第2話

「お久しぶりです。萬城ばんじょうさん」

「おお、稲賀くんだ。一年ぶりだねえ。海外の魅力をまとう男になったねえ」

 主に観光客向けの足袋を販売している店にも関わらず、建物全体がスタイリッシュだ。

海外の美術館を彷彿とさせるような洗練されたアイテムが、店内のそこかしこに置かれている。

「これ、お土産です」

「やっぱり魅力的な男になっているね。お土産をくれるのが、その証拠だ」

 日本人における足袋のイメージといえば、職人さんが使う靴だ。

ただ若者や外国人にとって、足袋はファッションアイテムとして機能している。

昨今、ぐんぐんと認知度を高めていた。

なにより萬城こそが、世界的に足袋の人気を広めている。ブームの火付け役だった。


「『欠落のレッドアイ』はどうだった、成功した?」

「失敗しましたよ」

「それは、残念だね」

 稲賀は一年間の海外留学から帰国し、手土産を持ち、家へと戻る前に、まずはと留学の直前までアルバイトしていた店を巡り、萬城が営む靴屋にも立ち寄っていた。

 雑談を挟み、萬城は稲賀が渡したばかりのメープルシロップがべったりと塗られたクッキーを頬張っている。

「挑戦してほしいことがあるんだよ」と萬城は、空いていた方の手で、外を指差していた。

 稲賀も黙って、ガラス張りの扉から街並みを見つめてみる。

「こっちのお土産はいらないんですか?」

「なんだい、紅茶かい?」

「いや、そっちじゃなくて。紅茶もですけどね」などと言い合っているうちに、店内の奥へと稲賀のトランクケースが強制的に片付けられていった。

泥棒も唖然とする早業だ。

「君が帰ってきたら、一緒に紅茶を楽しもうかな」

「帰ってきたらって、今、日本に帰ってきたばかりなんですけど」

 トランクケースが引っ込んだ代わりのようにして、畑中聡がぬっと店の奥から出てきていた。

萬城をスルーして、何食わぬ顔で、リアル脱出ゲームをしましょう、と店から、あっという間に外へ出て、街並みをスタスタと歩いていく。

 稲賀は一度、萬城に視線を向ける。が、萬城は既に接客へと戻っている。


それで大きな背中を目印に、稲賀は仕方なく歩き出していた。

 久しぶり、元気だったかな、などの微笑ましいやり取りはまるでなく、傍から見れば、ただの一軒家の前に突如として出現した長い行列に、畑中聡は当たり前のように並んでいる。

「これは何の列かな?」

 看板が出ていないラーメン屋かな、と推測する。お腹が減っていた。

「あの二人を見れば、分かります」

 畑中聡は近くにいた若い男女を指差している。

「またレッドアイに逃げられちゃったね」「だからこそ面白いんだよ」

 稲賀の横を通り過ぎていった二人は、何かの感想を興奮気味で語り合っていた。

「リアル脱出ゲームの感想かな?」

「あれだけのヒントで、よく分かりましたね」

 だって、それは、と口を開き、ゆっくりと閉口し、稲賀は一度、行列の長さを再確認する。つまり、これはリアル脱出ゲームを遊ぶために、並んでいる列らしい。

大人気だ。


「靴屋の中でも、稲賀さんがいない間に色々あったんです」

 そこから畑中聡は、稲賀の留学中に完成されたのであろう、店内で巻き起こった珍事件にまつわるエピソードトークを流れるように披露していった。

師匠と出会い、宿敵とやり合い、仲間が増えたらしい。

うん、うんと適当に相槌を打つこと数十分、ようやくゲームは開始される。

 レッドアイを懸命に追いかけ、二人の息は絶え絶えとなり、赤い目の女を探す気力は削がれ、最終的には見失っていた。

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