くだらない自信
「……それにしても、こんな子が戦場に来るなんて、どうなっているんだろう」
アリスが落ち着きを取り戻したころ、カリナはふと呟いた。視線の先には、心臓を一突きされ息絶えた亜人の死体が横たわっている。
「死体を……漁るの……?」
アリスが不安げに声をかける。
「うん。少し気になることがあるから」
カリナは短く答えたが、その声にはどこか慎重な響きが混じっていた。
「これ……見なくちゃいけないのかな……」
アリスの震えた声が漏れる。
カリナはふぅと小さく息を吐き、優しい口調で言葉を返した。
「見たくないなら無理しないで。ここで少し待ってて」
「……うん、ごめんね」
アリスを安心させるように微笑みながら、カリナは慎重に周囲を見渡した。耳を澄ますが、仲間たちの声も戦闘音も聞こえてこない。まだこの場所にいるとは、敵側に認識されていないようだ。
「それじゃあ、確認するわね。ごめんなさいね」
カリナは膝をつき、死体を調べ始めた。
死体には目立った所持品がない。
焼け焦げた布の切れ端だけが目に入るぐらいで、目ぼしい道具はない。
「……おかしい」
小声で呟く。
戦場ならば、武器や物資を持たされているのが普通だ。むざむざ特攻させるなど、ブレス王国上層部のような知略にたけていない人間以外では行わないことであろう。
であるなら。彼は何故、無駄死をさせられているのだろうか。
カリナはさらに死体の首元を注意深く観察する。そして、ふと気づいた。亜人の首の裏側に、不規則な形の文字が焼き付けられている。
「これは……」
それは、焼き印だった。皮膚に刻まれた決して消えない深い傷。
少女は瞳をこらして傷を見て、理解する。
この人物は、奴隷だ。
奴隷として扱われるなら納得しかない。
焼印や不規則な印を刻まれ、戦場に投げ込まれるのも。食事一つ与えずに、痩せた人間を扱うのも。場を一時的に混乱させるための道具だからだ。
「……アリス、私が調べた限りだと、この子たちは奴隷らしいわね」
「奴隷……? こんな、小さな子が……」
アリスはその言葉を受けて、怯えた表情を見せた。
「残念ではあるけれど、戦場というのは常に非情よ。まともな考えを持つ人間では、勝利を勝ち取ることがかなり難しいだろうからね」
カリナはアリスを見ながら、遺憾の思いを言葉にする。
「これはただの戦争じゃない。両国ともに人間を道具としか見てないクズの戦争よ」
「クズの……戦争……そんな、ひどい……」
死体を見つめながら、アリスが震える口で言う。
「戦争っていうのは、そういうものよ。さて、そろそろ離れましょう」
「……うん」
カリナはアリスの前を歩く形で森を歩き始めた。
自分たちが見捨てた普通学校の軍は静かとなっている。戦闘は終わったのだろう。
「…………」
「…………ねぇ、カリナちゃん」
「…………」
「…………私ね。生きててよかったってほっとしてるんだ」
アリスが歩を進めながら、草木をかき分けていくカリナへという。
「だってさ。もしも死んだらさ。私はこの戦争が、誰のためにしているのかなんて、思わなかったもん」
「……わかったところで、クズの人間しか得しないわ」
「うぅん。違うよ。だって――カリナちゃんはクズじゃないもん」
カリナは少しばかり歩を緩めた。が、すぐに元の速度へ戻る。
「私が、クズじゃない? そんなわけないじゃない。私はみんなを目先の利益だけで見捨てていった、王様の父親を持つだけのクズよ」
「……それは、でも、その」
「無理に返さなくていいわ。私自身割り切れる。割り切って行動できるから――クズなのよ。人の心を持つ人ならきっと、他人の死に対して思いやりを持てる。けれど、私は他人が死んでも、悲しいとは思わない」
カリナはずんずんと森を進んでいく。ひんやりした空気が二人の頬を撫でていく。
「じゃあ、私が死んだら悲しい?」
カリナの足が完全に停止したのは、アリスの問いだった。
予想外の問いに、前方を歩いていたカリナが振り向く。
「……何を、言ってるの?」
「あぁ、安心して。決して、死ぬとかじゃないから。単純に気になっただけ」
「……そんなこと、決まってるじゃない。あなたが死んだら……」
「死んだら………………たぶん――」
カリナが、返事しようとしていた時だった。
「あれぇ? 『祝福』なしの女王様じゃん!!」
声が聞こえてくる。人を嘲笑する気持ちを含んだ、声。音の先に視線を向ける。
そこにいたのは、留学する日に煽ってきた王立学院の男たちだった。
「あれれれぇ? なんでぇ、クズのくせにさぁ。顔をそむけてんじゃねぇよ? なぁ?」
「あぁ、そうだよ。来てるんなら教えてくれよぉ。俺たちの仲だろぉ?」
数人の男たちが、嫌悪感を抱いた表情で笑いかけてくる。
「……王立学院の出身で王女様なのにさぁ、祝福なしで戦争に来るなんて馬鹿みてぇだよな? 赤子のくせにさ、大人たちに勝利して戦果を生むなんてできんだろ。お前みてぇなカス人間、帰って家で寝てろや! ぎゃはははははっ!」
男たちが罵詈雑言を飛ばしてくる。
カリナは顔を下に背け、必死に感情を抑えるような素振りを見せた。
感情を抑えれば、いずれ荒波は収まる。
そう信じていると――
「あなたたち! 私の友達にひどいことを言わないでください!!」
一人の少女が、立ち上がった。髪を揺らしながら間に入ったのは、アリスだ。
「友達ぃ? ばっかじゃねぇの?」
