諦めない少女たちの結末 ②
「ブモゥ……グォォ……」
「…………」
二人の化け物による争いは、ついに佳境を迎えていた。
(相手の足、身体はかなり傷つけた。このままいけば、勝てるだろう。問題は、体力が減ってきていることだな。膝も足も限界が近い。短期決戦で終わらせる)
カリナ・トラナグルは、無言で白銀剣の刃先を向ける。
彼女は今、目の前の敵を討つことと、友を守ることしか頭になかった。かつての優しさや、仲間への思いやりはもうどこにも見当たらない。
「――」
彼女は、目の前の化け物に向けて、足を踏み出した。その動きはまさに一閃。わずかな時間で姿を消し、次の瞬間には化け物の背後に現れていた。人とは思えぬ動きに、化け物は一手遅れる。
彼女は神経の通ったうなじへ一撃を放ち着地する。化け物の体躯が一瞬だけ前へと揺らぐ。が、姿勢をすぐに直し、鋭くその目をこちらに向けた。その動きにカリナは驚き、直感的に一歩後ろに下がろうとする。
(まずい、足の体力が残っていない。受けるしか――)
もつれる足によって攻撃をいなせないと判断した彼女が、銀剣を間に差し込む。
だが、間に合わなかった。
巨大な体を揺らしながら、鋭い爪を振りかぶる一撃が、身体に衝突する。
骨が臓器ごと潰されるかのような痛みに、声をこぼす。
目が霞み、体中に倦怠感がはしる。
脳が揺れるような錯覚に、口から苦い胃液がこぼれだした。
息を吸おうとしても、胸が締めつけられ、まともに息をすることができない。まるで全身が重く、砕けそうなほどだ。
「……だめだ……」
心の中で声が響く。意識がどんどん遠くなり、全てがぼやけていく。動けない、自分がどうなっているのかも分からなくなる。ただただ、痛みと冷たい感覚に包まれていく。
だが、ふと、目の前にアリスの顔が浮かぶ。倒れた彼女の表情が、涙を流しているのを見て、カリナは力を振り絞る。
「……守らないと……」
カリナは薄く笑う。自分が死ぬわけにはいかない。仲間が待っている。アリスを、王国を、守らなくてはならない。
(――絶対、助ける。そのために、来たんだ……!!!)
その言葉を心の中で呟きながら、再び白銀剣を握り直す。足が震え、立つのもやっとだが、それでも彼女は立ち上がろうとする。痛みが全身を駆け巡る中、剣を持つ手が震えている。しかし、カリナはそれを無視して、前へ進もうと足を踏み出す。
足元がふらつき、視界が歪む中、カリナは無理にでも前進しようと必死に力を込める。全身に痛みが走り、視界がぼやけていく。けれど、思いだけは強くなっていく。
(死なせない。絶対に、アリスを死なせない!!)
決意を瞳に宿し、瞬歩を行おうとした時だった。
不穏な音がカリナの耳に響く。
ミシミシとなる音に、視線を向ける。
そこにあったものを見て、彼女は呆気にとられた顔を見せる。
木が、倒れてきていたのだ。
しかも、自分の視界には入り、敵には視認できない状況となっている。
カリナの頭に、一つの解決策がよぎる。
(いけるかもしれない……!)
