第3話


 サラの家で夕飯を頂いた翌日、俺は基地内の訓練所に来ていた。整備の終わった魔装の起動テストと、侵食体との戦闘訓練を行うためだ。


「おはよう、アラン。昨日はゆっくりしたかい?」


「シリルか。あぁ、適当にゆっくりしていた」


「おや、てっきりまたサラとデートでもしたのかと思っていたよ」


「サラとはそんな関係じゃない。おばさん達とご飯を食べただけだ」


 こいつ、首にキスマ付いていやがる。サラの言う通り、本当に女の子と遊んで来たんだな。外じゃ時間ないから、どうせまた部屋に呼んだんだろう。俺達の住む区画は申請し関係者と分かれば入れるしな。ほんと子供の頃から変わらずよくモテるやつだ。まぁ仕事に影響しなければそれで良い。


「う、うん?あーいや、そうか。美味しかったかい?」


「あぁ」


「それは良かったよ。そう言えば、話しは変わるけど准尉に昇進したんだね。おめでとう」


「聞いたのか?」


「いや、さっき入口の名簿を見たら変わってた」


「あぁ、なるほど」


「昨日の少佐の話がそれだったんだろう?言ってくれれば祝いにいいお酒でも用意したのに。今日するかい?」


「別に良い。俺達の昇進なんてただのお飾りだろ」


「給料上がるし、信頼も上がるよ」


「給料はともかく、兵器としての信頼なんてロクなもんじゃない」


「相変わらずひねくれてるねぇ。サラが聞いたら怒りそうだ」


 確かに、サラは昇進を目指して頑張ってるからな。と言っても別に信頼を上げたいより、金が欲しいの方だと思うけどな。


「あぁー!!!」


「お、サラが来たね」


「ちょっと、アラン!なんであんた昇進してんのよ!!」


 扉が開きサラが訓練所に入ってくると、怒った様子で俺に向かって歩いてきた。


「おはようサラ。いつになく怒ってるね」


「おはよう、シリル。けど、あんたは黙ってなさい。それで、なんで、昇進してんのよ」


「昨日の天城少佐からの話しがそれだった。なんで昇進したのかは上に聞いてくれ」


「私なんてまだ伍長なんだけど!なんで同期なのに3階級も上なのよ!?」


 怒ってるなぁ。これは俺が曹長になった時より怒ってる。


 どう言う基準で昇進するかは知らないが、そういう短気な所が評価されにくいんじゃないだろうか。いや、違うか。天城少佐や一部を除けば俺達は兵器としての期待しかされてないからな。人間的な部分が関わってるとは考えにくい。


「それはともかく!」


「まだアランに文句があるのかい?」


「シリルは黙って。てか、そのキスマがキモイからどうにかしなさい」


「…… はい」


 サラは割って入ってきたシリルを睨みつけて黙らせる。

 人気の甘いマスクはサラに効かないようだ。


「それで、なんで黙ってたのよ。昨日言えば良かったじゃない」


「別に言いふらす様な事では無いだろう」


「それは、そうだけど…… 私達にくらい知らせなさいよっ」


「…… すまん」 


「その顔は何が悪いか分かってない顔ね。いい?私はね、チームメンバーの喜ばしい事はちゃんと祝いたいのよ。その逆も然り。私が昇進したらちゃんと祝って欲しいしね」


「わかった」


「って、前にも言ったわよね?だから昇進したらその日に言えって」


 言われたか?ふむ…… 言われたかもしれん。


「あんたは自分の事に無頓着すぎるのよ。私達が昇進した時は祝うくせに」


「ほんとだよね。僕達にも祝わせて欲しいもんだよ」


「…… 気をつける」


 確かに俺は二人が昇進したらちゃんと祝う。無難な物を渡し酒を飲むくらいだが、俺個人としては喜ばしく思っている。それはこの二人も同じと言う事だろう。


 これ、前も同じことを思ってそうだな。


「はぁ……まぁいいわ。取り敢えず着替えてしまいましょ」


「そうだね。もうすぐ時間だし」


 二人はそう言って更衣室に向かって行った。俺は面倒だから魔導スーツを着て来たが、二人は体型のわかる格好が嫌らしく毎回訓練所には私服で来る。まぁサラは分かるんだが、男のシリルも気にすることだろうか。


