第4話 出発
いつも起きる時間よりもずっと早くに支度を始める。
それでも、さらに早く支度をし始めている二人よりは出遅れているから鈍い身体を動かす。
“愛し子の置き土産”で意識を失くし、再び目を覚ました日から2日。
未だに変わらぬ眩暈と闘いながら、最大限身体を早く動かす努力をしている。
あまり無理をすると吐きそうになるので加減が難しい。
「セラン、そろそろ起きてくれ。下に降りたいんだ」
「ぬぅ………」
俺のベッドで毛布に絡まるセランに声をかける。
情けないことにセランに手伝ってもらわないと階段を降りられない。
うっすらと窓の外が白んできて、青白い毛が光る。
眠そうに唸りながら人型に変身する。
父さんよりも大きい身体がのそのそと起き上がり、髪色は体毛の色と同じで背中まで長く伸びる。
「服も着ないと風邪引くぞ」
「めんどくせぇ……」
気怠げに魔法で幻想衣を纏って人の服を着た見た目になる。
「……横抱きで文句を言うなよ」
「分かってるって、もう言わないよ」
やっと起きたセランだが、起き抜けに目を細めて俺に釘を刺す。
階段を降りる時は横抱きにするのではなくて歩行練習を兼ねて肩を貸してくれと頼んだら、二人並んで降りるには狭いから嫌だと断られ、俺が鼻に縦筋を入れたのが昨日のことだ。
大人しい俺をセランが軽々と横抱きにして階段を降りる。
子供みたいで恥ずかしかったのが文句を言った一番の理由なのだが、レイルにも父さんにも安全第一だからと丸め込まれた。今も心配そうな顔で俺を見ている。
「おはよ。体調はどう?」
「おはよう。変わらず。悪くはなってないから大丈夫」
「そ。ご飯できてるから」
「ありがとう。父さんもおはよう」
「おはようウェイテル。大丈夫かい?」
「うん、大丈夫」
「セランもありがとう」
「コイツの筋肉を増やすにはどうしたらいいか昨日からずっと考えてるんだが」
「あはは、うちの家系は筋肉が付きずらいからなぁ」
食器を流しに持って行きながら笑う父さんと入れ違いで、俺はレイルが作ってくれた朝ご飯を皿に盛った。
ゆっくりテーブルについて食事を始める。
意識が戻りたての時は目眩のせいで食事をすると吐きそうだったが、今はゆっくり食べれば問題ない。
セランは階段を降りてすぐに獣の姿に戻り、レイルが用意してくれていた朝ご飯に齧り付く。
「いただきます」
卵と野菜を一緒に焼いたものをパンの上に乗せる。温かいスープと交互に食べて、早食いをしないようにする。
レイルは向かいで食後の温かいお茶を飲んでいる。
「レイルは体調大丈夫なのか」
「うん。相変わらず古語は読めないけど」
「そっか」
カップを手に肩をすくめた。俺と同じ水色の癖毛が揺れる。
今日は耳の上から頭の後ろへ一直線に髪を取って団子を作っていて、それより下の髪はふわふわと肩や背中の辺りで踊っている。
「フェンデはちゃんと起きてるかな」
「トゥーリが居るからなんとかなりそうだけど……」
「トゥーリが起こせなかったら近所のお母さん達が起こしてくれるよね」
「あぁ、それは前にも見たことある」
「私も」
フェンデの話をして二人で笑っていると、ドアが開いた。
「おはよう!お、二人とも顔色良さそうだな」
「おはよ〜、レイル〜あたしもスープ貰っていい?家で食べて来たんだけど物足りなくて」
ヘクターとフラーヤの二人が来た。朝から二人とも饒舌だ。
ヘクターは父さんに挨拶をすると朝ご飯を食べ終わったところのセランにも声をかける。
フラーヤはレイルに断りを入れて台所へ向かうと、スープを皿によそった。
「ああ〜レイルのご飯ってほんとに美味しい〜」
「ふふ、ありがと」
「ヘクター! あんたは貰わなくていいの?」
「家でたらふく食って来ちまった!」
「あっそう」
幸せそうな顔でスープを飲むフラーヤ。ヘクターは父さんとソファに座って今日の予定について話し始めた。
二人の相棒の姿が見当たらず尋ねる。
「シュリとポーナは?」
「あの子達はティアスを見に行ったわ。生まれてからまだじっくり顔を見られてなかったから」
「そっか」
生誕祭はどんちゃん騒ぎで落ち着いて生まれた獣の顔が見られないからな。
恐らく獣舎にいるディアノと合流してこちらに来るだろう。
朝ご飯を食べ終えて皿を流しに持って行く。ついでにあっという間にスープを飲んだフラーヤの使った皿も。
流しに置いてあった食器をまとめて洗う。いつものことだが、セラン専用の大きい皿が洗い辛い。
洗い物を終えて、洗面所へ行き歯を磨く。
後からついて来たセランが隣に来て口を開けて見せるので、仕方ないなぁと言いつつ歯を磨いてやる。
「人型になってくれた方がすぐ終わるんだけどな」
「めんどくさいだろ」
歯を磨き終わると、物臭なことを言いながら蛇口から出る水を口に入れて吐き出す。綺麗好きではあるが面倒くさがりなのが矛盾していると思うんだけど。
部屋に戻るとみんなが装備の確認をしていた。
それに倣って俺も装備や荷物の確認を始める。
「ゆっくりで良いからな」
「うん。だいぶ加減は分かってきた」
ヘクターが側に来て一緒に準備を確認してくれる。なんだかブレアニエに入りたての頃に色々教えてもらった頃を思い出す。
俺が準備する物で一番重要なのは身体を獣の背中に固定する装備だ。
