第3話 自分の容姿

「と、ところで、現在、我らの戦力構成はいかようだ?」


 俺は玉座で足を組み、できるだけ重厚なトーンで問いかけた。

 右も左もわからない異世界で、いきなり大魔王として君臨してしまった俺。

 とにかく今は情報が必要だ。まずは手札の確認から始めなくてはならない。

 いわば、ファンクラブの会員数と運営スタッフの把握である。


「はっ。現在生き残っている魔族についてご報告いたします」


 側近のビニルが、長い巻物を取り出しながら恭しく読み上げる。


「大魔王様がかつて産み出された魔物が約30万体。そこからレベルアップし進化した魔獣が約6千体。さらにそこから超進化し、言葉を操り強靭な意志を持つ魔人が、私を含め23人。

 以上にございますれば、各地で息をひそめて大魔王様の復活をお待ちしておりました。いつでも攻撃命令をお出しください」


(多っ! 案外多いな!)


 本当に魔族は弱っていたのか? いや、それだけこの世界が広いってことか?

 それにしてもこのビニルという爺さん、隙あらば攻撃命令を出したがりやがる。油断できない。

 だが……共通の敵がいなくなった途端に内輪揉めを始める人間たちの話といい、結局どこへ行っても争いの火種は尽きないということか。

 前世では推しにすべてを捧げてきたが、この世界では悪役の大魔王として、その役割(ロール)を果たす人生ってのもアリか?


 いやいや、落ち着け俺。悪役ロールは死と隣り合わせだ。

 まずは穏便に、かつ威厳を保ちつつ、スローライフへの道を探らねば。


「さぁ! 大魔王様の魔物をクリエイトするお力で魔族を増やし、人種族へ攻め入りましょうぞ!!」


「……えっ?」


 思わず素っ頓狂な声が出そうになった。

 魔物って俺が産み出すの? 自家発電?

 ビニルの期待に満ちた目が痛い。これは「やって見せろ」という無言の圧力だ。

 ええい、ままよ。


「ど、どれ、ちょっと試しに……よっと」


 俺は体の前に人差し指を立て、その先に意識を集中させた。

 イメージするのは、そうだな、ファンシーで無害なマスコットキャラクターあたりで……。


 ブォンッ。


 指先に黒く光る球体が生まれた。これが魔力か?

 俺は集まった魔力の球体を、目の前の広い空間に放り投げた。


 ドゴォォォォォォォンッ!!


 城全体が揺れるほどの衝撃と共に、漆黒の霧が噴き出した。

 視界が悪い。ゲホッ、なんだ今の爆発は。失敗か?


「おおっ……!! おおおおおっ!!」


 霧が晴れると、そこには異様な光景が広がっていた。

 無数の、そう、無数の黒い影が蠢いている。マスコット? いや、どう見ても凶悪な魔物の群れだ。


「大魔王様! 今しがた一瞬にして5万体の魔物が産まれ、各地へ駆けていきました!!」


「ご、5万?!」


 1体のつもりだったけど?!

 ガチャを単発で引いたつもりが、5万連ガチャを一瞬で回してしまったようなものか?

 しかも全部SSR級の凶悪な見た目をしている。魔族をたった一息で12%も増やしちゃったの? 恐るべし、俺のスペック。


「魔物の増員を目の当たりにすることで、各地の魔族に大魔王様の復活が伝わり、士気が高まったはずです! さすが大魔王様、考えるより先に手が動く、まさに破壊の化身!!」


 だから、そんなつもりは無いんだって。

 このままではビニルに言いくるめられ、大魔王として悪の道を突き進む「地獄のロード」が確定してしまう。

 それに、今はビニルの一方的な「人間=悪」という意見しか聞いていない。

 アイドルだって、アンチの意見とファンの意見、両方を見ないと本当の姿は見えてこないものだ。

 敵である人種族のことを、俺自身の目で確かめる必要がある。


「ビニルよ。我は今の世界をもっとよく知りたい」


「では、各地におります魔人を集め、ブリーフィングを開きましょう。その後は大魔王様復活の祝賀会も盛大に行いましょうぞ」


「いい、いい、そういう堅苦しいのはいい。我は自分の目で見たいのだ。素性を隠して、この世界で一番大きな街へ行ってくる」


「なっ?! それはなりませぬ大魔王様!」


 ビニルが血相を変えて俺の前に立ちはだかった。


「西の王都ファクトリオスは、古代賢者の強力な結界魔法と、聖女オイリーの加護で守られ、闇の魔力を感知すると対象者を聖なる光で焼き殺すよう仕組まれております!」


「……聖女オイリー?」

 なんだその、揚げ物みたいな名前の聖女は。胃もたれしそうだ。


「では、闇の魔力を抑えればよいのだな? それに、いずれはその王都も破壊せねばなるまい。結界魔法を破るための調査もしてまいるぞ」


 もっともらしい理由をつける。いわゆる「敵情視察」というやつだ。


「た、確かにそうですが……そのお姿では、たちまち大魔王様だとバレてしまわれますぞ」


 ん? そういえば自分の容姿をまだまともに見てなかったな。

 俺は横に置いてあった巨大な姿見を覗き込んだ。


「…………」


 ぎゃーー!!

 お、恐ろしい。おぞましい。おどろおどろしい。

 鏡の中にいたのは、紫色の肌にねじれた角、血走った目をした化け物だった。

 ザッツ大魔王。そして巨体。3メートルはあるか?

 こんな姿で街中をふらつけるわけがない。職務質問どころか、即座に討伐隊が組まれるレベルだ。

 どうしたものか。


「大魔王様のお望みは全て叶えるのが側近である私の役目。どうしてもと仰られるのでございましたら、こちらの『変転ゲート』で人種族の姿に変身されてはいかがでしょう」


 ビニルが指さした先には、禍々しい装飾が施された石のアーチがあった。


 おおっ! そんないいものがあったのね!

 もう少し小柄で、周りから「親しみやすいですね」って言われるような爽やかイケメンになろう。これで今後も自分自身の顔に怯えずに生活できそうだ。

 ひょっとして今の恐ろしい姿って、前任者の大魔王がこの変転ゲートを使って、あえて望んでなった姿かもしれないしね。中二病こじらせて。


「よし。それを使おう」


「御意。しかしながら、こちらの効力は日が昇っている間のみ。陽が沈みますと元のお姿に戻ってしまわれますのでご注意を」


 あ、やっぱり違った。デフォルトでこの怖い姿だった。ですよねー。

 でもありがたい。

 陽が沈むまでにお家に帰ればいいんだな。小学生の門限みたいだが、背に腹は代えられない。


「では早速……」


「お待ちください!!」


 ビニルが再び俺を制止する。またか。


「闇の魔力を抑え込んだまま人種族の街へ行かれ、大魔王様の御身に万が一のことがあってはなりませぬ。どうか、護衛に私の孫娘を付き添わせてくださいませ」


「孫娘? ん? 魔族が闇の魔力を使ったら、その孫娘も結界に焼かれ死んでしまうんじゃないのか?」


 俺の問いに、ビニルの表情が曇った。

 先ほどまでの冷徹な参謀の顔が消え、どこか哀愁を帯びた老人の顔になる。


「それが……魔人同士が結ばれて排出された子は産まれながらにして魔人であるのですが、魔人であるせがれが、あろうことか人種族にたぶらかされ、禁断の恋をした結果、魔人と人種族との間で子を産み落としたのでございました」


