!」リガッタの声。はっとしてそちらを向く。右!
リガッタ・ゲダールがすぐ目の前に迫っていた。だが、それはすぐに消える。ブギーが剣を薙いだからだ。リガッタの判断は的確で、そうでなければ、如何なる加護を持っていたとして、それらをねじ切って、彼の上半身はぐちゃぐちゃに千切れ飛んでいただろう。
ぎっ。
代わりに、ブギーの左肩口に嫌な感触があった。はっとしてみると、左肩の装飾が千切れていた。それなのに、対手の姿が見えない。そして、衝撃が下る。なんと、背中だ。
「ふざけやがって!」
背後へ剣を振る。だが、やはり空振り。
「のろま」
その声は左。だが、ついに彼の右頬を撫でる、否、切ろうとした『何か』が触れた。そうして、ブギーは少しだけぞっとした。もしも自分に、この学園に来るとき家族から譲られたユリカーネンの神殿より賜ったタリスマンの加護がなかったら、どうなっていたのだろうか、と。もしもこの頬から血の一滴でも流せば、あまりにも格好がつかない。
「この、姿を見せろ!」
この時になって、ブギーは一つ理解をした。確かに彼が戦うとき、対手は自分より小さいものも多いが、特段リガッタは小さい。故に狙いがつけづらいし、なんといっても対手はそれを理解した上で立ち回っている。彼の使う大剣がまた、対手が付け入る隙を作っている。
右肩、左脛、左脇、背中、正面、頭上、左腕! あらゆる角度に気配を感じ、或いは加護がなければ傷を入れられたと感じる。だが、一度とて正確にその姿を捕らえてはいない。彼の剣は泥を巻き上げ空を切り、木々を鳴かせてただ吼える。
「なんだ、大したことないじゃないか」
ついに、ブギーの首を深く感触が通る。思わず仰け反り、一歩二歩と下がった。今度こそ、エトセントの泉にて、そこを荒らす蛇の魔物ギュイアンを討伐した時に得た水の祝福がなければ、死んでいたに違いない。リガッタ・ゲダールは確実に、ブギーの体を『削いでいる』のだ。
「おもしれえ」つい、ブギーは独り言つ。
——しかし。このとき、ブギーはリガッタを倒す方法を確かに認めていた。この、自分の死角を的確に縫って襲ってくる小鼠を、次こそ確実に断ち切ってやるという算段を。
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