第6話 夢

 誰かが

 頭の

 中を

 覗いて

 居る。


 市岡神社謹製ウィジャボードを使用し聞き出した人形の個人情報は、以下の通りである。


 ・商品名は『美琦メイチー』、個体名は『夜明よあけ

 ・性別は、男女どちらかで決めるならば男性

 ・風松かぜまつ楓子ふうことの付き合いはここ5年ほど

 ・『美琦メイチー』という名称の人形は多く販売されているが、『夜明』はその中でも殊更特別な存在、限定品というわけではなく、『ベーシック』と称される常に販売されている形の人形である

 ・風松楓子とともにテレビ番組に出演したことがある

 ・持ち主である風松楓子が亡くなったことは知っていたが、自分が金属製の箱の中に入っていることは知らなかった

 ・(何か質問は? というヒサシの発言に対し)特にはないが、『美琦メイチー』ではなく『夜明』と呼んでほしい


 その晩、響野憲造は『美琦メイチー』──改め、キャストドール・夜明を自宅に連れて帰った。

 独身男がひとり侘しく暮らすマンションの一室である。夜明が入っている鞄をリビングのソファの上に横たえ、シャワーを浴びて寝た。響野の自宅にはリビングと寝室しかない。家では仕事をほとんどしない。集中したい時には祖父の店に行くことにしている。


 その夜。

 響野は夢を見た。

 悪夢だった。

 半ば覚醒していたようにも思う。金縛りに近い状態だ。

 誰かが、響野の頭蓋骨を開き、頭の中を覗いている。


「できるか?」


 問いかけ。

 どう返答すべきなのか分からず沈黙する響野の頭蓋の中を、冷え切った指先のようなものが容赦無く掻き回す。鈍い痛み。じわじわと責め立てられる、嫌な痛み。


「できるか?」


 はい、と頷いてしまった──そんな気がする。


「完璧に?」


 はい。


「絶対に?」


 はい。


「すべてが終わったら?」


 ああ、最後に簡単な質問がきて良かった。

 し、


 ──死にます。


「……っ!!」


 ヒュ、という音が喉奥から響く。覚醒する。


「あ……ああ……?」


 全身が汗だくだ。シーツも布団も、ぐっしょりと濡れている。失禁したのかと思ったのだが、どうやらそうではないらしい。これは全部、冷や汗だ。

 布団を蹴飛ばし、ベッドの上に足を投げ出して座り、肩で大きく息をする。

 今の夢はいったい何だ。


(しに……)


 それ以上思い出してはいけない、と思う一方で、現実を受け入れなくてはならないとも感じる。


 夢の中で響野憲造は死んだ。

 何者かの命令に従って、何某かの使命を終えて、死んだ。


 ゆっくりとベッドを降り、扉ひとつ隔てた向こうにあるリビングに向かう。冷蔵庫から炭酸水のペットボトルを取り出して、一気に飲み干す。空っぽの胃がチクチクと痛むが、それぐらいの方が良かった。

 今の夢は──


(いや、本当に? アレは夢だったのか?)


 ──市岡ヒサシに頼めば、解析してもらえるだろうか。

 ヒサシで手に負えなければ、市岡家長男、稟市を引っ張り出す必要があるかもしれない。


(でも、ただの、夢、かも)


 分からない何も。

 空になったペットボトルをシンクに放り投げ、響野は寝室に戻ろうとする。

 不意に、ソファの上を覗いてみたくなった。

 夜明は鞄の中にいるだろうか。

 鞄の中の夜明はどんな顔をしているだろう。


(鞄が開いていたら……どうする?)


 POP人形店の店長の手ですっかり綺麗にお召し替えをした夜明の藍色の瞳が、光を帯びていたとしたら──どうする?


(くわばらくわばら……っと)


 肩を竦め、ソファに視線を向けずに寝室に戻る。寝巻きを替え、濡れたシーツを剥がし、布団と一緒に床に丸めて置き、別の毛布を引っかぶって目を閉じる。

 次の眠りは、穏やかなものだった。

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