『暁と黄昏のアライアンス』

第48話 挑発(2)

「そこの『オーク』さんは、抜けてくれない？」

「……！」

「『オーク』、だと？」

オークっていうと、ファンタジー小説なんかでよく出てくるモンスターだろう。以前遭遇したコボルドのように雑魚っぽいモブで出る時もあれば、人類と対等に立ち向かって戦う立派な種族として出る時もあるが…いずれにせよ、人間とははっきりと区別されるモンスターである。

だが、どうしてウズクマルタカをそう呼ぶんだ？ 彼はどう見ても確かな人間なのに。

「ホウジは分かってないかもしれないな。オークはこの地方に代々伝わるおとぎ話の妖怪だぞ。実は妖怪とも呼べない、獣のような存在だ。そして我が連邦民を…」

「その『連邦』と自分を名乗る、こんな黄金のような地に代々住みながらも、何の進歩も成し遂げられなくて、帝国や王国に頭を下げることしかできない、このろくでなしたちにぴったりのあだ名じゃないか。そうだろう、ホウジさんよ！」

イマールは憎らしくけらけら笑った。

「そんなオークなんかには用はないんだよ。放してやるからさっさと消えろ。どうせバレンブルクでうろついてるのも、小銭でも稼ごうと来たんだろう？だから、さっさと行ってつまんない依頼でも探しに行けって言ってるんだよ。このオーク！」

「ウズクマルタカさん。」

これまで冷静に落ち着きを保ってきたウズクマルタカさえも、ファルシオンのグリップを握った手が震えるほどの挑発だった。そんな彼に向かって、後から清らかな声が聞こえてきた。ミルだった。

「今、あの者の狙いは二つです。 一つは、私たちの中で一番強そうなウズクマルタカさんの戦意を失わせて帰らせるか。もう一つはむしろ理性を失わせて戦闘力を弱めることです。」

「承知している。」

「どうせこれは警備隊の管轄です。ウズクマルタカさんはあくまで部外者です。私や、ホウジとは違って。」

「だから、黙ってじっとしてろって言ってるのか？」

「だから、警備隊の副官の名義で依頼を発注することにしましょう。書面ではなく口頭発注なので証人はホウジとメイ、二人にします。

依頼内容は「人身売買団の討伐」。代金は500ブル。引き受けますか？」

ウズクマルタカの目から激しく燃え上がっていた炎が消えた。

しかし、それは彼の怒りが静まったという意味ではなかった。まるで津波が押し寄せる前に水が抜け出るように、嵐がくる前に空気すら息をひそめるように、ウズクマルタカの闘争心とプライド、そして誇りが爆発を起こす準備をしていた。彼の中にただ暴れ回っていた怒りが向かうべき方向を、ミルの依頼が示してくれたのであった。

それは静かに時を待っていた、今まで見たことない「戦士」としてのウズクマルタカが目を覚まして翼を広げる儀式に近かった。

「ふぅ、確かに引き受けるぞ。 その依頼！」

まるでブレスを噴き出すように依頼を引き受けたウズクマルタカは、一度大きく手を振り回されて勢いよくファルシオンを引き抜いた。重みと鋭さを併せ持つ柔らかな曲線が殺伐とした光を放つ。

不良などが握って振るダガーや短剣などとは比べものにならない冷酷で破壊的な威厳が空間を支配する。

一瞬で変わっていまったこの場の空気を感じたイマエールが手で額をあたって首を横に振った。

「はあ……これだからオークどもとは話が通じないんだ。身の程をちっとも知らないくせに、無駄なプライドだけは高いんだよ。」

「よくわかったよ、イマエール。」

「何だと、ホウジ？」

「そもそも、おまえなんかの子分になること自体が論外だけどな。それ知ってる？ おまえが他人を見下すように、私から見ればおまえこそもっとも下らないんだよ。おまえみたいなクズどもは死んでもこっちから遠慮するぜ。」

イマエールは鬼のような顔になって何か叫んだ。あれ？なのになんで聞こえないんだろう？ いや、聞こえてはいるけど。でも全然分からない言葉で言っている。

「……本当、口の汚いやつだわ。」

「ミル？インマエールが何言ってるか分かる？私には全然分からないけど？」

「汚い悪口を言ったわ。 多分、該当する日本語がなくてホウジには伝わらなかったようだね。」

該当する日本語がなくて、魔法の力が翻訳をあきらめるほどだと？ いったいどんな悪口だろうか、私は首をかしげた。

しかし先延ばしのイマエールの言葉を理解したのか、冷ややかな嘲笑を浮かべた。何であいつはあんなにゆがんだ笑顔すら美しく見えるんだろう？

「申し訳ないね、イマエール。あなたの汚い言葉は私たちに何の役にも立たないみたい。ここのホウジは、それがどういう意味かさえも分からないだろうし、私にとってはその程度の悪口は痛くもかゆくもないわ。」

礼儀正しいふりをしながらも皮肉るミルの言葉に、イマエールは言葉を失ったようだった。しかし、そこで終わたんじゃなかった。

「そんな卑劣なこと、汚いことしか言えないなんて、本当、あんたをそんな風に育てた母親と父親の顔が見てみたいわ。」

「何......！？」

イマエールの顔が真っ赤になった。私でさえもあきれるほどの暴言。しかし、ミル本人は穏やかに話を続けた。

「あら、ごめんなさい。あなた様の様子を見ると、父親がいなかったのかしら？」

「貴っさ…ま…」

「それとも、父親が多すぎたとか？」

「クアァァッ！ あのメスをバラバラ切り去ってやる！こらぁぁ！何をしていやがる！

あの汚い奴ら全部ぶっ殺して女だけ連れて来い！ あの女は直接殺してやる！ いや、いっそ殺してくれと言わせてやる！」

憤って荒れ狂ったイマエールは部下たちに向かって大声で叫んだ。

ほら、見ろ。ウズクマルタカさんとかメイもあきれた顔でミルのことを見つめているじゃない。多分、私の表情もあまり違わないと思うけど？

ミルはさっきまでとんでもない暴言を吐いていた人とは思えないほど爽やかな声で言った。

「さあ、もう来るわよ。 準備しよう。」

何だか、すっきりしているように見えるのは私の気のせいでしょうか、ミルさん？