風魔法が使えなくなった俺は、セランに身体保護魔法をかけてもらった上、振り落とさないように注意してもらいながら騎獣する必要がある。
普段は魔法や武器を使用するのに不便になるので使わないが、今回は例外だ。
後はレイルに酔い止めの魔法を使ってもらう。
「レイル、酔い止め頼む」
「そっか。………………キーム・シッド〈傾かぬ土〉」
「ありがとう」
レイルが今まで覚えた魔法の種類は双子の俺でも知らない。多分父さんも全ては知らないだろう。
“愛し子の置き土産”の影響で魔法を唱えるのにいつもより時間を要するようだ。
しかしそんな身体の状態で魔法を唱えられること自体がすごいと思う。さすがレイルだ。
「遅くなってごめん〜!」
「来たな!」
「おはよう、トゥーリ」
「おはようヘクター、ウェイテル!もうフェンデが全然起きなくて大変だったよぉ。結局近所のお母さん達に支度を手伝ってもらったんだぁ。僕一人じゃダメだね……」
「トゥーリはすごく立派よ。悪いのはフェンデなんだから気にしないの!」
「ありがとうレイルぅ……。アーティルもフラーヤもおはよう〜」
「おはようトゥーリ」
眠そうな顔で足元がおぼつかないフェンデを後ろから支えながらトゥーリがやって来た。
可愛らしい声で遅れたことを謝っているがみんな怒ってなどいない。
可愛いトゥーリだが、歴代の獣詠師たちを支えてきた世話焼きで、獣詠師の魔法とよほど相性が悪くなければ騎獣として空が飛べる優秀な獣だ。
「フェンデ、大丈夫か。しっかり」
肩を叩くと遅い瞬きをしながら俺を見る。そしてだらしなく笑いながら口を「おはよう」と動かした。
「ああ、おはよう。そろそろ今日の動きを父さんが説明してくれるから」
首を縦に振ったフェンデを部屋に招き入れて空いているソファーに座らせる。トゥーリはその側で立って説明を聞くようだ。
あと来ていないのはハーツだけだな。
そんなことを思っていると、遠目に長い尾をはためかせて向かってくる獣が見えた。
「あ、ハーツも来た」
「そうか、これで全員揃ったね」
「ハーツが来てくれるのは心強いなぁ」
「おぁーい、すまーん、おそくなってぇー」
ハーツは翼を大きく動かし、慌てながら着陸した。
グリンザと同世代だからか、見事な着地だったのに「あいてて」と言う。年寄りぶった口調が身体の動きに合ってなくておかしい。
「ハーツ、よろしくね」
「ウェイテル、大変だったろー、他の二人ものぅ、グリンザも心配しててのぉ」
「王都から戻ってきたら顔を見せに行かないとね」
「うむ、そうしてやってくれぇ」
家に入るために身体を元の大きさから縮めて俺の肩に乗ったハーツと一緒にみんなのところへ集まる。
「師匠!おはようございます!」
「トゥーリ、よろしくのぅ」
「一緒に仕事をするなんて何年振りでしょうね!」
「さぁて、お前が一人前になってもう大分経つからのぅ」
「ハーツ、今回はよろしく頼むね」
「おぉ、アーティルや。こちらこそ足を引っ張るかもしれんが、よろしくの。副長が復活とは、長生きするもんじゃな」
「またまた、伝説級のハーツに言われると困っちゃうよ。頼りにしてるから」
「ああ。それじゃあ一応左目も悪くなってないか見せてもらうかの」
ハーツは俺の肩から父さんの左肩へ飛び移ると、左目を覗き込んだ。
左瞼の上の傷と、義眼の具合を確認する。周辺箇所にも異常がなかったようで俺も安心する。
「大丈夫そうじゃな。保護のために眼帯は忘れずにな」
「ああ、分かったよ」
父さんはハーツの言う通りに普段は使用することが少ない眼帯を身につける。
ブレアニエを実質的に引退してからはほとんど着けていなかったから、その黒色の眼帯が懐かしい。
「眼帯すると急に悪者顔になっちゃうのよね、父さんって」
「うーん、昔からだよな。なんでだろ、色のせいかな」
「こらこら二人とも、聞こえてるよ」
家族三人の会話にみんなが笑う。
今回のことで、王都に向かう班を編成するのは父さんになった。
セランは、イーゼンとルーガはセランに後のことを任せたので、王都へ父さんが行くのは予想していないだろうが、二人を驚かせるのも悪くないと面白がって言った。
同時に、子どもの有事に出張らないわけがないだろと言っていた。確かに、父さんはそういう人だ。
そして今回班に加わるのがまずはヘクターとフラーヤ、その相棒のシュリとポーナ。この二人は普段から俺とレイルと同じ班で活動している。
あとはフェンデとトゥーリ、治癒魔法が使えるハーツが回復役として呼ばれた。
「それじゃあ揃ったところで、今回の予定について話していこうか」
父さんが穏やかな口調と真剣な眼差しで語り始めた。ようやく王都へ向かうことができる。俺は拳に力を込めた。
先王直属隠密騎獣部隊は裏の裏の裏を表にする 淡波綴里 @31k4ou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。先王直属隠密騎獣部隊は裏の裏の裏を表にするの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
近況ノート
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます