第4話 隣のトリスさん
見慣れぬ景色に思わず「すげぇ」と声が漏れていた。
視線を巡らせ、周囲を確認する。
今のところ人通りはない。
ふと右側からの視線を感じ顔を向けると、少々ガタイの良い外国人顔のおっさんがこちらを見ていた。見た感じ俺より身長が高そうなので、百八十センチメートルは超えてそうだ。
とりあえず視線を合わせ、軽く会釈をする。
すると、向こうから話しかけてきた。
「よお、兄ちゃん。隣で串焼き屋をやってる『トリス』ってもんだ。あんたアレだろ『魔女に選ばれし者』ってやつ」
話しかけられ少し戸惑うと同時に、日本語に聞こえ驚いた。
「あ、あーあー。よし。あの、これ伝わってます?」
自分の発した言葉が通じるかわからないので、この際確認させてもらう。
「あ? あぁ。そういうことか。あんた異世界人ってやつね。大丈夫、大丈夫。ちゃんと伝わるよ。魔女様の御力でそういう風になってっから」
一先ず言葉が通じることに一安心。
色々と聞いてみたいこともあるし、会話を続ける。
「慣れてるみたいですけど、俺みたいなやつって結構いるんですかね?」
「いや。かなり珍しい。オレも話でしか聞いたことなかったな。でもよ、突然何もなかったところに店ができりゃあ誰だって魔女の仕業だって気付くぜ」
おっさんの口ぶりから、この世界では魔女という存在が当たり前のように認知されていると理解することができた。
「そうなんですね。なんか起きたらこの建物の中だったんで、状況が把握できてないんですよ。話に出てくる『魔女様』ってあの姉妹のことでいいんですかね?」
「あー。ん-。たぶん違うと思うぜ。魔女ってのはそれなりの数がいる。俺の身内にもいるくらいだ。弟の嫁さんな。といっても少ないぜ。他は見たこともないしな。で、俺の言ってる魔女様はもうずーっと昔にこの世界を作られた方だ。すでに消滅されたと聞いてる」
「えーっと、少し整理させてください」
少し話が難しくなってきた。魔女が世界を作った?
「はははっ。いいよ、ゆっくり考えな。どうせ隣だしよ。またなんかあったら声かけてくれや。おっと、そうそう。ところで兄ちゃんの店は何を売るんだ?」
「え? あぁ。うちは弁当屋みたいですね。自分でもまだよくわかってないんですけど」
「弁当屋?」
「持ち帰りの食事を売るお店って言えばわかります?」
「なるほどな。うちと同じか。じゃあ、あとで買いにくるわ。いくらだ?」
「あー、まだ決めてないんですよ。ちなみにトリスさんの串焼きっておいくらです?」
「うちは一本が、五百ウィッチだ。あとで持ってきてやるよ。んじゃあとでな」
「はい。ありがとうございます」
そう言うとトリスさんは、軽く手を上げて隣の店に入っていった。
話してみた感じ、なんとなくいい人そうに思えた。
とか思ってたら詐欺師ってことがあるのが世の中怖いよな。
それでも今のところ頼れるっていうか、話聞けるのあの人くらいだしとりあえずは信用するしかない。
それに騙されたところで、取られる物って塩おにぎりくらいだし。そう考えると俺を騙すメリットなんて無さそう。
さて、魔女のことはまた後で考えるとして、今は売り物についてだ。
トリスさんの串焼きが五百ウィッチということなので、塩おにぎりは二百か三百ウィッチくらいが妥当だろうか。串焼きのサイズがわかんないけどさ。
さっきからいい匂いがしてきてるんだけど、俺ここから出られないので現物を確認できないんだよな。まあ、あとで持ってきてくれればわかるか。
で、考えてみると塩おにぎりの売り方っていうか、どうやって渡せばいいんだろう。さっき見た時は、入れ物が何もなかったんだよね。さすがに直接手渡しってのは、憚られる。
もしかしたらと思い、急いで部屋に戻りタブレット端末を持って来る。
販売スペースに戻り新着マークの付いている店舗のアイコンを開くと、オーニングを開いて異世界と繋げたためか、容器を購入することが出来るようになっていた。「必要な物なんだから最初から表示しておけよ」と少しばかり思ってしまったが、当然のことだろう。
で、こちらの機能、現在所持金がないのでこれまた利用不可。
しかし仕入れ価格は確認出来た。安い物だと葉っぱみたいなのが百枚セットで、五百ウィッチとリーズナブル。単価五ウィッチね。
一応マジジャンでも確認してみようと操作しかけたが、そもそもここから持ち出せないことを思い出してやめた。
このままお客さんが来てしまうとマズイので、少し声を張りトリスさんを呼ぶ。
「すみませーん! トリスさん、ちょっといいですか?」
「あいよー! ちょっと待ってな!」
しばし待っていると、トリスさんは販売カウンター前に来てくれた。
手には葉っぱの上にのせられた、おいしそうな串焼きが見える。
思ってたよりデカい。そういえば何の肉だろう。
「おう。待たせたな。これうちの串焼きだ。食って感想聞かせてくれや」
「ありがとうございます。それでですね、こっちの売り物を渡す前にその葉っぱみたいな商品をのせる物が無くて困っていまして……」
差し出された串焼きをカウンター越しに受け取りながら、相談する。
「あーなるほどな。ちょっと待ってろ。少し分けてやるよ」
「すみません。助かります」
すぐに持ってきてくれたので、ありがたく受け取る。ぱっと見た感じ、葉っぱは数十枚ありそう。大きさもそれなりで、ティッシュの箱くらいに感じる。
「こんなにいいんですか?」
「おう。問題ねーぞ」
「ありがとうございます。少し待っていてください」
そう言って、一度厨房へと入り塩おにぎりを三つ召喚して葉っぱにのせる。
葉っぱを折り曲げ塩おにぎりを包むと、上部に少し隙間が出来そうなので二つが丁度良さそうに思えた。
「お待たせしました。これがうちの商品『塩おにぎり』です」
「ありがとよ。で、いくらだ?」
「えーっと、一つ二百五十ウィッチにしようかな。それで、三つ入れてあるので二つが串焼きの代金、残り一つが葉っぱ代ってことにさせて下さい」
「こっちはサービスのつもりだったのに、何だかわりぃな」
「いえいえ。これからも色々教えて頂きたいので、こういったことはしっかりしておきたくて」
「ははは。ちゃっかりしてやがる。じゃ、とりあえずこの塩おにぎりっての食ってみるかな。ほう、見たことねーけどなんだこれ。ほんのりあったけぇな」
「穀物ですね。たまに見た目で、虫の卵と間違う人いるみたいですけど」
「へぇ。オレはいいけど、他のやつにはそれ言わねー方がいいぞ。特に女にはな」
「あっ⁉ すみません」
やらかした。
俺だってそう言われたら少し嫌な感じするもんな。トリスさんには、悪いことをした。忠告に感謝して、以後気を付けなければ。
こちらが反省しているうちに、トリスさんは塩おにぎりを頬張っていた。
「ふぅん。おもしれぇ食感だな。好みが分かれそうだけどよ。そんなに癖がねぇし、うちの串焼きとも相性良さそうだ。いいんじゃねぇか」
「そうですか? なら良かったです」
「んじゃ、いつまでも店離れたままなのもまずいから戻るわ」
「あっ! そうですね。ありがとうございました」
お世辞かもしれないけど、悪い評価じゃなくて良かった。
とりあえず、何とかやっていけるかもしれないな。
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