第3話 マジジャン

 喉にまだちょっとした不快感があるが、とりあえず落ち着いた。

 お腹は水で満たされ、これまた不快。だが死ぬよりは良い。


 確認作業の途中だったので、再度机に戻り端末を操作する。

 少しばかり時間を要したためか、画面は消灯している。

 持ち上げると画面が明るくなり、またしても認証用魔法陣が表示された。

 先程と同じ右手の人差し指でタップすると、問題なくホーム画面へと変化。

 さすがに、毎回静電気の様な痛みは無いようで安心した。


 召喚の項目に新着マークが付いている。

 確認してみると、店舗内ではタブレット端末無しでも召喚可能になったと表示されている。これは助かる。


「あとは、これか」

 残りのマジジャンというアプリを開く。

 様々なジャンルと商品の紹介画像ですぐに察することが出来た。

 これはあれだ。通販サイト。


 ただ大きく注意書きが表示されている。


『購入した商品は、一部を除きまして初期訓練施設外に運び出すことはできません』


 なるほどね。

 ここで購入した物を売ったりは出来ないってことのようだ。

 そりゃそうか。

 あくまで弁当屋として稼ぐことを目的とした能力のようだし。


 とはいえ、こういうものってのは見てるだけでも楽しい。

 とりあえず、ポチポチとタップして商品を確認していく。

 食べ物の出前から始まり、家具家電なども当然ある。

 値段は知っているものに比べると、同じかややお高い印象。


 契約という項目からは、ペットを飼うことも可能のようで、どうやら思っていた以上に内容が充実している。ただこちらは、まだ利用できないようだ。


 そして個人的にものすごく気になる項目がある。『出張』だ。

 そこにあるサムネイルには、顔部分が隠された女性が表示されている。


 これは、あれですか。出張サービス的なアレですよね? 期待してもいいよな。

 当然こちらもまだ解放されていないのだが、金額は表示されている。

「一回三万ウィッチからか。相場ってこんなもんだっけ」

 食費にすら苦労していた俺は、もちろんそういったサービスを利用したこともない。

「がんばって稼げば利用出来そうだな」

 ここで起きてから、初めて気分が上向いてきた。


 いつまでも見ていられそうなマジジャンだが、とりあえずの目標が出来たことで一度アプリを閉じる。

 


「よし! それじゃあ店を確認してみますかね」

 タブレット端末を机の上に置いて、通常のワンルームであれば玄関にあたる扉へと向かう。

 途中廊下に二つある扉の中も軽く確認したが、予想通りトイレと脱衣所が付いた風呂。ちゃんと別々になっていてユニットバスではなかった。


 玄関に着くと、履物は二足。

 一つは、紺色の革製っぽいショートブーツ。持ってみるとつま先が硬いので安全靴のようなものに思える。

 もう一つは、サンダル。一時期流行った穴の開いたものではなく、シンプルなデザイン。

 とりあえずは様子見ということで、サンダルを履き扉を開こうとして止まる。ドアノブがない。

 嫌な予感がしつつも玄関わきの壁をみると、案の定小さなタッチパネルを見つけた。

 何となく予想は出来ているので、覚悟を決めて触れる。すると予想に反して『登録済み』とだけ表示され、そのまま勝手に玄関の扉は横にスライドして開いた。

 

 まず目に入って来たのは、厨房。

 明かりは操作せずとも点いている。自動みたい。

 四畳半ほどあるのだろうが、流し台に業務用冷蔵庫、それに作業台もあり少々狭い印象を受ける。

 中に入って冷蔵庫の中を見てみたが、何もない。

 考えてみると、スキルで食べ物を召喚するので冷蔵庫は必要としないはずなのだがなぜついているのだろうか。


 続いてカウンターのある販売スペースへと向かう。

 一般家庭の廊下ぐらいで、多少動き回るのには問題ないサイズ。

 カウンターの高さは腰やヘソの辺り。だいたい一メートルくらいか。

 外側は、現在開閉式と思われるオーニングが閉じており様子を窺うことはできない。音も聞こえてこないというこれまた不思議仕様のようだ。

 振り返ると、通路以外は間仕切りとホットショーケースのおかげでキッチンスペースを覗いても見えづらくなっている。わかるのは、人がいるかどうかくらいか。


 レジは安定のタッチパネル式。

 触れてみたが、現在は塩おにぎりしか表示されていない。ただ設定ボタンを押すと価格を変更できるようだ。室内にあったタブレット端末でも可能であったが、急な割引などの変更に対応するのにはこちらにもあったほうが良いので助かる。


 一通り販売スペースを確認すると、再度厨房へと移動。

 備え付けの棚から手ぬぐいの様な布を取り出し触ってみる。普段タオルに慣れていたので多少違和感があるが、慣れれば大丈夫そう。

 あとは水道から水を出してみたり、壁を触ったりしてみたが特におかしな場所はない。

 ついでにいうと販売スペースの方も含めて出口もない。

 どうやら外と繋がっている場所は、あのカウンター奥のオーニング部分だけのようで、なんとなく閉じ込められている気になってきた。



 後やれることは、覚悟を決めて開店くらい。

 一度部屋に戻りトイレなどを済ませようと、玄関へと繋がる扉の前でタッチパネルを探す。すると自動で扉が開いた。戻る時は、操作が必要ないらしい。


 サンダルを脱ぎ、まずはトイレへ。

 それが終わるとキッチンに行き、備え付けの黒猫が描かれたコーヒーカップで水を飲む。

 ふーっと息を吐いて室内を見ると、そういえばクローゼットを確認していなかったと気づく。

 開けて見ると、中にはくすんだ白の地味なシャツと黒いズボンが数セット。それと、業務用だろう紺色の前掛けとエプロンもある。なぜ二種類あるのかは謎。

 下の段にある引き出しを見ると、下着もちゃんと用意されていて安心した。他は、靴下や手ぬぐいが入っていたり、何もない空きスペースだったり。


 エプロンがあることから、なんとなく用意されているものが制服なのだろうと察することが出来たので着替える。今日は、とりあえず前掛けを身に着ける。理由はなんとなくカフェ店員ぽくてかっこいいから。


 準備が出来たので玄関へと向かう。

 壁に付いている鏡で身だしなみのチェック。問題は無さそう。

 今度はサンダルではなく、ブーツを選び足を入れ紐を結ぶ。

 ヨシ!

 タッチパネルに触れ、いざ出陣!



 販売スペースへ入ると、壁にあるオーニングの開閉ボタンを操作する。

 ほとんど音もなく静かに上がっていく様子を見つめていると、少しずつ外の光が入ってくるのと同じように、胸のドキドキも増していく。

 半分くらい進んだところで空気の違いを感じ取ることが出来た。

 嗅ぎなれていない匂いのため、ちょっと臭い気がする。


 すでに目の前の景色は目に入ってきているが、そのまま操作を続けるとおよそ八十度くらいのところで止まった。


 改めて外の景色を眺める。

 目の前は、石畳の道。そして向かいは石壁に扉。

 左側も壁だがアーチ状の通路が大きく空いていて、更に先へと続いている。

 目の前には、日本人が想像する典型的なヨーロッパの裏路地が存在していた。

 

 

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