魔装兵器 エルピス
わっさーび2世
第1話
見渡す限りの白い海。俺達は無人輸送機に運ばれながらその景色を見ている。どうせなら、こんな見慣れた真っ白な雲の海じゃ無くて、青い本物の海を近くで見たいもんだ。
──『作戦ポイントまで残り5分』
『了解』
通信で聞こえてくるオペレーター、ニーナの声に返事をし、機体の最終チェックをして行く。武器、魔力は問題ない。充電もフルだ。
──『お前達第4魔兵部隊の仕事は、ベース27への誘導ビーコンの設置及び、可能ならば占拠した侵食体の処理だ。今回は予備のバッテリーも細胞の活性剤のもない。そのため活動可能時間は2時間。それまでに回収ポイントまで来ない場合は死亡扱いとなる。遅刻するなよ』
ニーナとはまた別の上官から通信が入る。名前は
そして目的地のベース27。そこは地球で急速に拡散した魔力についての研究と、それに侵食された生物を殲滅する為に作られた軍事基地となっていた。
だがベース27は一ヶ月前に侵食体の群れに襲われ正常なバイタル反応が消失。事実確認のために偵察機を飛ばすと、基地の中を闊歩する侵食体が多数発見された。今回の誘導ビーコンは、基地を再利用する際に物資を飛ばすのに使用するらしい。もしくは、基地を破壊するために発射される兵器の誘導だ。
出来ることなら、侵食体を殲滅し再利用したいだろうな。
『了解』
『わかってる』
『了解しましたよ』
改めて説明された作戦内容に、俺を含めたサラとシリルも返事をする。
──『それとサラ、お前は突っ込み過ぎないように』
『わかってるっての。要は二人に合わせて殲滅すればいいんでしょ?』
──『はぁ…… 最優先はビーコンの設置だ。アラン、シリル、フォローしてやれ』
『…… 了解』
サラ・リヒトホーフェン。彼女は直ぐに1人で突っ込む癖がある。それだけの実力は確かにあるが、背中を守る俺達のことも考えて欲しいもんだ。
『了解、お姫さんに合わせるのは騎士の役目ってね。いつもの事ですよ』
シリル・ルクリュイズ。こいつは遊撃や中距離からの援護を得意としている。本人は適当な性格だが、戦闘になると頭のキレる奴だ。
『やめてよ、シリルが騎士とか本気で吐きそう。それにあんたは今回お荷物みたいなもんでしょ』
──『降下地点まで、残り1分』
オペレーターから再び通信が入り、輸送機は雲に突入して地上へと近づく。
──『頼んだぞ、お前ら』
『『了解』』
──『残り30』
『久しぶりの仕事だ。気を引き締めて行くぞ』
『誰に言ってんのよ。サクッと終わらせるわよ』
雲から出て視界が広がると地上がみえる。相変わらず酷い景色だ。魔力のせいで巨大化した草木、変化に耐えきれずに割れた大地。そして自然と融合した大量の廃墟。
この景色を見る度に思う。いつか本当に、この地上を取り戻すことが出来るのかと……
『アラン、大丈夫?』
『シリル。大丈夫だ、問題ない』
──『降下まで残り10…… 3,2,1、降下』
「第4魔兵部隊、アラン・メヴェル、降下」
俺を固定していたアームが開き、地上へと向かって落ちて行く。
「フィールド展開、対魔力シールド出力70。武装ロック解除、震電起動」
空中を落ちながら直ぐに戦闘を開始できるよう、体勢を整えていく。
目的地は…… あそこか。
「サラ、シリル。俺は先におりて降下地点を確保する。二人は上空からの援護を」
「「了解」」
「スラスター噴射」
背中に装着されているスラスターを使い、俺は目的に向かって速度を上げる。
近付くにつれて段々と基地内の様子が見やすくなってくる。偵察機で撮影された動画は見たが、実際に見ると酷いな。基地内の建物はほとんど崩れているが、こんな事が出来る侵食体が居ればもっと大騒ぎになる。恐らくは自爆だな。
外を徘徊している侵食体が複数見え、ズーム機能を使い数える。
見える数は2、4、6……32か。少ないな、基地内に居るのが多いのか?
