第2話 王よ




 宴は夜遅くまで騒ぎが収まらず、酒飲みたちは少ない酒に文句も言わず笑い続け、歌が好きなものたちは喉が枯れるまで歌った。

 各々が好きなことをして、郷人たちと獣達は新しい獣の誕生を祝った。


 翌朝、家では二日酔いの父さんのためにレイルが滋養に良いスープを作っていた。

 宴の翌日とあって、レイルも父さんもゆっくり家を出る予定だ。

 俺とセランがスープの良い匂いにつられて眠気まなこを擦りながら1階へ降りてきたところで、事態は起こった。


「っうう、ぐあああッッ!!」

「ううッ……!!」

「ウェイテル!レイル!?」

「どうした!?」


 突如、衝撃に襲われた。

 頭がかち割れそうに痛み、心臓が鷲掴みにされたように脈打つ。

 視界が歪みながらも家族の姿を必死に探す。レイルも苦しんでいることだけは分かった。

 セランと父さんの声が遠くに聞こえるが、呼吸もままならない中、意識は遠くなる。

 脳裏をよぎったのは、“喪失”。

 母さんが死んだ時に似た悲しみや、途方に暮れた思いが蘇ってくる。

 そしてその喪失に確信めいたものを感じたところで、俺は意識を失くした。



セランside


 ウェイテルとレイルがほぼ同時に意識を失くした後、アーティルは身体が全く言うことを聞かなくなった。

 妻を亡くした記憶が蘇り、我が子らが倒れている現実を心が拒絶し、脳が認識できないのだ。


「レイルッ!! ウェイテルッ!!」

「ディアノ! ...…ニエナを呼んできてくれ」

「ああ...…っ、」

「……間違いはないと思うが、フェンデの様子も見てきてくれ」

「……分かった」


 騒ぎに気付いて獣舎から走って来たディアノは再び風のように出て行った。

 ……何故だ、愛し子よ。何故、何の知らせも無く逝ってしまったんだ。

 胸が引き裂かれそうに痛む。目の前の倒れた二人、そして同じ状況にあるであろうフェンデのこともある。

 しかし、一番胸を痛ませるのは郷には居ない愛し子だ。

 

