第18話 なぜみんな、レンフィーマ・アカデミーを選ぶのか。
「そのキャメラで、男の人の股間にある……あれの、チェッキンを作ればいいの?」
あの日の病室で、リコット・ダゲレオは姉であるライカ・ダゲレオの最期の望み、そして二度目の一生のお願いを繰り返した。あまりにも馬鹿馬鹿しい願い。口にするのも憚られるが、要約すればたったこれだけ。だが、ゆっくりとライカは首を振った。
「違うよ、リコット。間違ってる。ちゃんと聞いてた? お姉ちゃん好みの割と細めなのに腕とかなんかこう、ムキッとしてて胸板厚め腹筋バキバキな年下の男の子の■■■■■を、このキャメラでチェッキンしてほしいの。違うよ、全然違う、わかるよね、リコットなら」
舌打ち。
「ねえやっぱり、さっきからお姉ちゃんに舌打ちしてるよね? 何が気に食わないの?」
「全部だよ!」リコットは吼えた。
「っていうか、お姉ちゃんが絡んでること、よくよく考えたら全部嫌なことばっか! 楽しい思い出なんて一つもないよ! 全部! 全部気に食わない!」
リコットは絶叫した。ライカは目を伏せた。その様に、ついリコットも、言い過ぎたと反省した。
「そっか。ごめんね……」ライカはしおらしい口調で「でもそれは、リコットが悪いよ」ふてぶてしいことを言う。
「帰るよ、本当に」
「ごめんなさい、お姉ちゃんが悪かったです。でもね、リコット。聞いてほしいの。だって、リコットにとっては苦しかったかもしれない、良い思い出じゃなかったかもしれないけど、ずっと昔から、わたし達姉妹がそろって、できなかったことなんてなかったでしょ? お父さんの修行も、全部乗り越えてきた。ね?」
「でも、それがなんだったの。お姉ちゃんは結局家を出て言って、わたしだけ残って、お父さんは家を継ぐのは、ダゲレオを支えるのはお前だって、でももう全部嫌になって……」
「お父さんもお母さんもビビるぐらい部屋に引きこもったんだよね」
「言わないで」
「はい」
「でも、そういう嫌なことも全部さ、きっと……■■■■■を見たら、吹っ飛ぶよ」
「寿命が終わる前に本当に殺してやろうか」
「本気だよ!」ライカは叫んだ。その剣幕に、リコットが引いてしまった。
「お姉ちゃんはね、本当に後悔してるんだ。世界とか国とか、本当にどうでもよかったって」
「そんなことは……」仮にも大魔導士を襲名し、救ってきた命は数知れない。
「それよりも、わたしはリコットを救うべきだった」
「な……何をいまさら!」
「リコット、もう一度、わたしとやり直せないかな。一緒に、お父さんに一杯吹かせてやり返してやったり、罠に嵌めたり、ドラゴンの頭千切って驚かせたときみたいにさ? 二人なら何でもできるよ」
――懐かしい姉との思い出。
『お父さんがドラゴンドラゴンうるさいしさ、わたし達でドラゴン仕留めちゃおうよ』
『まずは罠。動きさえ封じれば怖くないはず』
『寝床はあの山のどこか』
『作戦は……』
「……それ全部、わたしが罠作って、道具盗んで、囮をやって、朝から晩まで走り回って達成した奴だよね。お姉ちゃんは結局何もしないで……」
「だから、リコットは昔から、なんでもできる立派な子でしょ。わたしの自慢の妹。思い出して。あなたは、背筋伸ばして、ちゃんと外を歩けるの」
「……」リコットは唇を噛んだ。何を急に、まるでいい話のようにまとめているんだろう。
「だからね、最後に、お姉ちゃんとすごいことしてみない? ね?」ライカはそっと、リコットの手を握った。
「そんなわけで、お姉ちゃんのコネでここに、夢の国のチケットがありまーす」
気付けば、ライカの手の中に一つの封筒があった。
「ここに、お姉ちゃんにとっての理想郷が広がってるんだ。きっと、リコットも気に入るよ。ここで、お姉ちゃんの理想の■■■■■のチェッキンを作ってほしい」
「チケットって?」
「オビュリシカ王国が誇る、勇者創成学園レンフィーマ・アカデミーの転入届。ここならムキムキイケメンがいっぱいいるでしょ? ハアアアアアアッ! ここが理想郷と言わずしてなんというか! いいなあ! 羨ましいよリコット!」
ライカはそう言ってリガッタの手を握った。
「リコットはなんだかんだ言ってわたしより身長あるし、お父さんの修行を最後まで終えただけあって体はしっかりしてる。休んでたって平気だよ。リコットならできる」
「だ、だから、わたしに何をさせたいの、お姉ちゃんは……それに、レンフィーマってさ、男しか入園できないって聞いたことあるけど……」
「だから、男装してレンフィーマ・アカデミーに潜入して、■■■のチェッキンを作ってほしいの! そうしたらもう、お姉ちゃんは何もいらない。やり残したことも、後悔も何一つ」
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