第3話 失ったもの
悪夢を見た。内容はバラバラで記憶には残らないが、胸糞悪い後味だけ残る。
意識をなくしてからどれくらい経ったのか、頭痛とともに目が覚めた。
ぼんやりする頭で、一緒に倒れたレイルを思い出す。
「レイル……」
自分がいるのが自室のベッドだと分かった後、重い身体を引き摺ってベッドから立ち上がろうとする。
しかし、頭痛に加えて眩暈に襲われ、うまく立てずに床に倒れ込んだ。
「ウェイテル!!」
「……セラン……」
「ウェイテル! 大丈夫か!?」
物音に気付いたのか、セランと父さんが慌てた様子で駆け付けてくれる。
頭痛と眩暈を訴えると、ベッドに戻されそうになる。
「俺より、レイルは……!」
「レイルも少し前に目を覚ましたから、落ち着きなさい」
「さすが双子だな」
「全くだよ」
二人の口ぶりに反応を示す余裕はなく、安堵のため息とともに言われた通りもう一度ベッドに身体を沈ませた。
レイルも目が覚めてよかった。
「ウェイテル! 起きたか!」
「ニエナさん……?」
「ほれ、薬飲みな」
父さんが俺の背中を支えて上体を起こしてくれたので、それに甘え、ニエナさんからコップに入った薬を受け取る。
苦味のある飲み薬を一気に飲み干す。ニエナさんが続けて水をくれるのがありがたい。慣れ親しんだ薬の味だが、苦いものは苦い。
もう一度ベッドに横になると、セランが隣に来て身体をくっつけて寝転ぶ。
温かい体温に触れて、安心する。
今何が起きているのか、きっと父さんとセランが説明してくれるだろう。
自分の想像を超えたなにかが起きている気がして、聞くのが怖い。
「ウェイテル……」
「父さん」
父さんもベッドに腰掛けて、眉を垂らす。言葉を探している様子に、深刻さが伝わってくる。
「……! フェンデもいる?」
「ああ。彼も、二人と同じ状態になったんだ」
「そうだったんだ……フェンデは大丈夫?」
「アイツはまだ目覚めてない。こういう時は大抵魔力操作の上手い奴から目が覚める」
セランの言う通り、三人の中ならレイルが一番魔力操作が上手い。
父さん曰く、フェンデも眠っているだけだというので安堵する。
ニエナさんはフェンデの様子を見に行くといって部屋を出ていった。
話しているうちに少し頭痛がおさまってきた気がする。
「何があったの?」
「…………まず、今分かっている中で一番大変な事態は、……王が、……亡くなられたことだ」
「……ハ…?」
脳天を槍で貫かれ、心臓を炎で炙られ、四肢の先を雷が流れるような痛みが走る。
内から生まれる痛みだと分かっていても、苦しくて痛い。
息が止まり、動悸がする。
「……ぅう、…………は、ッ」
「ウェイテル、落ち着いて」
「ちゃんと息を吸え」
父さんに抱き寄せられ、セランに魔力を分けられる。
身体の内からの痛みは徐々に薄まるが、溢れる涙は止まらなかった。
「なっ……ローレンス王が…………、な、んで……っ」
「……ウェイテル……ッ」
セランから流れてくる魔力に大きな悲しみが乗っているのを感じる。
そして、他の獣たちも、みんな。大好きな獣達が苦しんで悲しんでいる。
頭の中が、“なぜ”という言葉と途方に暮れる悲しみでいっぱいになる。
「……病ではないようだ。……イーゼンとルーガたちが先行して調べてくれる」
「俺も……っ、!」
「急に動くな、あほ。回復するもんも回復しないだろう」
「でも……っ」
「必ず連れて行くから、まずはまともに立てるようになってからだ」
セランの言葉に、身体の強張りを緩める。
今すぐにでも王都へ向かいたい気持ちと裏腹に、身体が上手く動かないのは事実だった。
そして、ベッドに横になっているのに視界がゆっくり回っているような感覚が無くならないのが気になる。
「今、身体はどんな状態だ?」
「……眩暈がする。横になっても天井が揺れてて……」
「フム」
「レイルとフェンデは?」
「……三人に起きていることも話さないとな」
そして父さんとセランから“愛し子の置き土産”について聞かされた。
信じられない気持ちと同時に、王を……愛し子を失うということがそれだけ重大なのだと再確認させられた。
「レイルは何を失くしたの?」
「……古語が、読めなくなってしまっていた」
「…………そ、んな」
父さんが喉の奥から振り絞った声が痛々しい。
レイルが失くしたものは、まさに“生きがい”だ。
「魔法は……」
「……今まで習得した魔法は、音として唱えて魔力さえ正しく操作できれば使えるようだ。……ただ古語を思い出せなければ、新しい魔法は生み出せないだろう」
「恐らくだが、読み方を忘れたというより、認識ができなくなったという方が近いだろうな」
