第2話


 俺は部屋に戻り、適当にテレビをつけてソファに寛いでいる。

 

『…… 続いてのニュースです。先日、魔装兵第1部隊が地上のフランス首都パリに降下。侵食体を殲滅し、都市の奪還に成功したとの事です。我々人類が地上から追いやられヴェルトに避難して12年。初の都市奪還成功に──』


 13年前、ロシアに存在する永久凍土層から新しい細胞が発見された。ロシアはその細胞を使う事で、他国よりも進展した軍事力と豊かな生活を目指すために世間や各国に公表しなかった。それもそのはずで、その細胞は今で言う魔法が使える細胞だったのだ。

 生物が取り込むことで、今までの科学技術とは全く別の力を使用出来た。火や水、電気に再生、念動力や身体能力の強化など、超能力と呼ばれてきた力が実在すると証明されたのだ。そしてロシアの研究施設は更なる発展を夢見てその細胞の研究に取り組んだ。細胞には新たな力、魔法のような力が使える事でM細胞と名付けられた。


 だがこの細胞には罠があった。それはM細胞を取り込んだ生命体は、全身の細胞をM細胞に変質させ、その生物の姿形を無くし理性も喪失させてしまう。

 更に驚いた事に、新たなM細胞が増殖され他者に伝染する事が発覚した。気がついた頃には世界中に広まり、収集が付かなくなっていたのだ。しかもロシアはこの原因となる細胞を隠していた事もあり、各国は情報不足で大混乱となる。結局ロシアが公表することは無く、他国の研究による成果とロシア内からの密告で分かったらしい。

 

 だがまぁ出処が分かったところで大した意味はない。後に研究して分かったが、M細胞は魔力と呼ばれる未知の物質を撒き散らし、それを呼吸や付着した食品等から摂取すると、体内の細胞をM細胞へと変えてしまう。魔力は空気に乗ってさまよう為防ぐ事は難しく、発見から1年も経たずにこの細胞は全世界に広がって行きM細胞に侵食される人や動物で溢れかえった。そしてこの細胞は、侵食されると言う意味も合わせてME細胞と名前を修正された。


 そして住む場所の無くなった俺達は、空へ希望を持って当時開いたばかりだった空中都市ヴェルトへ避難。まぁ金持ちや政治家等を除くと早い者勝ちと完全な運だったが、それでも全世界の人口3割は避難する事ができた。もちろんその中には潜伏していただけで、避難後に侵食された者は処理された為、実際は2割程になるだろう。

 

 それでもここが無事なのは、何故か分からないがME細胞がこの高度では魔力を発しなかったからだ。魔力さえ飛ばさなければ、宿主を殺すだけで死滅する。つまり空にへと抱いた希望は叶えられたのだ。

 

『次のニュースです──』


 それにしても、龍夜さん達の部隊がパリを奪還か…… これまで何度か奪還した事はあるが、何時も侵食体が押し寄せてきて結局元に戻ってしまう。だからテレビでは報道されないんだが、ニュースになるのは初めてだな。何か状況が変わったのだろうか。


── ビィーッ『来客です』


 来客?そんな予定は無かった筈なんだが。


 ソファから腰を上げてモニターを確認すると、サラが映っていた。


「…… 開けたぞ」


 なんの用だろうかと思いつつ扉の鍵を開ける。


「お疲れ、アラン」


「あぁ。なんの用だ?」


 風呂上がりだろうか。長い金髪を下ろしたサラがTシャツに短パンと言う、完全な私服姿で部屋に入ってきた。


「飯よ飯」


 飯?


「なんで」


「なんでって、誘わなきゃあんた仕事と訓練以外は引きこもるじゃない。毎回誰が外に連れ出してると思ってんのよ」


「いや、別に引きこもって無いが」


 外に用事が無ければ出ないのは普通の事だろう。飯なんて部屋で適当に作ればいいし、買い物も届けてもらえばいい。


「シリルは?」


「あいつなら女の子とイチャつきにでも行ってるんじゃない?あんなキモイやつの何がいいのかしらね」


 サラはこう言うが、シリルは男の俺から見てもイケメンだ。男らしいと言うよりは爽やかな草食系って感じだが、女の子からは人気の出そうなタイプだ。実際モテるらしいし。

 

「とにかく行くわよ」


「ニュース観てたんだが?」


「そんなの後でまとめて見れば良いでしょ。ほら、さっさと着替える。テレビより先にその服を脱ぎなさいよ」


 俺が今着ている服は、魔装を操縦する為に開発された魔導スーツを着ている。ピッタリとしたラバースーツみたいな感じだが、所々に魔装を装着しリンクさせる為の接続部位が付いている。


