第11話 ソニ・サイハット
リガッタ・ゲダールはこのレンフィーマ・アカデミーにおいては、勇者創成部普通科一年第三部隊に分けられている。
ベダ・ウィルダック先生から手渡された紙に示された、行くべき教室の前で、リガッタはどうしたものか、完全に硬直していた。
『一年第三部隊』と記載された教室の表記と、紙切れの間を視線は行ったり来たり。堂々と入っていいものか、しかし入った後どうすればいいのかもわからない。先生はいない。リガッタは端的に言って詰んでいた。
——駄目だ、四年近く引き籠って人と関わっていないと、どうすればいいのかもわからない。
「あれ、君は見ない顔だね。誰?」
そんなリガッタへ、天の声がした。振り向くと、一人の男子生徒が興味深そうに彼の顔を覗き込む。人懐っこそうな垂れ目の彼は、なんとなく昔飼っていた間抜けな猟犬を思い出させた。
「え、えっと、わ、おれはリガッタ。あの、今日転校して……」
「あー! 噂の!」
突然彼が大声を出すものだから、リガッタは思わず身を縮めた。男はどいつもこいつも声がでかい。怖い。
「知ってる! 噂になってたよ。君がそうなのか!」
流石、転入生は話題になりやすいらしい。もしくは、今朝辺りにでも先生から通達があったのかもしれない。
「ブギー先輩に絞められて、カナン先輩がぼっこぼこにされるのをただただ眺めてたっていう期待の新人」
「ぐお」リガッタは小さく呻いた。思っていた話題の成り方と違った。リガッタは精神にダメージを受けた。
「まあ、仕方ないよ。ブギー先輩はこの学園の中でも誰もが認める『本物』の勇者だからね」
「本物?」リガッタは思わず声を鋭くした。そういえば、先生も同じようなことを言っていた。どういう意味かは、リガッタにはわからないが。
「まあまあそんな怖い顔しないで。それにしても、この隊に入るとはね。家はどちら?」
「えっと、ゲダールと言います。父はイント・ゲダール。その嫡男、リガッタ・ゲダールです」
「知らないな。まあいいや。この第三部隊はみんなそんな感じだから。僕はソニ・サイハット。よろしくね」
そう言ってソニは手を差し出す。リガッタは恐る恐る彼の手を握った。
「うん、われらが第三部隊にぴったりの生徒みたい。歓迎するよ、さあ、入って入って」
ソニはリガッタの背に手を回し、かと思えばしゅるりと背後に立っていて、そのまま背中を押してきた。押されるまま、リガッタは教室に入る。このソニという生徒、あまり得意なタイプではないし、こんな人懐っこい犬みたいな顔をして、想像より遥かに強い力で全身を好きにされるのは恐怖しかなかったが、一方で何をすればいいかわからないリガッタにとっては有難かった。悪意はなさそうだし。
教室は、小さな演劇の舞台のようになっていて、黒板を含む教壇を囲むように傾斜のついた長テーブルが段々に組まれていた。後ろのテーブルに行けば、教壇を見下ろす様になる。
「みんなー! 新しい隊員が来たよ!」
そして、その教壇の前にリガッタを立たせると、ソニは大声で教室の面々へ声を掛けた。生徒の数は二十名ほど。男達の視線に、リガッタは完全に硬直した。
「ほら、自己紹介」耳元でソニが囁く。その声に驚きリガッタの踵が床から浮いた。何となく擽ったかったのだ。そして、リガッタは顔を真っ赤にしながら、頑張って声を張った。
「は、はじめまして、一年第三部隊に転入しました、イント・ゲダールの息子、リガッタ・ゲダールです」
彼の精一杯の自己紹介に、疎らな拍手が起こる。まあ、そんなものだろう、とリガッタは息を吐く。
「足りなくない? 聞こえないよー!」
しかして、ソニは教室にそう呼びかけた。ひい、という悲鳴を何とか抑え、リガッタはつい、縋るように彼を見上げた。そんなに目立つのはやめてほしかった。そもそも、この学園に長居するつもりもない。
