第12話 カナン先輩はさよなら

「この学園では、決闘が認められている。しかも、大人の世界の決闘と違って結構カジュアルなんだ。実力を測り、お互いに高め合うのがこの学園のモットーだからね」


 にこにこしながらソニは言う。


「最低、一人の見届け人がいれば即時オッケー。結果は当事者が事後でも事前でも学園に報告する仕組みになっている。でも、勝ち負けはすぐに、魔術で示される。勿論、死ぬ前にね」


 ソニは小声で、ノートにバツ印を書いた。


「制服に、マークがつくから?」


 リガッタは、決闘に負けたカナンの制服の胸にバツ印が浮かんだことを思い出した。


「そう。制服に掛かった術が勝ち負けを判定する。そして、それが魔族を示す数字、六回目に至った時、退学が決定する」


「でも、カナン先輩は、五回目だから退学する必要はないはずじゃ」


 確か、カナンの胸には五個目の印がついたはず。ソニもそれに頷いた。


「そう。だけど、カナン先輩は明日にでもブギー先輩に決闘を挑む」


「なんでわかるんですか。負けたら退学なんですよね。もう決闘しなければ大丈夫じゃないですか。意味が分からないです」


 リコットにとってはどうでもいい学園だが、わざわざここに入園する生徒にとっては大事なことに違いない。ならば、もう大人しく決闘から手を引けばいい。


「いいや。そうもいかない。だって、あの決闘は、カナン先輩の名誉を損ねている。それを先輩は、放置するわけにはいかないからね」


「どこがですか。カナン先輩は、おれを助けてくれたのに」


「違うよ。君を虐めていたカナン先輩を、ブギー先輩が助けたんだ」


 リガッタは愕然とした。そういえば、そんなことをブギーは言っていた。


「だけど、それは違うでしょ? みんな、内心はそう思ってる。僕もだ。だから、わかる。カナン先輩は、自分の名誉のために、いや、君のためにももう一度決闘を申しこむよ」


「おれの、ため?」リガッタは首を傾げた。


「弱いやつは虐められる。当たり前じゃん。あのカナン先輩に庇われるなんて、最弱中の最弱さ。それを否定するためにも、カナン先輩はブギー先輩に挑まないといけない」


「な、そんなことが?」リガッタの背筋が凍り付いた。


「ブギー先輩を打ち負かし、君を守るためにね」


「そんな、なんで……だって、カナン先輩は何も関係ないじゃないですか」リガッタの拳に自然と力が籠る。声を張らないようにするだけで必死だった。そんなリガッタへ、冷えた流し目を送り、ソニは答えた。


「勇者だからね、カナン先輩は。見過ごせないのさ」


「……馬鹿にも程がある」リガッタは頭を抱えた。何故、たまたま見かけた転入生にそこまでするのか。意味が分からなかった。


「ちなみに、カナン先輩は滅茶苦茶弱い。これがまた可哀そうだよね。あんなに人を守りたがっている人なのに、多分野良猫にも勝てないよ」


 一瞬、リガッタの胸の内に上がったカナン先輩は本気を出せば強い説はあっさりと潰されてしまった。そうでもなければ胸に五つもバツがつくことはないだろうが。ソニは楽しそうに、ノートの隅に猫の絵を描いた。下手糞だが愛嬌のある、困り眉の猫。


「しかも、ブギー先輩は女神様すら認める『本物』の勇者だからね。お家柄も言うことなし、十歳の時にすでに森に居ついたゴブリンの群れ三つを壊滅させて、国から褒章をもらっている。性格はあれだけど、実力は間違いなく最終学年の主席に相応しい人だよ」


「……」


「と、いうわけで、カナン先輩とはお別れみたい。残念だなあ、僕は結構好きだったんだけどね、ああいう人。この学園には珍しいから」どこか自嘲的な笑みをソニは浮かべる。


「は、はい……そうかも知れませんね」リガッタは思わず俯いた。


「わかってるじゃん。本当は、ああいう人を勇者、って呼びたいんだけど」


 軽い口調でソニはそう言った。言葉とは裏腹に、まるで関心はなさそうだった。

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