 まぁいつもみたいに荷物持ちじゃなさそうだし、行くか。


「はぁ…… 少し待ってろ」


 俺はリビングから更衣室に移動し、適当な服を選ぶ。サラの格好からして基地からは出ないようだし、そんなに真面目に選ぶ必要は無いだろう。どうせ会うのは同じ魔兵達と、お馴染みの料理人だ。


「待たせたな」


「別に良いわよ。てか、何その服、寝巻きみたいな格好ね」


「サラに合わせたつもりなんだが」


「私の家に行くんだもの。楽な格好の方がいいわ」


「…… は?家に行くのか?」


 てっきり俺は食堂でも行くのかと思ってたんだが。まさかのサラの家とは。


「…… 着替えてくる」


「いいけど、早くしなさいよ」


 人の家に行くなら話は別だ。こんな寝巻き全開のスウェットで行く訳にはいかない。


 いやまて、そもそも俺はなんでサラの家に行くことになってるんだ?別におばさんやおじさんが苦手な訳では無いが、流石に家族水入らずの場所に俺が行くのは違うだろう。まぁ何回かお邪魔してるから今更ではあるんだが……


「なぁサラ、俺は一人で適当に食うから、家族水入らずで楽しんで来いよ」


「はぁ…… 良いから黙って着いてきなさい。もうお母さんには連れてくって言ってあるから」


「…… なんか土産あったかな」


「別に今更じゃない。気にするなら今度私に服でも買いなさいよ」


 いや、それとこれは別だろう。おじさんとおばさんにならまだしも、なんで俺がサラに服を買わなきゃならないんだ。しかもどうせ基地外の店まで行くんだろう。まぁいい。適当に菓子でも持っていくか。ちゃんとしたお礼は改めて渡そう。






 基地から外出届けを出して外出し、サラの家を目指してヴェルトの住宅街を歩く。

 道は綺麗に舗装され、一軒家が並んで建っている。家を建てられる土地が限られているこのヴェルトでは、中々に贅沢な場所の使い方だ。


「相変わらず良いところだ」


「ま、それが私達の特権だからね」 


 ここはかなりの高級住宅街だ。地上にいた頃からすると普通の家だが、今では超高級な家になる。まぁ1番高いのは土地代だな。だから基本ここに住んでいるのは政治家や企業の社長など金持ちが多い。

 あとは例外として、俺達魔兵の家族は格安で住めるようになっている。そうする事で志願者を増やそうって魂胆だろう。そもそも魔兵になれる適性がある人は少ないから、実際に住んでる魔兵の家族は少ない所か殆どいないがな。


「ただいまぁ」


「すみません、お邪魔します」


 リヒトホーフェンと書かれた表札の家に入り、俺とサラは靴を脱いで置いてあるスリッパを履く。


「あらあらまぁ、久しぶりねアラン君。元気にしてた?」 


 奥の扉が開き、サラと同じ金髪を纏めた女性が出てきた。名前はメル・リヒトホーフェン。サラのお母さんだ。


「お久しぶりです。すみません、いきなりお邪魔してしまい」


「良いのよ。いつでもいらっしゃいな」


「ちょっと、娘の私は無視なの?」


「あら。お帰りなさい、サラ。と言うかあんた、なんて格好で来てるのよ…… アラン君を見習いなさい」


「はぁ?家に来るんだから楽な格好するわよ。しかもアランなんて最初寝巻きで来ようとしてたんだからね?」


 いや、そもそもサラの家にお邪魔するなんて知らなかったからな。最初から言ってくれれば、寝巻きなんて着なかった筈だ。


「結果としてちゃんとした服装してるじゃないの。それにね、別に楽な格好するのはあんたの自由だけど、その格好で外を歩くなんて恥ずかしいったりゃありゃしないよ」


「別に誰も見やしないわよ。虫除けもいる訳だし」


 虫除け?あぁ俺か。成程、だから連れて来たと。


「はぁ…… ごめんね?アラン君。こんな馬鹿で不出来でツンデレな娘で」


「ちょっと!誰が馬鹿で不出来でツンデレよ!!」


「いえ、サラは優秀ですよ。特に判断能力や反射神経には助けられる事もありますので」


 ツンデレかどうかは知らんが、サラは別に不出来では無い。戦闘になればとても頼りになる存在だ。それ以外に関しては俺やシリルがフォローすればいい。そのためのチームだ。

 

「そう。サラが役に立ってるのなら、良かったわ」


「当たり前でしょ。私を誰だと思ってんのよ」


「おい。帰ったのならさっさとリビングに来なさい」


「あら、ごめんなさいねぇ」

  

