第6話 コバフ(4)




コボルドだと?

ゲームやファンタジー小説のはじまりに登場して経験値を与えてくれるあの小っちゃいモンスターのこと?


しかし、私の甘すぎる考えは間違ったようだった。オルソンの顔は一瞬真っ白になってしまった。


「コボルドって、しばらく見えないと思ったら!」


「治安が良いって、言ったじゃないですか?」


「この2ヵ月の間、モンスターは 全く見えなかったよ! その程度ならいい治安じゃない!」


私は言葉を失った。 現代の日本で過ごしてきた私とこの世界の田舎の住民であるオルソンが持つ『良い治安』の定義は本当には雲泥の差があったのだ。 彼はさっきまで私と戯言を交わしていた人だとは思えないほど、素早くて強く指示を出した。


「早く行って武器庫のドアを開けておいてください! 私が男たちを集めて行きます。 そして、ホウジ少年、君は…」


オルソンは公民館の壁に飾ってあった剣を鞘ごと私に手渡した。


何気なく剣を受け取った私は、予想外の重みでふらふらと前に倒れるところだった。 野球バット二本くらいの重みが手首にずっしりと感じられた。


何だよ、これ飾りじゃなかったの?っていうか剣ってこんなに重い?


「手入れして結構過ぎってるから刃が付くかどうかは分からない!とりあえずこれでも持って先に畑に行って!分かった?これは脅威用だぞ! 絶対にコボルドとくっついて戦うな! 近い寄れないようにだけしてくれ!」


その言葉を残し、オルソンは公民館の外に飛び出した。 私も彼の後を追いかけた。 まぶしい日差しが目を強く刺してきたが、よそ見をする時間などない。


「確かサヤと瀬戸先生も畑で仕事を手伝っていると…」


畑の方に向かってひたすら走った。

突然の事態にいきなり向き合った胸がまるでハンマーを打つように騒いでいる。


剣を持った手がガタガタ震えて、すぐにでも落としそうだった。 両腕で剣を抱きしめて、むやみに足を動かした。 誰かがそのざまを見たら、とても見っともない恰好だと思っただろう。だが、そんなことを考える余裕なんかなかった。時間的にも、心理的にも。


公民館から畑まではそれほど遠い距離ではなかったはずだが、その距離を走る時間はまるで永遠のように感じられた。すぐに息がぐっと上がった。でも、止まるわけにはいかなかった。


なぜなら、遠くに沙也の姿が目に入ったからだ。


「ちくしょう!早く逃げろよ!何ばたばたしてんだよ!あのバカ!」


しかし、畑が近づいてくると、私はその理由が分かった。なぜ沙也と瀬戸先生だけでなく、他のおばちゃんたちも逃げていなかったのか。


「助けて! 助けてください!」


一匹のコボルドがとあるおばさんの足を噛んで引っ張っていた。 他の人たちはおばさんが連れて行かれないように力いっぱい抵抗していたが、コボルドは一匹だけではなかった。


他にも3匹のコボルドが女性たちを取り囲み,うなり声を上げていた。 彼女たちにできることは、コボルドが近づかないように小さな鋤を振り回すことだけだった。


初めて見る実際のコボールドの姿は予想を超えてもっと醜いだった。身長は私の腰までしかないほど小さいが、肩の上に人ではない犬の頭がついている姿は奇怪だった。それに人の形をしている体は醜悪な裸体で、さらに汚らわしかった。


「ウアアアア!」


大声で叫びながら突進した。

剣を抜くことすら考えずにただひたすらに走った。そのスピードを落とせず走ってきた勢いのまま、おばさんの足をくわえていた奴の腹を蹴り飛ばした。


「キャンッ!」


蹴られたコボルドはおばさんの足を逃して、まるでサッカーボールのように飛んで地面に落ちた。 飛んでいく奴の軌跡を追って皆の視線が上り下りする姿は、その最中にもなかなか愉快だった。地面に落ちて首でも折られたのか、奴はぐったりして動かなかった。


残りのコボルドたちは私を振り返った。 よく分からないけどあれはコボルド式の呆れた表情のようだ。


私はオルソンの言ったとおりに剣を棒のように振り回して奴らが近づかないように牽制した。


「法次!」


「沙也は早くおばさんたちを連れて逃げろ!オルソンさんがもうすぐ来るぞ!」


その言葉を理解でもしたのか、コボルドの一匹が逃さないと言うように歯をむき出して飛びかかった。 私はバットを握るように刀柄を持って力強く振り回した。


「キャン!」


偶然、コボルドの顔に向けられた剣先がそのまま頬を叩きつけた。コボルドの折れた歯が空を飛んだ。 コボルドは奇妙な方向に首をねじって、そのまま倒れ込んでしまった。


「くっ、鞘が!」


鞘を被せたまま剣をフルスイングしてしまったその勢いに鞘が飛ばされてしまった。 鞘は運動エネルギーを積んで、あの野原の向こうに飛んでしまった。


陽の下にその姿を現せた刃は、その光を反射して恐ろしい剣光を放っていた。

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