弁当屋『ウィッチーズ』
鈴寺杏
第1話 弁当
スマホにセットしていたアラームが鳴り響く。
ズボンのポケットを触り財布の確認。ヨシ!
そのままスマホもポケットに入れて玄関へ。玄関脇の壁に掛けてある鏡に映った自分を見て、ふと前髪伸びてきたなと感じる。
ドアを開け、廊下に出たらしっかり施錠。
辺りはすでに暗くなっている。
アパートの階段を駆け下り、駐輪場へと向かう。
そのまま愛車のママチャリに乗り込み、目指すはスーパーマーケット。
途中煌びやかに装飾をされた店や、美人姉妹がやっていると評判の弁当屋の横を通り過ぎ、十五分かけて目当ての店に到着。
駐輪場に自転車を止めると、スマホの時間を確認。丁度二分前。予定通り。
店内に入り、弁当売り場へと向かう。
ターゲットはもちろん半額弁当!
二十パーセントオフではまだ買えない!
なんせ今月もギリギリまでゲームに課金して食費が少ない。
ある種底辺大学生。冴えない容姿なのも金がないせいだ。
目的の売り場には、数人の客と見慣れた顔のおばちゃん。
この店に通い始めてからの俺のライバルたち。
おばちゃんの買い物かごには、すでに半額へランクアップする前の弁当が入っている。
くっ! なんて卑怯な!
夜八時を過ぎ、残りが少なくなっている不人気弁当以外を独り占めするつもりか!
しかも、俺の狙っていたトンカツ弁当も確保されている。
トンカツ弁当くんは、他より少々値段設定が上のため売れ残ることが多い半額エリート。中年層より上になると油物がきつくなるというのも売れ残りの理由だろう。
だからこそ、俺の親友でもある。
「あのー。ちょっとそれズルくないですか?」
おばちゃんのかごの中を指さしながら、思わず声をかけてしまった。
「はい? いきなりなんなの。遅れてきたあなたが悪いんじゃない?」
「いや、かごに入れて確保って反則でしょ」
「はぁ? そんなに言うなら店員さんが来たら聞けばいいわ」
「わかりました。そうします」
およそ一分後、いつも通りの時間に惣菜担当の店員がやって来た。
彼とは数か月になる付き合いだ。
「あの。かごにいれてシール待ちって反則じゃないんですか?」
先程と同じように、おばちゃんのカゴを指さしながら店員のお兄さんに聞く。
「あー。早い者勝ちってことで」
「ほらー。アタシ悪くないじゃないの。酷い言いがかり。いやんなっちゃうわ」
そのまま店員のお兄さんは、おばちゃんに差し出された弁当に半額シールを貼っていく。
その他の弁当や寿司にも素早く貼り終わる頃には、おばちゃん含めハイエナたちに荒らされたほぼ何もない売り場となっていた。
どうしても納得のいっていなかった俺は、店員さんの作業が終わるのを待っていた。
彼のシール貼りが終わったのを見計らい声をかける。
「あの。以前他の方の時、注意されてたじゃないですか。ルール変わったんです?」
彼は周囲を見渡してから手招きをしたので、近づく。
すると小声で話し始めた。
「えーと、すみません。実はあの方店長の知り合いなんですよね。で、どうも昨日あなたにからあげ弁当取られたって苦情が入ったみたいで……。だから自分じゃ言えないんですよ」
「え? それでアレですか?」
「はい。それでアレです」
お互いに顔を見合わせ、呆れたような疲れた顔をしながら軽く頷いた。
そして、店員さんはもう少しだけ補足をしてくれた。
なぜ俺以外の人が「おばちゃんの件を指摘しなかったか」という理由も話を聞いて理解した。他の人達は、すでに俺と同じようなことを経験済みらしい。
なんというか納得いかない気持ちはあるのだが、だからと言って彼に言ってもしょうがないのは理解している。
当然、店長に苦情を入れても意味がないどころか、最悪出入り禁止もありえる。
大人しく引き下がるしかなかった。
最悪反対方面にある牛丼屋で晩御飯を買うことも出来るが、それをしてしまうと計算が狂う上に、負けた気がする。
他人から見ればしょうもない理由かもしれないけど、俺は色々入ってる弁当が好きなんだよね。
かと言って、近隣の他のスーパーは別の組織のシマだ。安易には踏み込めない。
トボトボと自転車で帰宅中に、行きに見かけた弁当屋の光が目に入った。
ここのお弁当は、千円前後するので一度だけ買ったことがあるが美味しかった。今だって弁当屋特有の油の混じったとても良い匂いをさせている。
予算的に買うことは出来ないが、何となく店の前で止まりカウンター周辺のメニューを眺めてしまった。
「いらっしゃいませ」
ビックリした。妹さんの方に声をかけられた。
店のカウンターからは二メートルほど離れていたので、声をかけられると思っていなかった。
申し訳ない気持ちを胸に抱きながら、会釈だけはしておく。
迷惑になりそうなので、すぐにこの場所を離れようとしたところで、さらに声をかけられた。
「今日は、スーパーのお弁当買わなかったんですか?」
「え⁉」
「いえ。いつもここを通られるので、見ていたんですよね。ごめんなさい」
「あ、いえ。全然大丈夫です。そうです。今日はちょっと買えなくって」
「よかったら当店のお弁当どうですか? もうすぐ店じまいなのですが、今ならまだご用意できますよ」
「あぁ、えっと……」
すぐに「それじゃあお願いします」と言えればよかったのだが、迷ってしまった。
そんなやり取りを店内の奥から見ていたお姉さんが、会話に参戦してきた。
「あれでしょ、若いからお金無かったりとか? 残り物で良ければ安くしてあげるわよ。スーパーでいくら使うつもりだったの?」
一瞬答えるか躊躇し視線を右上に移した後、お姉さんの方を見ると不思議と声が出ていた。
「えーっと、三百円くらいですね」
「じゃ、今は三百円でいいわ。出世払いね。ちょっとそこで待ってなさい」
「えっ。いや、悪いですよ」
「いいのいいの。若い子が遠慮しないの」
そういうと二人はキッチンに入り、作業を始めてしまった。
お二人のご厚意を無碍にすることもできず、自転車を止めて財布から三百円を取り出し黙って待つ。
「お待たせ。はい、今日は三百円になります。消費税も出世したら払ってもらおうかな」
「ありがとうございます」
「早く帰って温かいうちに食べてね」
「はい。それじゃ失礼します」
姉妹から弁当を受け取ると、感謝の気持ちを抱きながらも恥ずかしさから急いで帰宅することになった。
家に帰り、安くしてもらった弁当をビニール袋から取り出し食べ始める。
うまい!
からあげに、玉ねぎたっぷりの豚肉の生姜焼き、更にはトンカツにサラダと漬物まで付いている。今となっては珍しくなりつつある白米と梅干しのコンビも良い。
おそらくかなりサービスしてくれていると思う。
一心不乱に食べ進めると、お腹が満たされたからか眠くなってきた。
風呂は明日にしようと思い、ハミガキだけ終えベッドに向かうとそのまま布団に入ることにした。
目を瞑り、ぼんやりとした意識の中で先程の件を思い出す。
お弁当を渡してくれた時に見た、とても優しそうな美人姉妹の顔はしばらく忘れることができないだろう。
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