第4話
「最初はよかったんです。理想論が中心の団体でしたが、それでも前向きに世の中をよくするために頑張っていました」
「最高じゃない」
「ただ」
「ただ?」
「日本の道路上でデモをする場合、法律上、事前に警察へと許可申請を提出する必要があります。知っていますか?」
デモなんて参加したことがないから知る訳ないよ、と稲賀が首を振ると、このクッキーは美味しいねえ、と萬城がどうでもいい感想を挟んでくる。
「ゲンさんが手続きをすると、デモの申請が却下されてしまいました。ちょっと前まで申請などはいらずに、同じことがやれていたのに非情です。それで参加者の反骨精神に火をつけてしまって」
ゲンさんって誰、と訊きたかったが、話が前に進まなくなりそうなので、とりあえずモヒカン頭の若者を連想しておく。
「それでラブアンドピースはどこへ行ったの?」
「無理やりデモを強行することこそが、稲賀さんのいう未来のラブアンドピースにつながると考えたんでしょうね」
「それはよくないね」
「ただ更に悪いことが続きます。そのデモがちっとも世の変化に影響を与えていないと参加者は気づいてしまったんです。現状を憂いた若者は、国の仕組みが悪いと思い至るようになりました」
みるみるラブアンドピースから遠ざかっていく団体を悲しそうに語る畑中聡を見て、ふむと、稲賀は一度、頷いてみたものの、それとリアル脱出ゲームに一体、何の関係が、と心の底から思った。
クッキーを、また手に取る。
萬城は店内の盛況ぶりを、ようやく客観的に観察していた。これはヘルプが必要かな、と渋々といった調子で、レジへ向かっていく。
「若者は己の正義を目指して、邁進していきます」
畑中聡の熱弁は、止まらない。
「ラブアンドピースは?」
「きっと、どこかにはあったんでしょうね」
「例えば?」
「デモの参加者にハートマークがありましたね。服のデザインですね」
「見せかけのラブアンドピースだ。服はハートで、行動は、激おこだ」
「違います。デモは説諭です」
「誰に対しての、さ?」
「世界に対して、です」
畑中聡は、店内を見渡している。
「もう一度『欠落のレッドアイ』を楽しみませんか?」
「嫌だよ。暑いし」
冷房の心地よさから、一秒でも離れたくない。
そもそもストーリーに起伏が少なく、喫茶店で紅茶を味わいながら、対話を中心に心情を見つめ直すようなゲーム内容だった。だが、終盤になると、一変する。
街中をやたらと歩き回らないといけない。
異常な構成だ。
あれのどこに、大衆の琴線を余すことなく触れてしまえる魅力があったのかと、稲賀は訝る。
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