第3話 新宿、純喫茶カズイ
風松
「早かったじゃねえか。どっちが依頼人を怒らせたんだ?」
「いや依頼って言うけどねおじいちゃん。俺は会社に勤めてる記者であって……要はリーマンなんだよ! 探偵とかフリーランスの記者なんじゃないんだから、依頼も何も……」
「逢坂さぁん、これ何か分かります?」
祖父と孫の会話に、ヒサシは何の躊躇いもなく割り込んでくる。カウンターの上にハンカチを広げ、抱えて持ってきた人形を座らせる。逢坂は大きな目を更に大きく見開き、
「なんだヒサシ、それ、火事があった家から持ってきたのか?」
「なんか誰も気付いてないみたいだったから」
「
「あのおじさんには教えない方がいいよ。そういうタイプのなにかだよ、これは」
飄然と言い放つヒサシは「ところで逢坂さん、オレンジジュースくださ〜い」と呑気に注文をしている。響野は大きくため息を吐き、ハンカチの上にちょこんと鎮座する人形をしげしげと眺める。
大きさは……響野は人形のサイズに明るくないから大きいか小さいかを断ずることはできないが、三十センチ〜四十センチといったところだろうか。見るからに滑らかな白い肌。明るい桃色のセーターに、紺色の半ズボンを履いている。靴や靴下は身に着けておらず、投げ出された足は裸足だ。膝には関節のようなものがあり、曲げることができるのだと思う。燃えてしまう前の風松楓子邸の人形たちの中には、小さなソファや座椅子に腰掛けて飾られている者も多くいた。
「憲造、何か飲むか」
「あ、じゃあ、アイスティー」
「おまえたち、ふたりとも随分汗かいたんだな。干涸びたみたいな顔して」
「え……」
そんな自覚はなかった。思わずヒサシに視線を向けると、オレンジジュースが入ったグラスを空にしたヒサシもまた響野を見詰めていた。
「確かに、やたら喉乾くな。シャツもべちょべちょ。外すごい寒かったのに」
「原因は……」
あの家、と言おうとした響野の額をヒサシの指がものすごい勢いで弾く。痛い。
「言うな言うな。それで? このオニンギョさんの正体は?」
「痛ってぇ……俺だって人形に詳しいわけじゃないから分かるわけないでしょ!」
不服げに言い返す響野を無視して、ヒサシは自身のスマートフォンで人形の写真を撮っている。
「画像検索〜」
「文明の利器……」
「あっ、出た出た。あん?」
「なんすか。今度はなんなんすか」
「フリマサイトだ〜」
と、ヒサシが液晶画面を突き付けてくる。
そこには確かにフリマサイトの販売ページが映し出されており、風松楓子邸から連れ出した人形と同じ顔をした人形が幾つも売りに出されていた。
「風松さんって……ほんとに色んな人形を集めてたんだな」
「ていうか人形って高いんだね? 中古でも五桁かぁ」
しみじみとフリマサイトを眺めて判明したのは、ヒサシが持ち出した人形が中国のメーカー『梦葵娃娃社』の商品であるということ。『
「響野くん見てっ、これすげ、同じ顔なのに……中古なのに二十……万もするよ!?」
「ちょっと待って……ああ、これはなんかの限定商品なんすね? 世界五体限定ってほら、こっちのサイトに……」
「世界で五体しかないものを売りに出すなよ、勿体無いなぁ!」
「それはそれ、それぞれなんか事情があるんじゃないすか? ……風松さんの『
「こっちがそうかな? 風松さんのと同じ? ジャンク品って書かれてる……ジャンクってつまりどういうこと?」
ああでもないこうでもないとスマートフォンだけではなくタブレットまで持ち出して商品検索を続ける響野とヒサシに「おい、おまえたち」とマスターが呆れたような声を上げた。
「人形について調べるなら別にここでやらなくてもいいだろう」
「だっておじいちゃん」
「家に持って帰るのは怖い、か?」
銀髪を撫で付けながら、逢坂が笑う。図星だった。
風松楓子に対して悪感情はないし、彼女が愛していた人形についても同じだ。だが、風松楓子の関係者である眞一に無断で、ほとんど誘拐のような形で持ち出してきた人形をひとり暮らしの家に置くのは──少し、いや、かなり躊躇いがある。
「分かった分かった。じゃあ、人形は店に置いていい」
「マジで!? ありがとうおじいちゃん!」
「だが、ずっとは無理だぞ。ちゃんとこの人形がいったい何で……」
と、逢坂はヒサシに視線に向け、
「ヒサシ、おまえも何をどういうつもりでこの人形を持ち出すつもりになったのか、ちゃんと言葉で説明できるようにしろ」
「あーい」
気の抜けた声で応じたヒサシが、
「分かりやした。んで逢坂さん、俺まだ喉乾く。アイスティーくださいな」
「水にしろ」
「俺一応お客さんなのに……?」
そう、奇妙に喉が渇くのだ。
カウンターにちょこんと座る人形の丸い顔を見ていると、その渇きは次第に強くなってくるような気すらする。
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