軽んじていたのは
爆風の衝撃に、大地が揺れた。耳をつんざくような轟音とともに、視界が暗くなる。爆発の中心から放たれた熱風に、身が焼かれる感覚が広がり、皮膚がチリチリと痛んだ。衝撃波が身を貫き、耳鳴りが止まらない。爆音が次第に収まるとともに、静けさが戻ったが、その静寂もすぐに不安を呼び覚ます。
カリナは、軋む筋肉を無理に動かし、立ち上がる。その瞬間、足元に瓦礫や砕けた木々が散乱しているのを見て、思わず顔をしかめる。強い衝撃で地面が割れ、目の前に煙が立ち込めている。何かが焼ける匂いが鼻を突き、口の中が乾いていく。
「アリス……! アリス! どこ!?」
煙と埃で視界が悪い中、名前を叫ぶ。心臓が鼓動を速め、焦る頭が最悪を想像させる。
「アリス!」
その声が虚しく響く。何も答えは返ってこない。彼女は、足元の瓦礫をかき分け、必死に前進を続けた。けれど、その先に待っていたものは……。
「――アリス?」
左肩から腕をえぐられたアリスだった。抉れた体からは血がこぼれだしている。頭を打ったのだろう、目元は大きく見開いているだけで、人間のような生理的現象は、一つも見て取れない。
「……ウソだ」
カリナがぽつりと、言葉をこぼす。
感情の荒波が、黒い津波となって押し寄せる。
「うそだ、うそだうそだうそだぁああああああぁああああ!!!!」
叫びが、彼女の胸の中から絞り出される。感情が暴走し、言葉にならない怒りと悲しみが一気に溢れ出す。声が震え、涙があふれ出し、彼女の顔は怒りと絶望に歪んでいく。何もかもが壊れたような感覚に襲われ、何かを叫ばずにはいられない。
カリナはその場に膝をつき、両手でアリスの体を抱き寄せる。その体は冷たく、もはや生命の気配は感じられない。彼女の手のひらを伝う血の温もりが、逆に胸を締め付けるように痛む。今まで自分が見てきた世界が崩れ去り、目の前に広がるのは、ただ無情な現実だけだった。
「あらぁ、しくじったなぁ」
そんな言葉を聞いて、彼女は顔を上げる。
「爆弾渡されてたの忘れててよぉ、巨体を倒すために投げたら、代わりの奴がおっちんじまったみてぇだなぁ」
「まっ、俺たち上流階級の人間じゃなければ、ゴミだしな! 死んだところで替えはきくさ!! はっはっはっはっはっ!!」
カリナの腕が、震える。強い振動が全身から昇る。
「はぁ――っ、にしてもよぉ。最高だな。国のトップの絶望顔だぜ? これだけで、飯は何杯でもいけるぜ」
「どうする? こいつもぶっ殺すか? 努力すらしてねぇくせに王女様だって理由で飛び級したゴミだしな。社会のお掃除につながるぜ」
「あぁ、そうだな! そうしよう!!」
男たちはへらへらと笑いながらピンを抜き、爆弾を放る。
放物線を描きながら落下する爆弾。対処が難しいそれを見て、一瞬だけ下がる思考をよぎらせる。が、出来なかった。アリスがいたからだ。
(――――――せ)
カリナの中で何かが囁く。
普通学校の仲間を捨て、一人で孤軍奮闘して、待っていたのは――友の死。
死という代えがたい結末に。
鎖によって抑えられていた冷静な思考が、金属音を立てて壊れていく。
(殺せ、殺せ、ころせコロセコロセコロセコロセェエエエエエェッ!)