 サラとおばさんの言い合いを眺めていたら、おじさんがやって来た。


「おじさん、お久しぶりです」


「あぁ…… よく来たな」


「ただいま、お父さん」


「おかえり、無事で何よりだ。とにかく、何時までも玄関に居ないで、食事にしよう」


「はぁーい」

 

「お邪魔します」


 おじさんに促され、廊下を歩いてリビングに入り料理の並べられたテーブルに着き食べ始める。


「ほんとアランが来る時だけ豪華よねぇ。実の娘なのに扱いの差を感じるわ」


「あら、今日はアラン君が来るって聞いたから急いで頑張ったのよ」


「すみません、自分の為に」


「良いのよ、アラン君は息子みたいなもんなんだから。ねぇ?お父さん?」


「…… あぁ」

 

 毎回こんな感じだから申し訳なくなって来る。


「私としては、アランを連れてくればご飯美味しくなるから助かるわ」


 サラはそんな事を言ってるが、それはどうなんだ?別に俺を利用しなくても、一言おばさんに言えば張り切りそうなもんだ。言い合いは良くしてるが何だかんだ言って仲良いし。


「それで、最近はどうなの?今日はおやすみ?」


「今日は仕事終わりよ。連絡したのは帰って直ぐね」


「あらそう。気をつけなさいよ」


「分かってるわよ。今更ヘマなんてしないわ」


 おばさんは明るく話しているが、心配だろうな。娘が兵士として戦いに行くんだ。おじさんもおばさんも戦わせたく無い筈。基地内には女性も居るが、オペレーターとか職員が多く兵士には少ない。そういう点でも心配だろう。


 サラは少し鬱陶しく思ってるみたいだが、12年前に親が死んだ俺からすると羨ましい関係だ。


「アラン君も気をつけなさいね?いつでもサラと一緒に帰って来なさい」


「はい。ありがとうございます」


 おばさん達は俺の両親が既に死んでいる事を知っている。俺は知らなかったが、なんでもおばさんが母親の古い友人だとか。偶々サラと同じ部隊になった事で、メヴェルと言う苗字と俺が母さん似の顔だったのでおばさんが気がついたそう。


「…… アラン」


「はい」


「好きな時に来い」 


「…… ありがとうございます」


 おじさんはぶっきらぼうだが、とても良くしてくれている。こうやって娘が男を連れてくるんだ。恋人でもなんでもなく唯の同僚だが、普通良い気はしないだろう。

 それでもこうやって歓迎してくれる。本当に有難く感じる。いつか何かしらの形で恩返しをしないといけない。


 



 夕飯を食べ終え少しゆっくりとした後、俺とサラは基地へと帰る為に玄関に居た。


「泊まっていかないの?」


「帰るに決まってるじゃない。魔兵は外で寝れないのは知ってるでしょ?」


「そうね。気をつけなさいよ。何かあったら知らせなさいね。無理しちゃダメよ」


「はぁ、分かってるわよ。また直ぐに食べに来るわ」


 俺達魔兵は兵器と同じ種類だ。正式名称は魔装兵器。人権問題で兵士として扱われているが、侵食体と地上で戦闘するために、ME細胞を侵食しないようにと魔力を放出しないよう制御装置と共に体内に取り込んでいる。つまり俺達は生体兵器のような類いだ。だから俺達魔兵は、万が一管理が行き届かない場所に一定時間以上居ることを禁止されている。もし暴走したり侵食体となったら直ぐに制御装置と共に自爆させ、処理をするためだ。

 かなり不自由だが、その代わり基地内では娯楽や食事には基本困らないし、給料も待遇も良い。家族がこういう住宅街に住めるのもそうだ。


「アラン君も、気をつけてね」


「はい。ご馳走様でした」


「ほら、さっさと帰るわよ」


 歩き出したサラを追う為、改めておばさん達に礼をして去る。


「結構ギリギリね」


「まぁ問題なく間に合うだろう」


「それもそうね…… さむっ。やっぱ外は冷えるわ」


「そんな格好だからだ。ほら」


 もう暗くなってるし、そりゃTシャツは寒いだろう。そう思いながら上着を脱ぎサラに渡す。

  

「ん、サンキュ」


「後で返せよ」


「あんたは私をなんだと思ってんのよ。ちゃんと洗って返すわ」


「別に洗わなくてもいいが」


「私の気分の問題よ」


 気分ねぇ。この前はそのまま返してきたんだが、そういうもんなのか。


 ふと空を見ると、綺麗な月と星が見える。この景色にも慣れた。何も無い方が綺麗ではあるんだが、いつも邪魔だと思っていた雲がないと少し寂しく感じる。


「アランって、星好きよね」


「あぁ、落ち着くからな。けど、雲が欲しい」


「そうね…… いつか見れるわよ」


 いつか、ね。俺が生きてる間だといいな。 


 



 

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