 たった今、すべての獣達が悲しみの淵に沈んだ。

 俺は獣から人へと姿を変身させ、床に倒れたレイルとウェイテルを軽く抱えて、二階のそれぞれの自室に寝かせた。

 二人とも顔色は良くないが、息はあるし、鼓動も通常に近づいている。

 失ったものは取り戻しに行かなければならないが。

 階下に戻っても、アーティルはぴくりとも動いていなかった。


「アーティル」

「……ウェイテル……レイル……」

「二人は無事だ。お前達の世代では経験がなく驚いただろう。あの二人の命は無事だ」

「うううっ、ぐ、ッう、はぁ、っ」


 俺の言葉に、アーティルは咽び泣いた。

 こいつの方がよっぽど死にそうだと思いながら、アーティルの身体を支え、ソファへと座らせた。

 少しも涙が止まりそうにないアーティルの背中を摩りながらディアノを待つ。

 ディアノよりも先に家の戸を開いたのは、イーゼンとルーガだった。


「二人は!?」

「無事だ。苦しんでいたが今は上で寝かせている」

「そうか……アーティル、おい、大丈夫か」


イーゼンにアーティルの介抱を任せ、ルーガと話す。


「……ラリーで間違いないのか」

「……ああ。……しかし全く予兆がなかった。愛し子は魔力が強い。今まで誰一人として突然の病で命を落としたことはないはずだ」

「……城で何かあったんだな」

「俺とイーゼンは数名だけ連れて先に王都へ向かう。お前とディアノは三人が動けるようになったらすぐに城へ出発しろ。誰を連れて行くかはお前に任せる」

「……ああ、分かった」


 ラリー……、またみんなで酒を飲もうと約束しただろう。

 破られた約束に怒り、そしてそれを上回る悲しみに、人の姿で涙を流した。

 すぐに涙を手の甲で雑に拭ったところで、ディアノがニエナを連れてきた。


「ウェイテルとレイルは!?」

「二階にいる。頼む」

「セラン、人の姿になるなら服を着なよ! お前まで風邪引いたらどうすんだい!」

「……もう戻る」


 鬼気迫ったニエナの怒声に、大人しく獣の姿へと戻った。元々意識がないウェイテルとレイルを運ぶためだけに変身したのだし。

 ディアノにフェンデの様子を聞くと、やはり二人と同じような状態で、今は眠っているらしい。


「目を覚ましたら……」

「……俺たちはそばにいてやることしかできない。全身全霊をかけて」


 レイルとウェイテルを思って首を垂らすディアノに声をかける。自分に言い聞かせるためにも。


「俺とイーゼンは行く。……三人が何を失ったのかが心配だが、ラリーの元へ集まれば取り戻せるはずだ。お前ら、頼んだぞ」

「セラン、ディアノ。アーティルのことも頼むな」

「任せておけ」

「二人も気をつけろよ」


 ルーガとイーゼンは城へと向かった。恐らくブレアニエの中から10名ほど精鋭を選んで連れて行くだろう。

 俺とディアノは未だ青白い顔をしたアーティルにくっついて、ニエナが降りてくるのを待つことにした。


「アーティル、俺たちが居る。一緒にあの二人を支えよう」

「……ディアノ……」

「ジェインの忘形見は死んでも俺たちが守る」

「ぅ……ッ……すごくありがたいけど、セランが死んだら彼女が怒るから、ダメだなぁ……」

「フンッ、俺たちに後を任せたのはジェインの方なんだぞ」


 ぐずぐずと泣くアーティルの身体にディアノと二人でくねくねと纏わりついてやる。こうすると大抵のやつは笑うのだ。


「はは、あったかいな…」

「その調子だ、アーティル」


 涙が引っ込んだ様子に安堵する。

 そうしている内に上階からニエナが降りてくる。


「何だいお前たち、男三人でくっついて」

「二人は?」

「気を失って魔力が乱れているが、命に問題はない」

「……そうか」

「それで? 一体何が起きてるんだい」

「ニエナならある程度検討はついているだろ」

「……」

「二人に降りかかったのは、“愛し子の置き土産”だ」


 俺の言葉にアーティルとニエナが首を捻る。

 ニエナくらいの世代なら知っているかと思ったが、よく思い返せば愛し子が同時期に四人居るなどそうそうないし、先の愛し子たちは随分前に生きた者だったか。


「愛し子が死ぬ時、他の愛し子に影響が出るのだ」

「死……!!ま、まさか、王が……」

「それは……間違いない」


 二人は絶句し、ふらついたニエナをディアノが支えに行く。

 アーティルの身体がぶるり、と悪寒に震えたのが伝わってくる。


「ラリー……ローレンス・ヴァケルがこの世を去った。郷の外にいた、たった一人の愛し子が。この国の王であり、我々の友である男が逝った。……恐らく何者かの謀略によってだ。……必ず、我々がその者の喉笛を引きちぎるとラリーの亡骸に誓おう」

「ああ」

「そんな………」


 ついに膝に力が入らなくなったニエナはディアノに縋り付くようにしながら床に座り込む。

 ラリーは民に好かれ、統率力に長け、国力を上げた英雄だ。

 人間よりずっと長く生きる獣たちの記憶の中でも稀有な才を持つ王だった。

 モディーグの郷人、そしてブレアニエを尊重し、国を守るために協力してきた王だ。郷人の悲しみは深いだろう。


「“愛し子の置き土産”とは、愛し子の死が残された愛し子に影響を及ぼすことだ」

「一体、どんな……」

「愛し子が大切にしているものや、能力などを奪うのだ」

「そんな……っ」

「落ち着け。奪われた能力は愛し子の葬送に立ち会うことで取り戻せる。亡骸に触れるのが一番だろう。失った力を取り戻した後、大抵の愛し子は新たな能力を開花させると言われている」

「新たな能力……元気でいてくれさえすればいいのに……」


 アーティルがまた泣き始めた。

 気持ちはよく分かる。ジェインからウェイテルとレイルを託された俺とディアノも、二人が苦しむと胸が張り裂けそうになる。

 そして俺たちも直接的に“愛し子の置き土産”に関わるのは初めてだ。言い伝えを完全に信用できるかというと、首を捻りたくなる。


「俺も同じ気持ちだ。だがな、アーティル。あの二人は現状維持で満足するような奴らか?ジェインの子だぞ?」

「……ははっ、そうだね。それは難しそうだ」

「俺はアーティルの慎重で計算高いところも好きだぞ。きっとあの二人にもそれは受け継がれている。これから開花するのが楽しみだ」


 俺に続いてディアノも慰めた。ありがとうと力無く笑う姿が痛々しいが、少しは持ち直したようだ。

 ディアノは身体から力が抜けたニエナのことも慰めるが、こちらもはらはらと涙を流して止められないようだった。


「ニエナ。ユーディのところに連れて行こうか?」

「……いいや、あちらも今、てんやわんやだろうから……三人も心配だし、大丈夫だよ」

「じきに三人とも目を覚ますだろう。フェンデも一旦こちらへ連れてくるか」

「そうだね。その方が治療がいっぺんにできてありがたいね」

「トゥーリに連れて来させよう」


 ディアノがまた家を出て、フェンデを抱えたトゥーリを連れてきた。

それから半日後、三人は順番に目を覚ました。





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