第14話 シャワールーム死す
「駄目だな。修理専門の魔術師を呼ばねえと」寮の管理人のおじさんは難しい顔でそう言った。そして、首を横に振り振り、リガッタのシャワールームから出てくる。
「どこですかどこにいますかいつ治りますかすぐお願いします」リガッタは管理人へ捲し立てた。
「一週間はかかるな。ここの寮は古くて、水の魔術は専門家を呼ばないとならん。だが、こういうのが得意な業者は少なくてな」
「ここ、たくさん優秀な魔術師の先生いますよね」
「いるが、難しい。この寮は古い建物だからな」
「そんな……」
リガッタは愕然とした。シャワーが浴びられない。その様子を見、彼は急にはっはと笑い始めた。ぽかんとするリガッタへ、彼はあっさりと言葉を続ける。
「そんな顔するな、男だろ」
「ちがっ……いえ、男ですが、今はそういうのは難しいんですよ!」リガッタは薄い反論をしたが、管理人にそんなことは伝わらない様子。
「安心しろ、一階に大浴場もあるし、金さえあれば薬湯が出るのもある。疲れも吹き飛ぶぞ。そこを使えばいい」
駄目だ、こいつは何もわかっていない。男だらけの浴場など、入れば終わりである。人生が。リガッタの顔が真っ赤に染まる。
「無理なんです」リガッタは涙ながらに訴えた。すると、急に管理人はリガッタの顔をまじまじと見た。
「なんでだ。お前、様子がおかしいな。何か隠してないか」
しまった、リガッタは慌てて顔を反らした。〈ボイスチェンジリング〉はつけているが、服装はただの部屋着。男っぽいものを選んだが、制服ほど自分の体形を誤魔化してはくれない。
「大丈夫です! 修理の手続きだけしてください!」
リガッタは慌てて管理人の手を引き部屋の入口まで引っ張ると、そこからは背中を押して追い出した。そして、ばたん、とドアを閉める。施錠する。
「あっぶな」
リガッタはドアに背を預け、ずるずると床に座った。迂闊だった。あれ以上大浴場を嫌がれば、女だとばれていたかもしれない。
「でも、大浴場か」
思う。そこに行けば、チェッキンチャンスだらけであろう。おそらく脱衣所もあるだろうし、そこで隙を見て一枚いただければ、それでミッションはコンプリート。そうなれば姉が退学手続きをしてくれる。こんな地獄とはおさらばだ。
だが、それが正しいのだろうか。ライカは、こっそりチェッキンを作ることは、未来には犯罪かもしれないが、今なら問題ないと、そう言っていた。
その通りだとは思う。しかし、リコットはぐっすり眠っているカナンのチェッキンを作れなかった。
「もおおおおっ!」
リガッタは男の声で唸り、後ろ手にドアを殴りつけた。
『お姉ちゃん、もうダメみたい。ごめんね、リコット』
やめてしまおうか、ごめんね、ライカ。そうも思ったが、するとあの弱ったライカ・ダゲレオの姿が浮かぶ。確かに要所要所では元気そうだったが、それでも握った時の手は、湿気た石のように冷たかった。そんな人間の、最後の願い。ふとベッドを見ると、キャメラと『目』が合った。あれは、ライカが自分に託した、謂わば身代わり。あれに、自分は彼女の望むものを映さなくてはならない。
「もうやだ、シャワー浴びたい。すっきりしたい。最悪だ」
考えても仕方がないことだった。そういうのは、とりあえず忘れるに限る。シャワーを浴びれば、少しはましになるはずだった。でも、今の自分にはそれすらできない。
「最悪だよ、もう」
リガッタは独り言つ。その時だった。彼女の背中を、どんどん、という強い衝撃が揺らした。誰かがドアをノックしているのだ。こんな時に何の用か。ストレスのままにリガッタは勢い良く立ち上がった。
「今度は何!」
ついにリガッタは声を荒げ、勢いよく背後のドアを開いた。
「あの、大丈夫ですか? ……そうか、君は確か、今日廊下で会った……」ドアの向こう、廊下にいたのは、リガッタも見知った顔だった。故にリガッタは思わず飛び上がった。
「カ、カナン、先輩? なんでここに?」
その男子生徒こそ、カナン・キルノ。自分をブギーから助けてくれた生徒であり、最後に見た時は医務室で寝こけていたはず。すでに包帯は取れていて、人の良さそうな顔の上に、困惑の表情を張り付けている。
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