「ハーフということか」


「左様でございます。人種族の母親は元々体が弱く、魔人との子を産んだ衝撃で他界しましたが、父親のせがれはその悲しみを乗り越えられず、後を追い……ウッ」


 ビニルが目頭を押さえる。


「すみません、馬鹿な息子でしたが、我が子を愛しておりましたので、つい感情的になってしまいました。

 そして、産まれたハーフの孫娘を私が引き取り、魔人として育ててきたのですが、どうやら闇の魔力を抑えたまま魔人の能力を持つ特異体質であったのであります。

 ……入って参れ。ポーム!」


 ビニルが扉に向かって声を張り上げた。

 重い扉が軋みながら開き、カツカツと硬質な足音が響く。

 現れたのは、すらりとした人影だった。

 数メートル先で止まると、流麗な動作で片膝を突き、頭を垂れる。


「お初にお目にかかります。大魔王デールン・リ・ジュラゴンガ様。私めはビニルが孫娘のポームにござりまする」


 顔を上げた彼女を見て、俺は息を呑んだ。

 透き通るような銀髪に、意志の強さを宿した真紅の瞳。

 人間に近い容姿だが、その端正でキリっとした顔立ちは、アイドルのセンターというよりは、宝塚の男役のような凛々しさがある。


「人種族の血が混じっているとはいえ、大魔王様のため、たとえ光の中、聖水の中、この身を捧げる所存にござりますることを申し上げ奉り候」


 口調が武士だ。そして硬い。

 だが、そんな彼女を見つめるビニルの視線に気づき、俺は別の意味で戦慄した。


「おお……ポームよ……! 今日も凛々しい……! なんと愛らしい……! あのつむじ! あのまつ毛の角度! 天使か? いや悪魔的な可愛さだ!!」


 ビニルが身をよじりながら悶えている。

 キャラ変がすごい。

 さっきまでの「人間を嬲り殺しましょう」と言っていた邪悪な参謀はどこへ行った。完全に「孫にデレデレのおじいちゃん」である。


「じ、爺様。大魔王様の御前です」


「おお、すまんすまん。だがポームよ、護衛の任務は危険だ。もしお前の身に何かあれば、爺はこの世界を3回くらい滅ぼしても気が済まんぞ。いいか、決して無理はするな。危なくなったら大魔王様を盾にしてでも逃げるのだぞ?」


「爺様!?」


「あ、いや、それは言葉のアヤだが……とにかく、ポームちゃんは爺の宝物なのだからな! チュッ!」


「ひっ……!」


 ポームがわずかに引いている。

 なるほど、この厳格そうな孫娘も、祖父の溺愛ぶりには手を焼いているようだ。少し親近感が湧いた。


 ただなー、このままだと道中が重苦しい。


「ポームよ。堅苦しいぞ。これから街へ偵察に行くだけだ。そうだなぁ……我は旅の商人で、我とソチは兄妹の設定で行くぞ」


「は?」


 ポームがキョトンとした顔をする。


「か、かしこまりました。デールン・リ・ジュラゴンガ兄上様」


「固い」


「はっ。兄上様」


「まだ固い」


「あ、兄上」


「お兄ちゃん、だ」


「お、お……おに……っ!?」


 ポームの顔が真っ赤に染まる。

 横でビニルが「おおお! ポームのお兄ちゃん呼び! 録音したい! 魔導録音機はどこだ!」と錯乱しているが無視する。


「まあいいや。徐々に慣れていこう」


 俺は早速、変転ゲートをくぐった。

 光に包まれ、体が縮んでいく感覚。

 光が収まると、そこには平均的な身長の、愛想のよさそうな青年商人の姿があった。これなら目立たないだろう。

 ビニルが転移魔法の準備を終え、王都ファクトリオスの近くまでワープさせる魔法陣を展開する。


 別れ際、心配をぬぐえないビニルは、俺たちに路銀として100万ゴールドが入った革袋を手渡しながら、涙ながらに見送りの言葉をかけてきた。


「大魔王様、どうかご無事で。くれぐれも闇の魔力を開放なされてはならぬ事、日没までにはお帰りになられます事、ゆめゆめお忘れなきようお願い申し上げます」


 そして、ビニルは愛する孫娘に向き直り、両手を握りしめた。


「それからポームよ! ああ、私の可愛いポーム! ご飯はちゃんと食べるのだぞ? 変な男に声をかけられたら即座に消し炭にするのだぞ? 大魔王様にもしもの時あらば、その身を挺してお守り……いや、やっぱり死なない程度に頑張るのだぞー!!」


「承知いたしました、おじい様。行ってまいります」


 ポームが一礼し、俺たちは転移魔法の光に包まれた。

 視界が白く染まる直前、ハンカチを噛みしめながら激しく手を振る悪魔の姿が見えた。


 こうして俺は、この世界で自分自身が大魔王としての役割を果たすべきかどうかを決めるため、そして(本音としては)スローライフの可能性を探るため、最強の護衛兼妹役を連れて、人種族の街へと降り立つのだった。

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