諦めない少女たちの結末 ①

「来いっ、化け物っ!!」


 その言葉とほぼ同時。

 轟音とともに、拳が襲いかかる。音が置き去りにされたと錯覚するほどの一撃。

 それに対し、カリナは得意の躱し技術で攻撃をいなす。


 化け物の拳が土を叩くと、爆弾が炸裂したかのような衝撃波が飛散した。

 食らえばあの世行きの一撃に、少女の喉から音が鳴る。


 数秒後。少女の視線に映る化け物に変化が起きた。

 あちらこちら周りを見渡していたのだ。どうやら、目が悪いらしい。


 カリナはそう判断した。

 彼女はチャンスだと考え、怪物の足元へと飛び込む。

 流れるような攻撃モーションで、鱗に守られた箇所に銀剣を振るう。


 だが――


「硬い……!」


 剣が怪物の皮膚に触れた瞬間、火花が散った。鋭く振った一撃が、まるで鉄の壁にぶつかるように弾かれ、刃はわずかに傷をつけただけだった。そのうえ、先ほど奴隷を殺した際に手に付いた血のせいで、刃が手元で滑り、さらに戦いにくくなっていた。狙い通りに動ける状況ではない。


「くっ……そぉ!!」


 カリナは歯を食いしばりながら再び怪物の攻撃をかわし、間合いを取る。しかし、怪物はまるでそれを予見していたかのように、再度巨腕を振り下ろしてきた。


 その一撃が地面に叩きつけられた瞬間、大地が裂け、土煙が舞い上がる。風さえもその力に呑み込まれ、一瞬で視界を失う。


(……まずい、このままだと、アリスが傷つくかもしれない)


 アリスを守りながら、単独で化け物を仕留める。

 非力な自分では難しい。的確な判断が必要だ。


 柔らかな部位はどこか――相手の動きと体の構造を冷静に観察しながら、カリナは瞬時に分析を進める。鋭い爪と硬い外骨格に覆われた身体は、無計画な攻撃をすべて跳ね返すだろう。


 しかし、その鋭い目は、確実に“穴”を見つけ出す。


(……足裏とうなじだ)


 カリナの視線は怪物の体を鋭く捉えていた。そこは、生物が動きを保つために柔軟性を必要とする部位。全身を覆う外骨格がどれほど堅牢であろうとも、関節部分や動きを司る部分までは完全には覆えない。足裏はその巨大な体を支えつつも、接地のために柔らかく作られているはずだ。うなじもまた、頭部の動きを補助するため、完全な防御とは程遠い。


(外骨格が鉱物のように硬化していないなら……そこが狙い目)


