第12話

 今日も、安永が不在だった。

そのことについて何か知っていないかな、とぶっきらぼうに尋ねてみたところ、畑中聡から、なぜか善悪の定義を持ち出されている。

「それは悪ですか?」

「善でも悪でもないんじゃない?」

 駐輪場には、いつものように鳥丘が待ち構えていた。で、あるならば、と稲賀は、畑中聡を駐輪場に同行させている。目には目を、鳥丘には畑中聡を、だ。

「こんにちは」

 稲賀から、挨拶を仕掛けた。

 明らかに鳥丘の方が年上であるのに、畑中聡がいると警戒心があるのか、稲賀には決して近づいてこない。

「意図的に、他人の肩にぶつかる行為はダメだと思いますよ」

 稲賀は鳥丘の出方を確かめようと近づき、先日の件を叱責してみた。

 鳥丘に、前回のような威勢はない。萎れたヒマワリを連想させるくらいには、背中を丸め、悄然としている。予想外の反応に、稲賀は対応に困ってしまう。

「あれは、ああするしかなかったんです。社会の縮図ですよ」

 鳥丘はその場を駆け足で離れて、自転車の整理作業を再開した。

押し込まれていない自転車を目ざとく見つけては、カシャン、と大きな音を周囲に響かせている。また一人の女性が、自転車を停めた。

 が、明らかにカシャンと言っていなかった。即座に鳥丘が、動く。

獲物を見つけたかのように目を光らせ、すぐに鳥丘は女性を引き留めている。野生動物を仕留める狩人のような俊敏さだ。

 しかし女性は鳥丘の呼びかけには応じずに、無視して駅の方へと進んでいく。その女性に、稲賀は見覚えがあった。

「東城さん。おはようございます」

 稲賀の挨拶に対して、東城は優しい微笑みを返してくれた。しつこく追いかけてきた鳥丘に対しては、しかめ面の状態で、何かを告げている。

急いでいるのか、結局、東城は自転車の位置には戻らず、早足でその場を去っていく。

威勢のあった鳥丘は、東城の一言により、従順な下部のような態度に切り替わっていた。

体育会系の上下関係を彷彿とさせるような雰囲気が二人には、ある。

 ただの客と警備員にしては変だな、と稲賀はそのまま、鳥丘の観察を続ける。

たった今、鳥丘は東城の自転車をカシャンとさせている。

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