第2話 騙された!

 目覚めると慌てた。

 視界に入ってくる色が違う。

 すぐに自分の部屋と違うことに気付いた。

 視線を下に向けると、当然寝具だっていつものじゃない。

 一瞬夢の中かと思ったが、どうやら違う。現実だ。


 周囲を見渡すと、六畳ほどの部屋にベッドなどの最低限の家具。

 壁の色は青系でやや暗い印象だが、照明や白い家具のおかげでそれほど嫌な感じはしない。むしろオシャレにさえみえる。

 間取りは、典型的なワンルームの部屋といった感じか。

 ただ窓はない。


 若干困惑した状態のままベッドから降りると、壁の側に置かれた机の上にメモがあることに気付いた。

 他人の部屋で勝手にメモを見ることに少しばかり躊躇したが、こんな状況でなぜ自分がここにいるのかさえわかっていない。なので申し訳なく思いながらもメモを確認するために机へと近づく。

 

 手に取ったメモには、こう書かれていた。

宮島陶埜みやじまとうやくん。君には、この異世界でお弁当代の残りを稼いで払ってもらおうと思います。がんばって出世してね』


「え⁉」

 思わず声が出ていた。

 文面から理解できたのは、昨日の弁当屋での件が原因で今こうなっているということ。

 異世界……。

「うわ! うわー! 騙された! ウソでしょ⁉ 『弁当屋ウィッチーズ』ってまさか本当にそういう意味⁉ サンドイッチも扱ってるからじゃねーの⁉ じゃ、何。あの人ら本物の魔女⁉ いつも待ってる常連のおっさんとかいたじゃん! あいつら何だったの⁉」

 自然と口から言葉が出ていた。感情が抑えきれずに声となり飛び出していた。


 いきなり大声を出してしまい、ハァハァと吐き出した酸素を体内へと取り戻そうとする。

 そのまま手に持ったメモを何度も見返すが、当然書いてある内容は変わりはしない。

 一度視線を前へと戻し、首を傾げながら「あー」と意味もなく声を発する。

 別に何かを考えているわけではない。少しばかり頭の中をカラにして現在の状況が自然と身体になじむように受け入れようとしている。


 ふぅっと息を吐き出し、再始動。

 とりあえず状況確認をするためにメモを机の上に戻すと、手を離した瞬間に煙が出たので慌てて手を引っ込める。

 自然に「うわっ⁉」っと声が出たが、きっとだれだってこうなる。

 煙が消えた後には、メモの代わりに小冊子が置かれていた。

「そういう魔法はいらないんだよなぁ」

 呟きながら、恐る恐る小冊子に手を伸ばし内容を確認する。


 書いてあることは、大きく分けて四つ。


 一、この部屋を含めた扉の先の店舗は、スキルを身体に馴染ませるための初期訓練施設であること。

 二、手に入るスキルはメシポイントを消費して食べ物を召喚することができ、上手く進化すれば関連する他のことも可能になること。

 三、返済額は引き出しの中の端末で常時確認可能、借金返済が終われば元の世界へ戻れること。

 四、ここ異世界と元の世界では、時間の流れが違うので返済できれば以前の生活にもどれること。


 こんな感じだった。

 知らない『メシポイント』という単語に首を傾げる。


 何度か繰り返し読み、詐欺の契約書のようにどこかに罠がないかしっかりと確認する。騙された直後なので、慎重にもなる。

 ページの隅っこをみたり、光に透かしてみたが隠された要素は見つけられなかった。

 とりあえず確認作業は終わったので、慎重に小冊子を机の上に戻したが今度は何も起きなかった。

 警戒していただけに、すごく悔しい気分になる。


 いつまでも机を見ていてもしょうがないので「さてと」と呟きつつ、机の引き出しを開け小冊子に書いてあった端末を探す。

 始めに開けた一番上の段でそれらしき物を発見。

 八インチくらいの一般的なタブレット端末のように見える。色は白。

 恐る恐る端末を取り出し、電源スイッチを探し起動させる。

 画面が明るくなり魔法陣の様な模様が浮かび上がると、そこから箒に乗った可愛らしいイラストの少女が登場。画面上の少女が少しずつ成長していき、「ウィッチーズ!」という音声と共に妙齢な魔女へと変化した。