「汚らしいガキを気に入るとか、お姫様の頭はおしまいだな!」
「金で買ったんだろ、そいつらもよぉ!! ぎゃっははははぁ!!」
「違いますっ!!! カリナちゃんは、一番大切な友達です!!!」
「…………!」
カリナの震えが止まる。少し顔が上がる。
彼女の両目が捉えたのは、目の前で両腕を広げて立ちふさがるアリスだ。
「……くっだらねぇ、ガキだなぁ。殴っていい?」
「やめとけ。ばっちぃ菌がつくぞ」
「それによぉ。人数が多けりゃ、索敵広がるぜ? 得すんじゃね?」
男たちは相談を終えた後、カリナへ要求する。
「出来損ないの姫さん。今ならよ、俺たちのもとへ入れてやってもいいぜ?」
最悪な提案だった。自分たちを上とした、格下として断定するやり方。誰よりも、必死に努力してきた彼女のプライドを踏みにじる行為に、眉間に怒り皺ができそうになる。
そんな彼女の苛立ちを止めたのは、アリスだった。
「なるほどっ! つまり、カリナちゃんの力がないと戦えないってことですね!」
純粋な少女の笑みと、無垢な言葉。
それに青筋を立てないほど、彼らは大人ではなかった。
「はぁ!? お前……何言ってんだ! 祝福使えねぇくせに!!」
「祝福は使えませんけれど……でも、カリナちゃんが戦っていることは見てました。見てください、あなた達の剣は血がついていないのに、カリナちゃんには大量の血がついてますよね。つまり……戦えていないってことでは?」
アリスの推理は客観的に見てわかる情報から行った拙いものだった。
だが、的を得ている。事実、彼らの顔がトマトのように染まったのだ。
「ぶち殺す……このガキゃ、ぶち殺してやるッ!!!!」
王立学院の青年一人が声を荒げて拳をふるう。
アリスがその剣幕に怯えていると、前方に一人の少女が入る。カリナだ。
「今は、こんなことをやる暇ないでしょ?」
拳をぎりぎりと締め上げられていく男は、声を荒げて手を振り払う。
「……できそこねぇの癖によ! なめてんじゃねーぞ!!」
男はそう言ってから、カリナに肩をぶつけて前方へ向かう。
他の男たちも二人の少女をにらみながら、後をついていった。
「何なの、あの人たち……さいってー!」
「落ち着いて、アリス。戦いは冷静さが重要だから」
「……わかってるよ。でも、許せないんだ。友達をバカにされるのは、さ」
「……なら、生きてほしいな。言葉よりも結果の方がうれしいからさ」
「――! うん、わかった!!」
アリスが元気はつらつと言わんばかりの返事で答えた。
それを見て安心したカリナは、ともに男たちを追う。
「アリス、疲れてない?」
「……大丈夫。カリナちゃんが一緒だから、平気だよ」
彼女の小さな声は、かすかに震えていたが、しっかりとした意志がこもっていた。その言葉に、カリナは少しだけ笑みを浮かべる。
「そう。なら、もう少しだけ頑張ろう」
そうして進むうちに、次第に周囲の緊張感が高まっていくのをカリナは感じていた。敵軍の動きが活発になっているのだろうか。風の中に混じる金属の擦れる音や、不意に鳥が飛び立つ気配――どれもが不穏な気配を漂わせている。
それが起きたのは、森の中に生まれている芝の伸びた平野に出た時だった。
先ほどカリナが倒した亜人が、大量に現れたのだ。
「――! やっと出やがったな!」
リーダー格の青年が叫ぶと同時に、男たちが接敵する。
王立学院から支給された高価な武器と、生まれ持った祝福。
この二つによって、並みの敵たちは簡単に打ち倒せた。
「くそが……数が多い!!
「しかも囲まれてる……逃げ場なんて、ないよ!!」
一人の仲間が焦った声を上げる。それに呼応するように、青年たちはだれの責任かを言い始める。他責による感情の逃避は戦場で大きなスキを生む。
「がぁっ!!」
男たちの一人が、亜人の石投擲によって頭に傷を負う。
こめかみに当たったためか、フラフラと地面に倒れた。
「祝福で対処するぞ!」
「で、でも……こんな複数じゃ無理だ!!」
「やるしかねぇだろ! 貴族の息子として、生き残るしかねぇんだ!!」
「方法がないんじゃ、そんな常套句なんて意味がないに決まってんだろ!! バカか!!!!」
最後までケンカをし続ける、場慣れのしなさ。それが顕著に表れている。
彼らはどうしても、戦場では弱かったのだろう。
亜人の一人が彼らの死角から飛び掛かる。首を嚙むためか、イヌ科特有の長い口でかみ砕こうとする。
一歩遅れた彼らが気が付いた時には、首が胴体と分離――するはずだった。
「がぁっ……!!」
獣が情けない声を出す。それは、死んだとは理解していない故の言葉だった。イヌ科の生物が最期に捉えたのは、分離した自身の胴体と、血濡れの黒髪緑目少女だ。
「…………」
「な、なんだってんだよ?」
「俺たちが、悪いってのか!? あぁん!?」
カリナが目を向けた時、彼らから返ってきたのは怒り交じりの言葉だった。
自分を煽ってきた人間が、どれほど低俗な者だったか。理解するだけで苛立つ。
「……まぁ、いっか」
だからこそ、カリナは小さい声でそう言った。
彼らには期待しない。期待したところで、メリットがない。
今はただ――
自分の培った剣術を、隠れてもらった友を守るために使う。
そう誓った少女は、十以上の獣亜人に単独で立ち向かうのだった。
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