だが、ソニの呼びかけに、今度こそ男子生徒たちは答えた。拍手が大雨のように湧きあがり、指笛が響く。
「できるじゃーん。歓迎しようぜ!」
ソニは腕を振り上げ、その様子にさらに教室が揺れた。生徒達は手だけでなく、足まで踏み鳴らす。リガッタではなく、ソニの盛り上げに応じて。どうやら、彼はこの隊のムードメーカーらしい。
「よし、リガッタ君は僕の隣に座るといい」
ソニはリガッタの背中を押し、三つあるテーブルの列の内、向かって右、一番後ろに二人は座った。
「先生に顔を覚えられても碌なことにならないからね」
彼は面倒見がいいタイプらしい。有難いと面倒臭いの二つの気持ちが首を擡げるが、有り難いが勝る。
テーブルに着くまでの間に、他の生徒たちの好機の視線がリガッタに刺さる。自分は男だと思われているはずだが、なんとなく見透かされている気がして、リガッタの肌がひりひりした。
「リガッタ君だっけ、どこの出身? 領地は?」
「なんで勇者に?」
「今まで何してたの?」
「歳は? もしかして飛び級?」
「へえ、結構可愛い顔してるな」
「うちの妹を思い出すな」
席に着くと、周囲の生徒が振り返り、リガッタへ矢継ぎ早に質問をする。それらに対して、リガッタの返事は一つだけ。
「ひい!」急に周囲から次から次言葉を被せられると脳がぴたりと停止してしまった。
その様子に、彼らは一斉に怪訝そうな顔をする。すると、
「ほら、そういう質問は事務所通してくださーい」といって、全てソニが遮った。冗談めかしつつも、リガッタと彼らを割るソニの手は、しっかりとリコットを守っていた。
「なんだよ、転入生を独り占めか?」一人がからかう。
「羨ましいだろ」にやり、と笑ってソニが答えた。
「まあ、教育係はソニに任せる。先生とも仲いいしな」
「でしょ。そういうのは任せておけって」ソニはちら、とリガッタを見る。リガッタもなんとか引きつり気味の笑顔で返した。そんなことをしている内に鐘が鳴り、教室に先生がやってくる。がっしりとした肩幅の男だった。
「今日は転入生が来るはずなんだが……もう紹介はいらないみたいだな」
彼は教室を一瞥し、そう判断した。ある種、流石はこの学校で教鞭を執るものとして的確かつ迅速な判断だった。生徒達のにやけ顔からそう判断したのだろう。
「では、戦術の座学を始める。前回はどこまで進んだか、ヘリス、答えてみろ」
そして、かつかつと授業を始めた。慌てて教科書を取り出すリガッタへ、そっとソニは自分のものを差し出した。
「ノートも後で見せてあげる」
「あ、ありがとうございます……」
最早、彼のことをとりあえず面倒臭いとは思えなくなった。すぐに出ていくつもりの学園だが、まるで天使のようだと思った。
「ところでなんだけど、カナン先輩ってどうなった?」
しばし授業が進行した後、小声でソニがリガッタへ訊ねた。
「え、っと、それは、どういう意味で……」
「そっか。まあ、生きているのは間違いなさそうだね。でも、先輩も災難だよなあ」
その原因の目の前で彼はふむふむ、と頷く。リガッタは黙ってノートに目を落とすことしかできなかった。
「だって、もう退学決定でしょ。かわいそうに」
「退学?」リガッタは驚き、大声を上げて立ち上がった。途端、教室中の視線がリガッタに刺さる。
「ご、ごめんなさい」
慌ててリガッタは頭を下げ、着席する。ソニはにやにやしながらリガッタを見ていた。
「君のせいで、カナン先輩は退学するよ。残念だったね」
そして、リガッタをするりと言葉で追い込んだ。
一体、わたしで何をしたいんだ。リコットはこの、笑顔の少年の真意がわからず身震いした。
「どうしてか、気になるよね」そんなリガッタの気を知ってか知らずか、ソニは訊ねた。リガッタは自然と、まるで導かれるように無言で頷いた。
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