カリナは剣を構えながら、敵に殺意を向ける。
敵は下品な笑みを浮かべながら、目の前の敵に対して最期の一撃をくらわせようとする。
つまり――敵は、気が付いていなかったのだ。
「うぉぉぉぉおおおおお!!」
カリナは大声を出しながら木が倒れる音を塞ぐ。
そして、相手の腕なぎ攻撃を全力で回避した。
敵が呆気にとられ、カリナの方へ眼を動かした直後――
「グエエエエェエエエッ!!」
予想外の一撃に意識を奪われた化け物は――骨が折れる音を出して倒れる。
「死んで……いるのか?」
呆気ない終わりに、カリナが動揺する心情を出すような言葉を言う。
いったい誰が、倒したのか。
そんな疑問を抱いていると、一人の少女が姿を現した。
そこにいたのは、顔と足にあざを負った、アリスだった。
「アリス……!? そのけがは、どうしたの!?」
カリナはアリスに近寄り、青色に腫れた傷たちを見る。
「まさか、あのクズたちが……?」
「まぁ、そうだね」
「…………殺す。今から、殺しに行くわ」
カリナが鬼の形相で殺意を出す。
少女らしからぬプレッシャーのためか、森がざわざわ揺れる。
「大丈夫だよ、カリナちゃん。少しぐらい、我慢できるから」
「でも、そのケガだと戦うのは……」
「……あ、確かに――いたたたた……」
アリスが傷口を抑えながら地面に座る。
「あ、ごめんごめん。ちょっと、無理しすぎちゃったみたい」
「……もしかして、アリスがさっきのやったの? でも……どうやって?」
「これで、やったんだ」
彼女の手に握られているのは、普通学校兵士に与えられた短剣だ。刃先はかすかに光を反射しつつも、木材の破片によって少しばかり傷ついていた。
「……大変だったでしょうに」
「まぁ、それなりにね。でもさ……カリナちゃんが頑張っていたからさ。あきらめる気は、さらさらなかったよ」
アリスは立ち上がり、微笑む。
「カリナちゃんのおかげだよ。私が……絶対に諦めないって思ったのは!」
「――そう。それは、良かった」
アリスの言葉に、カリナはふわりと微笑む。その笑顔には、普段の冷徹な王女とは異なる柔らかな表情が広がっていた。アリスの言葉一つ一つが、まるで自分を温かく包み込んでくれるように感じられる。
「私はいつも、もらってばかりね」
カリナは少し恥ずかしそうに、視線をわずかに下に向けながら呟く。自分がアリスに頼り、支えられ、救われていることを自覚しているからこそ、その言葉が胸に響く。しかし、アリスはすぐに反論するように言った。
「そんなわけないよ! カリナちゃんは、私の誇りなんだから!!」
その真剣な瞳がカリナを見つめ、言葉に込められた思いが伝わってくる。アリスは確かに成長し、今では自分が支えるべき存在として立ち振る舞っている。その姿に、カリナは深い感動を覚えずにはいられなかった。
「――フフッ、うれしい。そんなこと言ってくれるなんて」
カリナの表情が、少しだけ柔らかくなる。先ほど死闘していたとは思えないほど穏やかな時間に、思わず口角と警戒が緩む。
「ねぇ、アリス。一つ聞いてほしいことがあるの」
「なに?」
「もし、この戦争が終わったら……私の、使用人にならない?」
「……え?」
アリスが目を丸くして呆けた声を出す。
カリナは少し照れくさそうに視線を逸らした。
「つまり、私の側にいて、色々と手伝ってほしいの。王女として、あれこれと忙しいことがあるから、あなたの力が必要だと思って……」
カリナは軽く息をついて、続けた。
「もちろん、無理にとは言わない。やりたいことがあるならそっちを優先してくれればいいし、私だって友人の道を塞ぐほど、自分勝手じゃないから」
アリスはしばらく黙って考え込み、そしてほんの少しの間をおいてから、ふっと笑顔を浮かべた。
「カリナちゃん、そんなの……私、喜んでなるよ!」
その言葉に、カリナは驚きと同時に胸が温かくなった。人を殺し、化け物を殺し。普通であれば前科者である自分を、こうも愛してくれたのだ。
「本当に?」
「うん!だって、カリナちゃんがいなければ、私はここにいなかったと思うし、カリナちゃんが私を必要としてくれるなら、私はずっとそばにいるよ!」
アリスがカリナの手を握り、はしゃぐ。彼女のかわいらしい様子を見て、思わず顔が緩む。
「……ならさ! 前に話してたこれ、カリナちゃんにあげるよ!」
アリスは母からもらった髪留めを外し、手渡した。
「それは、もらえないよ。だって……」
「いや。貰って! だって、これから先……カリナちゃんには、苦難の道が待つはずだもん。ならさ……受け取ってよ! きっと、幸運が待っているはずだから!!」
ダメ押しといわんばかりにそういわれた彼女は、少し悩んだそぶりを見せてから、黒色の長髪を髪留めでまとめる。男勝りな印象に、少しばかり女性らしさが追加された。
「いいね! やっぱり似合ってるよ!!」
ふふん、と自慢げに胸を張るアリスに対し、カリナは頬を赤めてそっぽを向いていた。
それ故に、気が付かなかった。
「カリナちゃん、危ないっ!!」
その声と同時に、アリスがカリナを突き飛ばす。押された少女が傾斜となった地面を転がる。瞳がぐるぐると移り変わる視界をとらえる中、彼女は――見てしまった。
手りゅう弾が彼女の左肩に当たり、爆発する様子を。
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