 いや、これに関しては俺がおかしいのか。仕事以外で着てる奴を見たことないし、着替えるために訓練所に更衣室があるんだしな。


「ほんっと有り得ないんだけどっ」


「いやごめんって。わざとじゃ無いんだ」


 そんな事を考えていたら二人が帰ってきた。何やらサラが怒っているが、シリルが何かやらかしたんだろうか。


 俺の元まで来たサラは俺の後ろに周り、盾にしながらシリルを睨む。


「どうした?」


「こいつが覗いて来た」


「シリル……」


 何やってんだこいつは…… そりゃサラも怒るだろう。


「違うんだよアラン。脱いだ服を踏んで転んだんだ。その拍子にカーテンを掴んじゃって。それに誓って何も見ていないだから許してくれ、アラン」


 こいつは何で俺に謝ってんだ?シリル曰く俺は怒ると怖いらしいので恐らくそれでだろうが、今は俺よりサラが怖いと思うぞ?

 

「謝るなら私でしょうよ!ほんっと有り得ない。どういう脱ぎ方したら自分で踏んづけんのよ。あんたのドジはマジで病気よ。医者に見てもらいなさい」


「本当に申し訳ない。気を付けるよ……」


「サラ、耳元で叫ぶな」


「仕方ないでしょ、身の危険なんだから。ちゃんと守りなさい」


 シリルは稀にこういうドジをやらかす。戦闘中は問題ないんだが、それ以外だと気が抜けてるのか周囲への注意力が落ちるのだ。昔はそんなこと無く、戦闘中みたいに注意深い奴だったんだがな。戦闘で気を張る分、普段の注意力が落ちたんだろ。


 だがまぁ、男女の更衣室が同じで、カーテン1つしかないのはどうかと思うがな。経費削減は良いが、こういう事故を無くすためにも別部屋が欲しい。

  

『よう、第4部隊の小僧共。アラン・メヴェル准尉、サラ・リヒトホーフェン伍長、シリル・ルクリュイズ伍長。よし、全員正常値だな。なんで喧嘩してるかは知らんが、元気いっぱいで何よりだ』


 シリルがサラに怒られていたら、訓練所に設置されたスピーカーから渋い男性の声が鳴る。


 カール・トレチャコフ整備特務少尉。俺達第4部隊の魔装の整備や清掃、訓練や実戦で得たデータを元に改良までしてくれる。もちろん補佐も何人かいるが、俺達が戦闘する上で一番頭の上がらない人だ。 


「「おはようございます。カール特務少尉」」


『おう。お前達の魔装は整備済みだ。チェックをしてくれ』


 カール特務少尉がそう言うと、訓練所の床から3機の魔装が上がってくる。


 魔装。正式名称は「魔導装備型兵器 エルピス」ME細胞を取り込んだ俺達魔兵を利用した魔法技術の最先端兵器。世間では魔装兵器や魔装、魔導兵器と様々な呼ばれ方をしている。一番ポピュラーなのは魔装兵器だな。テレビでは魔装と呼ばれる事が多い。


 この魔装は操縦者の体格より一回り大きく、チタン合金とか色々な素材を使用して造られているらしい。らしいと言うのは俺もよく分からないからだ。説明されても専門用語とかが多くて理解しきれなかった。

 ただ分かるのは、この装備が地上で壊れたら終わりという事。ヒビ一つでもアウトだ。呼吸する為に空気から魔力を抜いてくれる機械があるんだが、そこ以外からの空気を吸えば魔力を取り込む事になり、体内のME細胞と制御装置のバランスが崩れて完全な侵食体になってしまう。


 見た目は基本黒で隊長機は赤。胸と背中には04と白く書かれている。これは戦場で何処の部隊か直ぐに分かるようにするためだ。

 後は腰辺りに移動や降下中の軌道変更用のスラスターと、各々が魔力を消費する兵器が搭載されている。俺の場合は、腰に近接兵器 震電とサブの近接兵器 雷電。腕に実弾の散弾銃が組み込まれている。

