第8話 お見舞い
リガッタ・ゲダールが、シグなる男子生徒の言う通りに学園内を移動すると、確かに医務室に辿り着いた。恐る恐る言われた通りの扉を開くと、ベッドが十個ほど。生徒はいないように見える。否、ただ一つだけ、カーテンで仕切られているものを見つけた。
リガッタがその中を覗き見ると、知った少年が寝ていた。他ならぬカナン・キルノだった。
「ひどい傷……」
思わずリガッタはそう呟いた。右頬には大きな痣がある。額の包帯には血が滲んでいる。布団の隙間から見える肩も同じだった。
「全く、廊下にいないと思ったらこんなところに」
突然背後から声がかかり、リガッタは文字通り飛び上がった。振り返るとベダ・ウィルダックがいつの間にかそこにいた。
「あの、先生、その、言いたいことが!」
ベダの姿を認めると、リガッタはつい大声でそう口走った。だが、そんな彼の唇を、ベダはそっと人差し指で制した。そして、カナンを見遣る。大声を出すな、ということだろう。リガッタは思わず顔を赤くし俯いた。
「わかってる。カナンは君を虐めるような性格じゃない。どうせ、ブギーの出任せだろう」やれやれ、とベダは肩を竦めた。
「知ってたん、ですか?」リガッタは目を丸くし訊ねる。
「ああ。ブギーはそういうやつだから。でも、あいつの家は学園長と親しくてね。ちょっと色々断れないんだよ。あ、これ、学園長しか知らない秘密だから内緒だよ。生徒の皆は家がでかいだけだって思ってるはずなんだけど」
「わかり、ました……」歯切れ悪くリガッタは答える。
「でも、それにしたってブギーはやりすぎだけどね。ただ、あいつって強いんだよねー。何といっても、素行はともかく勇者ではある。女神様お墨付きの『本物』のね。見たかな、あいつの強さは」
「それは……」リガッタはブギーの大暴れを思い出す。
「そして、カナン君は滅茶苦茶弱い」先生ははっきりと彼を見下ろして言い放った。身も蓋もない。
「学園でも、一、二を争う弱さだ。彼の制服にも、自身にも相当な〈加護〉がついていてこの様さ」そうって、先生はカナンの頬を撫でる。
「と、いうわけで、ブギーを学園は止められないし、カナン君は滅茶苦茶弱いからこうなった。だから、君は何も悪くない。そして、お見舞いはいいことだ。きっと喜ぶよ」
先生はさっぱりとそう言って、今度は封筒を取り出した。
「入学に当たっての書類。目を通しておくように。君のクラスも書いてある」
「クラス……?」
「一緒に勉強する仲間がいる。教室が宛がわれているから、次に鐘が鳴ったらそこに行くように。君が遅れることはわたしから話を通しておこう」
「……わかりました」
「色々あって驚いたようだが、それでは勇者にはなれないよ。授業までには元気を取り戻しておくんだね」
そういって、先生は二人に背を向けた。
「あ、そうそう。君、まだ時間あるからカナン君の服、脱がしておいてもらえないか?」
「脱ぐ?!」
リガッタはまた大声を出し、慌てて口を塞いだ。
「治療がまだ上半身だけでね。まあ、わたしほどの実力者なら一瞬で元気にしてあげてもいいんだけど、魔術師とはいえ、結構運命には身を任せるタイプなんだ」
「で、でも、わた、おれは……」
「治癒魔法、得意って書いてあったよ」
先生はリガッタの手の中の封筒を指す。
『大丈夫大丈夫、リコットが楽しい学園生活を送れるように、プロフィールとかもいい感じに捏造しておくから。不安そうな顔しないでよ、大魔術師のお姉ちゃんを信じなさい!』
「……信じられねえ」リコットは家を発つ前のきらきらしたライカの瞳を思い出して毒づいた。
「ん、どうかした? もしかして、彼の服を脱がせるのを気にしてるの? わたしがやるよりよっぽどましだと思うけど。女だからね」
わたしも女だよ! とリコットは思ったが当然唇をぴたりと閉じて何も言わない。
「……なんでもありません」
リガッタはゆっくり深呼吸した後にそう言った。それを聞いた先生は小首を傾げつつ、じゃあ任せたよ、といって医務室を後にした。
そうして医務室に残されたのは、リガッタとカナンだけ。そして、当のカナンは静かな寝息を立てている。多分、先生の魔術が効いているのだろう。リガッタは花束を傍の机の上に置いた。
「これは、間違いなく〈チェッキンチャンス〉だ」
自分に言い聞かせるようにリガッタは、否、リコット・ダゲレオは呟いた。そして、首から下げたその魔道具、キャメラを右手で構え、そっとカナンの布団に手を掛けた。
そう、今こうして寝ている彼の布団をめくり、彼の下半身を露わにすれば、かの大魔術師ライカ・ダゲレオの悲願を叶えることができる。リコットは無意識のうちに唾を飲んでいた。
今こそ、姉の作戦、そして悲願を果たすとき。リコットはあの日あの時、姉から告げられた驚愕の作戦内容を思い出していた。
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