「降下地点の侵食体は13だ。離れた位置にも19体いる。合計32体」
「少ないわね。建物の中は面倒なんだけど」
「仕方ないさ、出来るだけ減らしておこう。後は先輩方がやってくれる」
──『今回の主目的はビーコンの設置です。殲滅は明日到着予定の天城
天城 龍夜。天城少佐の弟さんで、俺達とは別の第1部隊の隊長をしている。
そんな事より、そろそろだな。
「着陸体勢に入る。減速開始…… 3,2,1…… 着陸完了」
──『周囲の反応多数。気をつけて下さい』
「了解、殲滅を開始する」
周囲には人型の侵食体が13。
人型と言っても、二足歩行なだけで人間だった頃とは全く似ていない。異常発達したせいで所々から伸びた骨が貫通し、皮膚は硬質化。顔からは花の花弁のようにME細胞が変質し顔を覆っている。残っている人のパーツは口のみ。
「あ゙ぁぁぁ!!!」
周囲に居る侵食体が俺の姿を認識し、捕食しようと一斉に襲ってくる。感知する生命体は問答無用で襲い、餌とする。例外は同種の侵食体だけだ。
この状態でも、本人の意識があるって言うんだから、恐ろしい話しだよ。
「抜刀…… 今楽にしてやる」
腰に刺してある震電を抜き、飛びかかってきた侵食体の身体を真っ二つにしていく。その度に赤い血が飛び散り、返り血を浴びながら斬り殺す。
……11,12。こいつで終わり──
「タズ…… げ、テ…… ダス、ケ」
命乞いをしてくる侵食体の言葉を聞かず、俺は震電振り絶命させる。こいつはここの職員が侵食体へと変貌したのだろう。なったばかりの侵食体はこうやってかろうじて自我が残っている場合がある。
「……すまんな」
一度ME細胞に侵食され変異すれば、もう元に戻す術は存在しない。例え意識が残っていたとしても、殺す事が唯一の救いになる。
「降下地点確保」
「ったく。なんで一人で全部やるのよ。残してくれないと獲物が居ないんだけど?援護なんて必要かったじゃない」
「まぁまぁサラ。どうせこれから嫌という程襲ってくるよ。それに、僕はビーコンを設置するまで戦闘が出来ないからね。助かったよ」
確保するとほぼ同時に、俺の背後に2人が着陸する。
「ニーナ、設置箇所への誘導を」
──『了解しました。マップに設置地点のデータを送信。予定箇所は第3通信棟の屋上になります』
「了解。サラはシリルの護衛、前衛は俺がやる」
「はぁ……分かったわ」
「行くぞ」
俺達は走り出し、マップを頼りに通信棟を目指す。
──『侵食体の反応多数。前方から4体、屋内に29体。可能な限り戦闘は避け、ビーコンの設置を優先して下さい』
「了解」
ニーナの情報通り、前方から4体の侵食体がこっちに向かってくる。
「あ゙ぁぁあ!!!」
「…… ふっ」
突っ込んできた4体を斬り捨て、足を止めずに通信棟を目指す。
「ほんと、ゴキブリみたいよね。うじゃうじゃいて気持ち悪い」
「仕方ないさ。当時の人口7割が侵食体になったんだ。その分だけ侵食体はいるからね。しかも自己分裂で増えるときた」
人型の侵食体は1体いたら20いると思え。良く言われる事だな。実際これは本当の事で、見えない場所や少し距離のあいた場所にいる奴らがワラワラと湧いてくる。
しかも奴らはいつの間にか増える。ME細胞が人や動物を真似、姿形を形成するのだ。
「通信棟に到着した。中の状況は分かるか?」
──『少々お待ち下さい…… 侵入完了。施設内の設備に接続します…… 建物内は電力も動いています。問題は侵食体の数が多いですね。恐らく元職員かと』
「エレベーターは動かないの?いちいち階段登るの面倒なんだけど」
──『確認します…… ダメですね。詳しくは分かりませんが、こちらから操作出来ません。エラーコードは故障の類なので、恐らくそちらでも動かせないと思います』
「仕方ない。階段を登るしか無さそうだね」
「シリル、行けるか?」
「問題無いよ。魔装の充電も出力も十分にある」
背中に大きめのビーコンを背負ったシリルは胸を張って余裕そうな態度を見せる。
「よし、通信棟に突入する。隔壁のロックを開けてくれ」
──『了解しました。皆さんの残り活動可能時間は1時間35分です。手早くお願いします』
「「了解」」
俺達は隔壁が開くと同時に通信棟の中に突入、非常階段へ行き屋上を目指して登り始める。