 

 大きさも本人の体格を元にして造られているのに合わせて、着ている魔導スーツとの接続や顔認証、声帯認証等があるため他者は起動出来ないようになっている。これは万が一の盗難や緊急事に間違えて他者のを使用しないようにするためらしい。


『あとサラ、テメェはもう少し丁寧にスラスターを使え。戦闘で使うのは構わんが、今年に入って3度目の交換だぞ』


「仕方ないじゃない。高機動しようとするとどうしても使うんだもの」


『使うなとは言ってねぇ。痛み具合からして、方向転換や急停止で負荷がかかり過ぎてる。材料も無限じゃねぇんだ。なるべく避けろ。第1の愛華あいかを参考にしてるんだろうが、あいつはもっと上手く使うぞ』


「わかったわ。気をつける」


『おう。んでシリル。テメェはもう少し動け』


「動け、ですか」


『あぁ。お前の機体は動かな過ぎて可動域が鈍くなってやがる。そいつは生き物みてぇなもんで、使わないとその分関節や動力炉が鈍る。遊撃と中距離を基本としたお前の戦い方に文句はねぇが、万が一の時に機体のパフォーマンスが下がると死に直結する。訓練の時だけでももう少し機体を動かしとけ』

 

「分かりました」


 俺達は魔装を装着し、何処か不備や違和感が無いか確認しながらカール特務少尉のアドバイスを聞く。


『次にアラン。魔力を一気に使いすぎだ。必要な時に出すのは構わんが、出したり止めたりが一番負荷がかかる。それくらいだったら弱いのを常に流していた方が低負荷だ』


「出来るだけ抑えているつもりですが」


『お前の魔力量と出力からするとそうだろうが、まだそれに耐えられる技術がねぇんだ。力不足で申し訳無いがな。それに再生も電気も消費がデカい。状態保存の再生はまだしも、震電や雷電で使う電流と電圧はもう少し出力を落とせ。昨日のデータも見たが、1億vと200kAはオーバーキルになってる。人型相手はもう少し抑えろ』


 成程。正直電圧とか電流の話をされてもよく分からないが、確かに出力は今後の課題だな。人型の侵食体ならもう少し落としても十分に殺せるのだろう。相手に合わせて、必要な強さで出力する。その微調整の精度を上げる必要がある。


「はい、わかりました」


『おう。だがまぁ、お前らに今言ったのは技術者視点からの要望だ。万が一は気にしないで戦え』


「「了解」」


『それでどうだ?何か違和感はあるか?』


 機体は、特に異常は無し。動作もスムーズで違和感もない。魔力の出力もほぼノータイムで誤差程度。


「震電起動…… 抜刀」


 震電に魔力を送り、電気を発生さる。試し斬りをしないと分からないが、少なくとも伝導率は昨日より良い。雷電の方も問題は無い。伝導率向上の構想は前からあったんだろうが、たった一晩で終わらせるんだから、相変わらず仕事の早い人達だ。


「問題ありません」


「私も大丈夫よ」


「僕も大丈夫です」


『よし。なら、後はお前らのオペレーターと変わる。訓練頑張れよ』


──『おはようございます、皆さん。今日もよろしくお願いしますね』


 今度は訓練所のスピーカーからではなく、魔装の通信からオペレーターであるニーナの声が聞こえてくる。


 各部隊には専属のオペレーターが付けられ、基本的に訓練も一緒にする。オペレーター自身も俺達の連携の仕方や実力を元にサポートの仕方を変える必要があるし、どの侵食体にどのくらいの数までなら安定して勝てるのかの把握も必要になる。加えて俺達の得意な立地への誘導や、どのくらい戦闘中に介入してサポートをするか。実戦が不定期な為、こういう訓練でも一緒に練習しないといけない。