 冷静に怪物を観察しながら、彼女は即座に戦術を練り上げる。

 そして一瞬の静寂の後、口を開いた。


「みんな! 足裏とうなじを攻撃して!!」


 カリナの声は緊張感に包まれた戦場に響き渡る。


「なっ――!?」

「なんでてめぇが、指示を――」

「そんなこと関係ないでしょ! ここで戦わなければ、死ぬだけよ!!」


 カリナは檄を飛ばしてから、攻撃を避け始める。

 敵が自分を警戒しているが故、友達や無能な味方には攻撃が来ていない。

 つまり、相手に警戒されられれば一瞬だけでも隙は出来るはずだ。


 そんな考察をする少女に対し、無能どもは顔を見合わせる。


「……どうするよ」

「あいつが死んだほうが、俺的にはうれしい」

「でも、でもよ……少しぐらいならよ、やってもいいんじゃねぇか?」


 銀剣をカリナに渡した男が、後頭部を触りながら言った。

 周りの男たちが、肯定的な言葉を口にする男へ動揺した様子を見せる。


「はぁ!? なんでだよ!?」

「だってよ、今やらなきゃよ。俺たちゃ死ぬぜ? あいつよりも弱いし」

「だからって……今から死ににいくってのか?」

「今戦わないと、すぐに死ぬか、後で死ぬかの二択だ。どっちが高確率で生存するかは自明だろ。とにかく……戦わないなら逃げちまえよ。俺は、やってみるからよ」


 男は短剣を持ち、ふぅと息を吐く。

 同時に――男は走り始めた。


「うぉぉおおおぉぉおおおお!!!」


 男は声を荒げながら、無謀に突進する。祝福も用いない、直線的かつ単調な動き。そんな攻撃が、的に対処されない訳がなかった。 


 腕が風を切って、男の体を叩く。それにより、巨人に潰された亜人の死体のように体が潰された。ミンチのように潰された状況に、男たちは発狂する。


 仲間が死んだ最悪な結果。

 それによって、男たちが戦うという気力は無くなっていく。


「……どうするよ、みんな。下手にかかわると、邪魔になるぞ?」

「危険だな。最悪の場合、殺されるし」

「……美味しくないな。得もない、不利なだけだ」


 周りの者たちが、彼女の戦いを遠目から眺めている。敵が苦悶するさまと、武功を上げる決意は彼らに決断をさせた。


「……もう、あいつ一人でいいんじゃねぇかな」


 男の一人がしたのは、最悪な提案だった。

 奮闘する少女を見捨てて、おめおめと逃げ出すことを選んだのだ。

 もしここが軍であるなら、上官から即刻打ち首を食らっても可笑しくない。


「それも、そうだな。王女様ひとりで行けそうだしな」

「ていうかさ。俺たちは祝福もちなんだよ。代替えできる人間よりも、俺たちの方が非常に価値があるんだよな」

「そうだ……あぁ、そうだ! 俺は、生きるべきなんだっ!!」


 男たちは仲間の奮戦にすら心を動かされない。

 自ら戦場に出ると口にして、恐怖心で逃げることを選ぶほどの――赤子だった。


 男たちが奮戦する少女を見捨てて、逃げようとする。

 その時だった。

 

「待ってください!」


 一人の少女が立ち上がり声をかける。

 そこにいたのは、森の中で隠れていたアリスだ。


「神様から祝福を貰っているのに、逃げるんですか?」

「あぁ、そうだ。祝福された者は生きることがすべてだ」

「祝福を持たないガキと姫様のために頑張るなんて阿呆だぜ」

「そもそも、国のためとか全く考えてねぇしな!」


 男たちはへらへらとした態度で逃げようとする。

 

「ふざけないでくださいっ!!」


 男たちに、アリスが顔を赤くしながらキレる。


「なんでっ……! 祝福持ちのあなたたたちがっ、自分の力をちゃんと使わないんですか! カリナちゃんは、誰かのために頑張ろうって思って奮戦してるのに!!」

「うるせぇよっ!」

「ぐふっ!」


 男の一人が、アリスを殴る。

 木に背中から当たった少女の口から嗚咽が漏れた。


「なんだこのガキ。弱っちい癖に舐めたこと言いやがってよ!」

「あうっ!」


 アリスの膝に、苛立った男の蹴りがとぶ。

 バランスを崩して倒れる彼女に、男たちが笑う。


「お前が何を言おうと、無駄さ! お前ら一般人は死のうが、いくらでも替えが聞く! つまりゴミなんだよゴミ!」

「けつをふく紙切れにもならねぇ、役立たずのくせによ、いっちょ前に誇っているんじゃねぇよ! とっとと死にやがれ、この不細工が!!」


 そんな言葉を飛ばしながら、アリスの足へ蹴りを入れて去っていく。


「……いたい」


 アリスは泣きそうな顔で、蹴られた個所と殴られた個所をさする。


「……私だって、逃げたいよ。でも、でもさ……」


「友達が頑張ってるんだから、逃げるわけにはいかないよ」


 アリスは必死に一人で奮戦する少女を見て、決意した。


「私だけは……絶対に――逃げないから」

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