少女の理性が、崩壊する。地面に転がる石を投げ、手りゅう弾を空で爆発させる。
それと同時、カリナが勢いよく地面をける。
泥土から踏み出したとは思えぬ速度に、敵が動揺する。
「まずいって! あんなに動けるの聞いてねぇぞ!!」
「くそが……噓ばっかじゃねぇか!」
「おい、切り替えろ!! 来るぞっ!!」
敵たちが顔を見合わせながら眉をしかめ、対峙する。
「――がぁっ!?」
男の一人が、苦悶の声をあげる。
「なっ、短剣だと!?」
「見えなかった……おい、だいじょう――」
男たちが武器を見て声を出すとほぼ同時。
苦悶の声を出した男の喉が、切り裂かれる。返り血で赤色に染まる少女の瞳には、光がなく。口元は一切動かない。まるで能面のようだ。
「くそっ、くそくそくそぉっ! 死んでたまるかぁっ!!」
純白の銀剣を抜き、男が横なぎする。
カリナはバックステップで下がった後、剣を振ったことで崩れた相手の腹を、自分の銀剣で貫いた。
「お”ぁ”ぁ”あああああああ”ぁぁあ”っっ!!」
「おい、大丈夫か――っ……ぁっ」
男の絶叫が森にこだましたかと思えば、地面に倒れる。
カリナは男がうめく中、剣を引き抜いた後――再度、突き刺した。
何度も、何度も、何度も、何度も。
「……ば、化け物……」
一人になった男が、下がりながら地面にへたり込む。
その男は、背筋が凍るような恐怖に囚われていた。目の前で仲間が次々と命を落とし、カリナの冷徹な手のひらに握られた白銀の剣は、彼女がどれほど無慈悲な存在であるかを物語っていた。
彼は必死で後退し、震えながら手りゅう弾を握りしめた。その手が震えるのを感じながら、何とか最後の力を振り絞って叫ぶ。
「待て! 俺にだって、……理由があるんだ! 俺だって、生きなきゃ――」
カリナはその叫びを聞き流し、冷たい目で彼を見つめる。返答はない。ただ、静かに足を進めるその姿勢が、もはや言葉よりも重く響いていた。
「……彼女だって、生きたかったんだ」
彼女の声は、まるで風が吹き抜けるように冷たい。一歩進むたびに、男の目は大きく見開かれ、心臓が高鳴るのがわかる。カリナは今、彼を殺す覚悟を持っている。
「くそったれぇぇぇぇええええええ!!!」
男は急いで手りゅう弾を投げようとしたが、その動作は遅かった。
カリナの剣が一閃し、彼の腕が真っ二つに切られた。
「ふぐぉぉぉぉっぅぉおおお!!」
亡くなった腕から血液が流れだす。どろどろと零れる血は、腐りきった男の醜悪性を表しているようだった。カリナは、男のもう一方の腕も裂き、地面に倒れさせる。
「ま、待て! いやだ! その死に方だけは嫌だぁ!! 金ならやる! だから、助けて!!」
男は、最悪の状況を理解し、芋虫のように野垂れまわる。が、彼女はそれに反応するそぶりを一つも見せない。情を捨てた彼女は、手りゅう弾のピンを抜き、男の口へと差し込む。
男が苦悶の顔を浮かべて吐き出そうとするが、口深くまで押し込まれたそれは抜けなかった。男は嗚咽を漏らしながら、頭ごと死体をあたりに飛散させる。
「……最後まで、最低だったな」
せん滅を終えた彼女は、骸となった友人のもとへ向かう。
「敵は取ったよ……アリス……」
その言葉が、静かに響いた。無力感と深い悲しみが込み上げる。
力強い気持ちで誓った「絶対に守る」という言葉が、空虚なものに感じられて仕方なかった。
涙が頬を伝い、地面に落ちる。その涙は、誰にも見せたくないという思いを込めるように、静かに、そして無情に流れた。
「ごめん、アリス。私、あなたを守れなかった……」
自分の無力さを感じながら、カリナはその場に膝をつき、友人の冷たい手をそっと握り、光のない目を見つめながら、ただただ懺悔する。
そのことを理解し、覚悟していたはずだった。
けれども、実際にその瞬間が訪れると、理屈では割り切れない深い悲しみと無力感が押し寄せる。カリナはその現実を、胸の奥深くに刻みつけた。
驕り、または過信。自分はどれだけ冷徹で、どれだけ強くなったとしても、命の儚さには勝てない。仲間を守れると思っていた。アリスを守れると思っていた。
(なんでだ――)
(なんでだ、なんでだ、なんでだなんでだなんでだ!?)
地面をこぶしで殴りつけ、蹲る。だが、骸と化した仲間が蘇ることはない。
『戦争は、簡単に死ぬからな。永遠のお別れになってからじゃ、辛いぞ』
むなしい気持ちとともに、かつて男から言われた言葉を思い出す。
(あぁ――軽んじていたのは、私だったんだ)
カリナは、絶望しながら剣を地面に突き立てる。
最早、生きる意味はないと思い――剣先へ重心をかけていった。
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