 俺達はオペレーターも含めて、一つの部隊なのだ。


「今日もよろしくね、ニーナ」


── 『はい。頑張りましょう、サラさん』


 ニーナ・ロッシェ。俺達第4部隊が設立されたとほぼ同時に研修過程を終えたオペレーターだ。その為俺達とはほぼ同期の人となる。


「それで?今日の内容はなんだ」


── 『はい。本日は天城少佐より侵食体50との戦闘訓練を3セット。ガータ系、スキロス系、アルクーダ系と各20ずつと混合30体との戦闘訓練。ステージは森林、荒野、市街地との事だそうです』


 ガータ系は猫、スキロスは犬、アルクーダは熊の侵食体の呼び方だ。


「何よそれ、殲滅作戦でもあるの?」


── 『そのような話は聞いていませんが、内容からしてその可能性は高そうですね』


 殲滅作戦。昨日言ってたやつか。まだ実行は決まってないだろうが、天城少佐はするつもりという事だろう。


「アランは何か聞いてるかい?」


「…… いや、聞いてない」


「嘘ね」 


「嘘だね」


── 『嘘ですね』


 いや、酷くないか?シリルは子供の頃から知り合いだし、サラとニーナももう2年の付き合いだ。もう少し信用して欲しいんだが。


「アラン、今更だけどいい事を教えてあげよう。アランが嘘をつく時はね、ちょっと声のトーンが落ちて眉間に少しシワが出来るんだ。見てる方は分かりやすいよ」


「そうなのか?」


「そうよ。だからほら、何を聞いたのか吐きなさい」


 ふむ…… 天城少佐は俺の判断に任せると言っていた。という事は話しても問題ないのだろう。口止めしておけば大丈夫か。


「ベース27を奪還後、周囲の侵食体を第1部隊と合同での殲滅作戦を計画しているらしい。上はごねてるみたいだが、実現した時のための訓練だろう」


「へぇ、龍夜さん達とか。おんぶに抱っこになりそうだよ」


「負けられないわね」


 シリルは足を引っ張ることを心配し、サラは何故か燃えている。心がとかではなく、物理的に。


「サラ、火を消せ」


「っと、ごめん」


 サラは感情に合わせて魔力を使う事が偶にある。それを魔装が勝手に判断して魔法に変換してしまうのだ。やる気があるのはいい事だが、俺と同じでまだ制御が甘いな。


── 『成程、合同殲滅作戦ですか。相手が第1部隊とは緊張しますね』


「第2と第3は殲滅向きじゃないから仕方ないよね」


 第2部隊は隊員の4人全員が魔法を使用する狙撃手で編成されている。基本的に他部隊との合同時に平原での援護や索敵、基地等の防衛戦で活躍する。

 その為ベース27の様な周囲に建物や障害物が多い所や、チーム内に近接専門がいないので安全が確保出来ていない場所では活動しにくい。

 

 第3部隊は3人全員近接専門で、大型種を相手に活躍する。猫や犬の侵食体は小型。熊や鹿等は中型。そこから更に大きな虎やライオン、象の大型侵食体や、魔物と呼ばれるME細胞のみで構成された生物を相手にしている。

 その為、小型相手の殲滅戦は出来なくは無いが投入されることは無い。人手が足りないのは事実だが、他に殲滅戦に向いた人員がいるのなら、他の場所にいって大型や魔物を殺した方が良い。


 そして俺達第4部隊は、良くいえばバランスがよく、悪く言えば器用貧乏だ。全員がある程度の機動力を持ち、近接2、中距離1のバランスの良い編成になっている。基本は小型と中型を相手に数を削り、大型や魔物も討伐できる様になっている。まぁそのポテンシャルがあるってだけで、大型や魔法を使ってくる魔物相手に勝てるかどうかはまた別だがな。


 第5部隊は、この間運悪く偵察時に情報の無かった魔物と遭遇して全滅。その為現在空白となっている。

 第6部隊はいるが、最近設立されたばかりで実力不足と判断されたんだろう。


 こういう理由で俺達は第1部隊と組むことになったと俺は予想している。


「良い機会じゃない。間近で見て勉強させてもらうわ」


「変に突っかかるなよ」


 サラは気が強いからな。偶に話してるみたいだから大丈夫だろうけど、平和にやりたいもんだよ。


 

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魔装兵器 エルピス わっさーび2世 @wasabi11221

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