デターミネーション
カリナは静かに短剣を構えた。その瞳には迷いの色など欠片もない。ただ守るべき者のために振るう覚悟だけが、そこに宿っていた。
正面に立ちはだかる獣亜人たち――。奴隷として虐げられた彼らは、ボロボロの身なりのまま飢餓に苦しみ、目には血走った光が宿っている。武器を持たない代わりに、鋭い爪と牙を剥き出しにしながら唸り声を上げ、野獣のごとくカリナを囲んでいた。
だが、少女は怯えなかった。足元をわずかに踏み締めると、風が吹き抜けるように空気が張り詰める。
最初に動いたのは、一体の獣亜人だった。やせ細った体からは想像できないほどの速度で地面を蹴り、牙を剥き出しにして突進してくる。
「……遅い!」
カリナは瞬時に動いた。剣閃が月光のように鋭く閃き、獣亜人の喉元を正確に裂いた。血しぶきが舞い、亜人は苦しむ間もなく崩れ落ちる。
仲間が一体倒されたことで、他の獣亜人たちが一斉に襲いかかった。だが、それは飢餓による焦燥と怒りの入り交じった、無秩序な突撃に過ぎない。
カリナは冷静に間合いを詰め、剣を振り抜く。一閃ごとに、一体、また一体と獣亜人が血飛沫を上げて倒れていく。
背後から獣亜人が大きな石を振り上げて迫ってくるのを気配で察知したカリナは、すかさず身を沈めた。振り下ろされた一撃は空を切り、その隙を突くように彼女の剣が亜人の胸元を貫いた。
だが、無尽蔵に押し寄せる数には限界がある。別の獣亜人が鋭い爪を振り上げ、カリナの横腹をかすめる。
傷の痛みに息を呑むが、足は止めない。振り返りざまに剣を振るうと、その刃が別の獣亜人の喉元を断ち切った。しかし、血に濡れた剣の刃は鈍り始め、切れ味が悪くなる。
「……それ、貸して!」
カリナは苛立ちながら王立学院の生徒が持っていた剣を奪い取った。
「ちょっと待て! 俺はどうやって身を守れば――」
「短剣あるでしょ! それに……私が倒し切らないと、負ける!」
叫びながら銀の剣を構え直すカリナ。重たい武器を扱うのは少し難儀だったが、手に馴染むほどの鋭さを感じた。額には汗が滲み、息は荒い。それでも、その瞳には戦意の炎が消えることはない。
やがて、群れの中から一際大きな個体が姿を現した。頭目と思われる獣亜人だった。他の獣亜人たちとは違い、その目には冷たい殺意と確かな知性が宿っている。
「……こいつは厄介そうね」
頭目はゆっくりと距離を詰めてくる。背後の獣亜人たちは、その一挙手一投足に従うかのように動きを止めていた。カリナは深く息を吸い込むと、剣を構え直す。
頭目が間合いを一気に詰め、巨体とは思えない速さで鋭い爪を振り下ろしてきた。
「速い!」
カリナは即座に身を翻して避ける。その一撃は空を裂き、地面を抉った。飛び散った土砂が視界を遮るが、彼女は冷静に体勢を整える。
次の瞬間、頭目が再び襲いかかる。しかし、カリナはその攻撃を避けると同時に剣を振り上げた。その刃が頭目の腕をかすめ、深い傷を刻む。
「これで終わりに――!」
最後の一撃を振り抜こうとしたその瞬間、突如として後方から別の獣亜人が猛然と突進してきた。
「っ!」
カリナは瞬時に反応し、身を翻してかわそうとするが、間に合わない。鋭い爪が肩口をかすめ、その痛みに一瞬だけ視界が歪んだ。傷自体は浅いものの、鋭い痛みが体全体に走り、動きがわずかに鈍る。
「ぐっ……!」
だが、その痛みが彼女の足を止めることはなかった。カリナは即座に反転し、息を吐きながら剣を振り抜く。鋭い一撃が獣亜人の体を貫き、まるで硬い木を斬るかのように胴体を真っ二つに切り裂いた。
「こんなところで終わるわけにはいかないんだから……!」
その言葉を呪文のように呟きながら、カリナは一瞬の隙も見逃さず、傷を負った体に力を込めて剣を放つ。彼女の動きは、まるで演習でケビンと繰り返したあの一撃を再現するかのようだ。剣が空を切り、無慈悲に巨体の腹を薙ぎ、鋭い刃が肉を裂く。
その瞬間、獣亜人の体が揺れ、腹部が裂けて内臓がぶちまけられる。血と臓物が飛び散り、恐怖と痛みの表情を浮かべた獣亜人は、そのまま膝をつき倒れ込んだ。
ずずん、と地面が揺れる音とともに、戦場に静寂が訪れる。
十二歳の少女が、十体以上の獣亜人を相手に勝利した。その光景は、現実離れした戦果を物語っていた。
「すげぇ……祝福なしで、これだけできるのかよ……」
「そんなわけねぇだろ。祝福持ちだって……貴族どもが嘘をついてたんだよ!」
カリナが剣の血を払う中、男たちはまだ祝福関連のことを口にする。先ほどのことを見てもなお、骨の髄まで染みついた偏見が変わることはない。
もう慣れ切った差別を横目に、カリナが周辺警戒していた時。
突如、地面が低くうねり、鈍い音が大地を伝った。
「……なんだ?」
誰かが呟く。
次の瞬間、異常な冷気が戦場に漂い始めた。鳥の鳴き声すら途絶え、風が止む。静寂が訪れたかと思えば、大地そのものが大きく揺れた。
地面が割れ、瓦礫が吹き飛ぶ中、まるで地獄の底から這い上がるように、黒々とした巨大な影が立ち上がる。
それは、明らかにこれまでの獣亜人とは異なる存在だった。
巨体。異常なまでに膨れ上がった筋肉。全身を覆う黒々とした甲殻の皮膚。
見る者すべてを圧倒するような存在感を放ちながら、それはオーリスの森を、単体で歩いていた。べきべきと音を立てながら木々が倒れていく。
「な、なんだあれは……!?」
一人の仲間が震える声を上げた。普通の獣亜人ですら手強い相手だったのに、この怪物をどう倒せばいいのか、誰も想像すらできない。
「逃げないと……死ぬっ……!」
「でも、逃げるってどこにだよ!」
「知らねぇよ! 森の中はどこも敵だらけだし、無理だよ……! くそっ、報酬なんかにつられてくるんじゃなかった……こんな過酷なら来なかったよ!!」
王立学院の男たちが泣き言を吐く。あまりにも哀れな言葉に、カリナは呆れる。
「じゃあ……逃げればいいんじゃない?」
「……は?」
その言葉に、少し気絶していた男が立ち上がり、苛立ちを見せる。
「調子乗ってんじゃねぇぞ……自分だけ、主人公気取りかよ!」
「主人公とか、そんなものじゃない。私はただ――生きたいなら、立ち向かうしか方法がないって言いたいだけよ」
「…………」
「戦いたくないなら、そこでくたばりなさい。私は強制しないから」
彼女の目は、強い決意で満ちていた。怪物が一歩踏み出すたびに、大地が震え、周囲の空気すら重くなる。その圧倒的な威圧感に、カリナは立ち向かう。
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