 そのままこちらに手を振るような仕草をして魔法陣へと消えて行くと、画面上での動きは無くなった。


「なんか無駄に凝ってるな」

 まずは入っているアプリの確認でもしようと、右手の人差し指で真ん中あたりに映っている魔法陣に触れると、ピリッと冬の静電気の様な痛みを感じた。

 見慣れたタブレット端末という形に少々油断していた……。


 画面上では『個人認証完了』と表示された後、よくあるホーム画面へと変化した。

 悔しいけれど悪戯のようなものではなく必要な作業による痛みだったため、一瞬イラついただけで気持ちは収まった。ただ同時に「小冊子に書いておけよ」とも思った。


 端末に入っているアプリのアイコンは五つ。


『召喚』と書かれた魔法陣のアイコン

『店舗』と書かれたお店のアイコン

『収支』と書かれたコインのアイコン

『マジジャン』と書かれた黒猫のアイコン

『連絡用』と書かれたカラスのアイコン


 導かれるように、一つだけアイコンに数字が書かれている連絡用をタップする。

 開かれたアプリには「現在対応することはできません」という激しくどうでもいい内容が発信時間と共に表示されていた。有名アプリのトークのようで分かり易くはある。


 次は、無難に店舗を選択。

 このアプリは、お店の設備などを購入したり変更するための物のようだ。

 現在はレベルが「一」で、出来る事はなさそう。


 三つめは、収支。

 アプリを開くと、まずは説明が表示される。

 弁当屋としての売り上げと、それ以外の端末を利用しての購入品なども見られるようだ。後者に関しては、自動で処理してくれるらしい。

 あとは、借金額が表示されている。七百円のようだ。一安心というか「楽勝」と思ったが、注意書きがあり「一億ウィッチ=百円」となっている。

 数字をみて、すごく嫌な予感がした。これは七億稼がないと帰れないということだろうか……。

 しかも一億の後に付いている「ウィッチ」という単位。脳内で単位を記号化すると、こちらを馬鹿にしているようで怒りを覚える。ネット世界に生きてきた者としてはイメージだけで脳が反応してしまった。


 貨幣価値についてまだ知らないので、一旦置いておいてお待ちかねの召喚へ。

 メニューとメシポイント残量が確認できるようだ。

 メニューをタップすると、またしても説明が表示される。

『メニューに表示された物をメシポイントと引き換えに召喚することが可能です』

 文脈から読み取ると……!

「メシポイントってお前、所謂マジックポイントとかマナポイントのことかよ!」

 思わず誰宛てかもわからないツッコミが出た。


 気を取り直して、メニューのチェック。

 現在召喚可能なのは「塩おにぎり」のみ。消費は「一メシポイント」。

 俺は現在十メシポイントあるようなので、塩おにぎりを十個召喚可能だ。

 試しに一つ呼び出す。

 端末から光る魔法陣が飛び出し回転を始めた。

 回転が終わると、光も収まり魔法陣の上に塩おにぎりが現れた。


 しばし見つめていると、魔法陣が消え塩おにぎりが落下を始めたので慌ててキャッチ。

 少し形が崩れたが、なんとか床に落とさずに済んだ。

 まじまじと呼び出された塩おにぎりを見てもおかしなところはない。不思議なのは、程よく温かいくらいか。

 今後これを売ることになるので、まずは覚悟を決めて自分で食べてみる。

 まずは一口。

 うん。至って普通の塩おにぎり。塩加減も申し分ない。

 丁度お腹も減って来ていたので、そのまま残りを口に放り込むと乾いていたためか喉に詰まった。

 

 苦しみながら、急いで水道を探し蛇口から直接水を飲み、おにぎりを流し込んだ。


 異世界初日、いやスタート前にいきなり死ぬところだった……。

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