登るのは面倒だが、エレベーターよりは安全かもな。ここなら侵食体に襲われても対処がしやすい。エレベーターだと、落とされたら面倒だからな。
数度侵食体に襲撃されながらも非常階段を登り、屋上へと到着した。かなりの階数があったため、予想以上に時間を取られてしまった。
「誘導ビーコンの設置を完了。反応を確認してくれ」
『はい。誘導ビーコン、正常に作動。こちらからも受信出来ました。第一作戦は完了です。続いて殲滅となりますが、こちらは必須ではありません。どうされますか?』
「もちろん、やるに決まってるわ」
「…… 回収ポイントまでの距離は?」
『そちらからの距離はおよそ10km東にある。429発着基地です。既に無人輸送機は待機しています。私としては、撤退をお勧めします』
活動可能な残り時間は37分。10kmならおよそ12分くらいか。
「帰還する」
「ちょっと!なんでよ!」
「あと20分で何をするんだ。下手につついて逃げられなくなるのは避けたい」
輸送機の元まで侵食体を連れていく訳にはいかない。それに予想以上に戦闘が長引けば、魔装の魔力と充電が切れる。そうなればただ壊れにくい服を着た唯の人だ。あいつらに食い散らかされるのを待つだけになってしまう。その後はME細胞の宿主となって、仲良く侵食体の仲間入りだ。
「僕もアランに賛成かな。サラ、気持ちは分かるけど焦っても仕方ないよ。後は龍夜さんの部隊に任せよう」
「…… わかったわ」
──『では続いての目的地を429発着基地に変更します』
俺達はその後、何事もなく発着基地へと到着し空中都市ヴェルトにある基地へと帰還した。
「3人とも無事に帰って来れて何よりだ。続いての任務は追って伝える。明日の訓練までは自由に過ごせ」
今は天城少佐の執務室にて帰還の報告をしていた。
「「はっ」」
「そうだアラン、お前には少し話がある。残ってくれ」
「はぁ、私にですか」
「そうだ。他2人は退室してくれて結構だ」
三人で部屋を出ようとしたら天城少佐に呼び止められ、少佐と俺の2人きりになる。
「すまないな。休ませてやりたいところだが、もう少しだけ付き合ってくれ」
「それは構いませんが、どのような用事でしょうか」
「要件は二つだ。一つはアラン・メヴェル曹長。お前の昇進が決まった。階級は准尉だ、おめでとう」
「はっ、了解しました」
「と言っても、大して意味は無いがな」
確かに、昇進は殆ど意味をなさない。どれだけ階級が上がろうと俺達魔兵は後方勤務になることは無い。もちろん合同作戦の時は階級が上の者が指揮を執るがな。
後は給料が上がるくらいか。まぁ軍曹から准尉なら大して違いは無い。行動制限があるから使う機会が少ないのもある。
「ほれ」
少佐から小さめの黒い箱と長方形の箱を2つ投げられ、それをキャッチする。
「これは、開けても?」
「あぁ」
黒い箱には准尉のバッチが入っていた。そしてもう片方の少し高級感のある箱中には1本のペンが入っていた。だがこれ、そこそこ値が張るブランド物だった気がするんだが……
「バッチと私からの昇進祝いだ。要らなきゃ捨てろ」
「いえ、有難く使わせていただきます」
「そうか。では次。龍夜率いる第1部隊がベース27の奪還を完了した後、お前達第4部隊には第1部隊と合同で周辺の殲滅作戦を行ってもらう」
「は、了解しました。しかし少佐。それならば他の2人にも伝えた方が良いのでは」
「これはまだ立案段階だ。上というか、政府の連中が煩くてな。正式に決まった訳では無い。その為、隊長であるアランにだけ伝えた。隊員の2人とオペレーターに話すかの判断は任せる。まぁ実行するとなっても一月近く後になるだろう。頭の隅に入れておくだけで良い」
「…… 了解しました」
第1部隊と合同か。悪いことでは無いが、足を引っ張らないようにしないとだな。
「話は以上だ。飯でも食ってゆっくり休め」
「はっ、失礼します」
部屋から退室し、自分に割り当てられた部屋を目指して無機質な廊下を歩く。
窓からは青い空と、少し下に雲が見える。
ヴェルト、それは地球に魔力が溢れかえり地上に住めなくなった人の逃げた場所。侵食する細胞が届かず、魔力が拡散しない上空にある都市だ。
俺達魔兵は、その住めなくなった地上を奪還するための兵器。
出来るだけ早く、地上に戻りたいもんだな。
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