第19話 決闘の朝
リガッタ・ダゲールは早朝、制服の上に家から持ってきた毛皮ついた豪奢なケープを羽織って部屋から飛び出た。レンフィーマ・アカデミーの朝は早く、五時には皆が皆目を覚まし、六時には朝食を済ませて授業に備える。
その前に、ブギー・ブイルドンを見つけ出して、決闘を申し込む。
――なんでかなんて、知らない。教えてほしいぐらいだ。
だが、部屋を出てすぐ、廊下に一輪の花が置かれていることに気付いた。それは、昨日シグなる男子生徒がリガッタに渡し、リガッタからカナンに送った花束と同じ花だった。
確かこれは、カナンが好きな花だったはず。
「どういうこと?」
よく見ると、その花はリガッタの部屋だけでなく、廊下に撒かれている。特に、まるでカナンに見せつけるように。
『大庭園の西にある花壇から拝借してきたものでね』
シグの言葉を思い出す。リガッタは走っていた。寮を抜け、庭園の西へ。太陽の位置から方角はわかる。花の匂いに満ちた庭園を走り、その中でも変化を感じる。ついに、あの花束をシグから貰ったときに感じたあの優しい香りをしかと認識した。
そして、リコットは思わず背筋が凍り、その走りをぴたりと止めた。遅れて、全身がわなわなと震え出す。両拳を、掌に血が滲むほどきつく握り、顎には奥歯を噛み潰さんばかりに力が籠る。
元は、美しい花壇だったのだろう。煉瓦で綺麗に区切られ、オレンジ色の花で満ちていたに違いない。だが、その花壇を囲んでいた煉瓦は砕かれ、その中に溜めていた土は石畳に散乱し、庭を侵す。そして何より、そこで咲き誇っていたであろう花々は、何者かにぐちゃぐちゃに踏み潰されていた。歪んで汚れた花びらの上に、明確な靴底の文様がついている。
まるで獣に食い荒らされた後の小鳥のようだった。
「酷い……酷過ぎる」
リガッタはその光景を睨みつけた。それをやる人間は、一人しか思い浮かばない。
よくみると、花壇の泥は、そのまま庭の外、森に続いていた。この学園は、その外周の森や山もその敷地としている。リガッタはその痕跡を辿って走った。
すると、森の奥から剣が風を切る音がした。何度も何度も。そして、同じ回数だけ地面を蹴る足音も。
木々を抜け、そうしてリガッタが見たのは、たくさんの人だかりだった。全員、レンフィーマ・アカデミーの制服を着た男子生徒だ。
「殺せ!」
「頑張れ、ブギー先輩!」
「情けねえぞカナン!」
「少しは先輩を喜ばせろよ!」
「つまんねえな、早く死ねよ」
彼らは各々に声を上げる。その内容からも、剣や足音、荒い息遣いの対象がすぐに分かった。
彼ら取り巻きに囲まれているのは、想像通り、あのブギー・ブイルドンとカナン・キルノ。ブギーが剣を振り回し、カナンは間一髪地面を転がり、荒い呼吸とぶれぶれの体幹を晒してそれらをやり過ごしている。
カナンは全身が泥だらけ、かつ、すでにどこかに打ち付けたのか、顔に痣まで作っている。通常、この学園に入学できる程度の実力があれば、血筋や修行で得た加護や祝福により、多少の怪我などは『希釈』される。だが、そんなものはもう、彼には機能していないようだった。
「おせえんだよ」
ブギーが剣を振り上げ、対するカナンは真っ直ぐ剣を水平に構えブギーに向け、直進する。だが、そんなカナンの足を、ブギーはばしんと蹴り払った。バランスを崩し、倒れた彼へ、ついにその大剣が振り下ろされる。
リガッタはその光景を前に、改めて呼吸を整え、手袋を脱ぐ。昇りたての陽光が、彼の右手の中指にある〈ボイスチェンジリング〉をきら、と輝かせた。
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