モディーグの郷人は古語で魔法を唱える。
剣獣士でありながら獣学士でもあるレイルは、新しい魔法を開発することを何よりも楽しみに生きている。
失くしたものの大きさに、胸が痛む。
レイルもきっと怖いだろう。俺も、怖い。
「俺は……なにを失くしたんだろう」
「そろそろ魔力は正常に巡っているようだから、調べるか」
セランが鼻先から額をするり、と俺の背中に沿わせて起きるのを手伝ってくれる。
セランが分けてくれた魔力のおかげで起き上がれそうだが、未だに目眩のようなものは残っていた。
倒れないようにゆっくりベッドから立ち上がると、俺は途方に暮れた。
しっかり両脚で立っているのに、なんだか浮いている様な感覚がするし、何よりも決定的な問題があった。ただ、それを上手く説明する言葉が見つからず冷や汗だけが出てくる。
「大丈夫じゃなさそうだな。感じたままでいいから言ってみろ」
「脚が浮いてる様な感じがする……あと、すごくグラグラする。それに前後左右が見えているのによく分からない感じがする……これ、歩けるかな」
「もしかして……平衡感覚がやられているのか?」
「大体そんなところだろうな。よし、とりあえず座って次は魔法の確認だ」
落ち着き払っているセランのおかげで、俺も慌てずにいられるが、考えてみれば平衡感覚が鈍っていると飛行に支障が出そうだ。
セランに言われた通り、魔法を発動させる。
一番よく使う、俺の得意な風属性魔法を使おうとすると、魔力の流れがブツッ!と衝撃を伴って止まった感覚がした。
もしや、と思って雷属性と火属性の魔法を発動させると問題がなかった。
自分の置かれている状況を理解し、胸の奥がひんやりとした。
「……うん、なるほど」
「風属性はどうし、……まさか発動できないのか」
「…………ああ」
「……よりにもよって、……クソッ!!」
「ウェイテル……」
他にも身体の器官が狂っている気がするが、どうやら俺は主に平衡感覚と風魔法を失ったらしい。
さすがにセランも慌てている。
それもそうか……今の俺は、とてもじゃないが……。
苛立つセランを抱き寄せて、背に腕を回す。
「……セラン。…………俺はお前とこれからも空を翔びたいよ」
「っ当たり前だろうが!!!!」
俺は、セランと一緒に空を翔べなくなってしまった。
「俺が、絶対にお前をラリーのところへ連れて行く。そしてもう一度、お前と一緒に空を翔ぶ」
「……ああ、俺も絶対に諦めないよ」
ぐりぐり、と顔を擦り付けてくるセランを一層強く抱きしめた。
いつでも俺を支えてくれる相棒が心強い。
そうしていると、廊下から足音が聞こえてくる。
「みんなぁ……っ、フェンデが……っ」
「トゥーリ!」
「フェンデも目が覚めたのかい?」
「目は覚めたんだ……でも……っ」
「行くか?」
「うん、頼むよ」
父さんとセランに甘えてフェンデのところまで連れて行ってもらうことにする。
セランは人型に変身して幻想衣を纏うと、父さんの反対側を支えてくれる。
トゥーリは黄色の羽根を不安そうに震わせて俺たちの先を小走りで進む。
二人が両側から支えてくれてやっと歩ける俺は、頭がグラグラするし血の気が引く様な感覚がするしで気分は優れなかったが、それ以上にトゥーリの様子からフェンデのことが心配になった。
フェンデは父さんの部屋で休んでいるらしく、中ではニエナさんが枕元で薬を用意しているところだった。
「ニエナ、フェンデは大丈夫かい」
「……大丈夫とは言い難いね」
父さんが声をかけると、眉根を寄せて悔しそうな声を絞り出した。
用意し終わった薬を差し出すと、フェンデが騒ぐ……騒がなかった。
代わりにめちゃくちゃに手と頭を横に振って薬を拒もうとしていた。
「まさか……」
「……グスッ、……フェンデ…………」
「……こいつはね、声が出なくなっちまったんだよ」
息の仕方を忘れた様に呼吸が浅くなって、涙腺が震えた。
泣きたいのはフェンデだ。俺が泣いてどうするんだ。
隣にいた二人からも力が抜ける気配がした。
涙を必死に堪えてフェンデを見据える。
「……フェンデ」
「…………っ、」
困った様な顔で笑う。さっきまで寝ていたからだろう、三つ編みにして背中に下ろしている白色の長髪が、窓から刺す夕陽の光に照らされてぴょんぴょん跳ねている。
ふらつく身体でなんとかベッドまで辿り着いて腰を下ろす。
眉を垂らして喉を手でさすってみせたフェンデはまだ笑っている。
俺はフェンデの肩に手を置いた。
「必ず取り戻しに行こう。一緒に」
「……ッ」
こくこく、と首を縦に振った頬に、やっと涙が伝った。
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