第7話 コバフ (5)


鞘の重みがなくなって手はいっそう軽くなった。だが、鋭く輝く刃を見て、私は肌に粟を生じた。今思いついたことだが手に持っているのは私が生まれて初めて握る刃物であった。生き物の命を奪えるものを持っているという感覚で私はそのまま固まってしまった。


しかし、その剣光を見て固まったのはコボルドどもも同じだった。あいつらは本能的にこれが自分たちを殺めるものだってことを知っていた。


私はドラマなどで見た通り、剣をまっすぐ立ててコボルドたちと向き合った。きっとでたらめな体勢だろうが、剣っていうのは持っているだけで十分な威力を発揮する武器だ。それに、先ほどその剣を殴られて仲間が倒れる姿を見たコボルドたちは簡単に襲いかかることができなかった。


喉がからからに燃え上がる対峙が続いた。 私は2匹を交互に牽制するのに精一杯だった。 オルソンは一体いつ来るんだ?


「オーイ!オーイ!」


ちょうどその時、待ち焦がれていた声が聞こえてきた。


オルソンだった。彼の声だけでなく、緊急いでいる足音と兵器がぶつかり合うような鉄の音も聞こえた。オルソンは男たちと共に駆け寄ってきていた。嬉しさに私は思わず首を回した。

沙也が悲鳴を上げた。


「法次!」


このバカな私!

私がちょっと目を離した隙に、コボルドが飛びかかった。 私は慌てて剣を振り回したが、刃はとんでもなく虚空を切り裂いた。コボルドの歯が私の腰に突き刺さった。


「ああっ!」


酷い激痛が背筋を伝った。


足が緩んだが、何とか倒れることだけは避けた。奴に腰を噛みしめられたまま、私はその重みに振り回された。


リーチが長い剣はむしろ邪魔になってしまって私にできることはポンメルでやつの固い頭を叩くことだけだった。


「法次から離れなさい!」


「沙也!」


沙也は勇敢に鋤を持って、奴の後頭部を叩き落とした。


「落ちろ、落ちなさいよ! この野郎!」


沙也の顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。 歯を食いしばって必死に鎌を振るうたびに、コボルドの血があちこちに飛び散った。


コボルドもきつい奴で、真っ白い首の骨が露わにされるくらいになってからようやく私の腰から離れて死んだ。


「沙也!」


私の叫びに驚いた沙也は、丸い目を大きく開けた。


涙をぽろぽろ流している沙也の瞳を見て私は思わず可愛いと思ったが、その姿にうっとりしている暇なんかなかった。沙也の背後で、最後に残った一匹のコボルドが彼女の細い首筋を狙って飛びかかっていた。


「沙也、伏せろ!」


考えるより先に体が動いた。

状況に気づかず、ぼんやりと私を見つめている沙也の頭を左腕で包み込み、引き寄せるように後ろへ送り出した。 噛まれた腰が引っ張られてずきずきしたが、そんなことを気にする状況ではなかった。


さっきまで沙也がいた空間をコボールドの口が噛み砕いた。『パチン!』歯と歯が噛み合う嫌な音が聞こえた。 私は剣を握っている右手を振り回した。


- スッ!


音よりも先に、感触が剣を通して手に伝わった。肌を切って筋肉を裂いて入る感触は想像以上にずっと生々しく、だからもっと惨かった。


そんな最中でも剣は進行を止まらなかった。長い間使われてない刃だとは思えないほど、鋭くコボルドの体を切り裂きながら進んでいった。熱い血が噴水のように私に向かって噴き出した。


やがて何か鈍い音がした。それが内臓があふれ出す音だと気づいた時、私はいつの間にか地面に座り込んで真っ赤な血をそのまま浴びていた。


「きゃあああ, 法次!」


「足原君!」


「しまった!ホウジ少年!」


オルソンがいつの間にか近づいてきたようだ。よかった、と思いながら、私はそのままその場に倒れてしまった。


沙也が私を呼び続ける声が遥かに遠く聞こえてきた。.


「法次! しっかりして!」



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