二人でなら
男の恵まれた体は少し古めの戦闘服で包まれている。右手に鋭く光る血濡れの剣が、ズボンの左ポケットには携帯食料と思われる食べ物が入っていた。彼は飄々とした様子でカリナを見る。
「……ケビン。なんで、こんなところに?」
「将軍と姫さんが出ていくのを見て、こりゃただ事じゃねぇぞって思ったんだよ。だから、賭けで勝利した金で賭場にあった馬を拝借してきた。この感じを見るに、魔物たちに食われたりしてそうだけどな……はぁ、どうやって金を返すかなぁ」
後頭部を搔きながら文句を垂れる様子に、カリナは次の言葉を選べない。自分を助ける利点が見つからなかったからだ。そもそもこの男は自分から金をかりているクズで、死んだ方が借金をチャラにできるはずである。
利点など一つもないのだ。
「なぜ、私のためにそこまでする?」
カリナが顔に理解不能という文字を浮かべて問いかける。
間髪入れずにケビンは返事した。
「姫さんが死んだらよ、金をかりられねぇじゃねぇか」
当たり前だといわんばかりの、馬鹿みたいな返事。それにカリナの頬が緩んだ。
「――ははっ。お前は、そういう奴だったな」
「そういう奴だよ。やっと笑いやがったな。っていうかさ……姫さんの隣にいる猫の……女? なんか、すげぇ勢いで傷を治してねぇか?」
「……え?」
カリナがヴァナネルサへ顔を向ける。そこには、先ほどまで腹から血を零し続けていた男が、腹を完治させていた。腹回りは血で濡れているが、驚くのはそこではない。内出血をする様子が微塵も見て取れないのだ。
これが示すのは――彼は、出血していた皮膚なども、完全に縫合したということである。
「……あたし、も、うご、けます」
「無理すんな。女性に対して無理させんのは俺の信念に反するからな。子供たちにお乳を吸わせてやるために、早く森から逃げるんだな」
「……おとこ、です。それ、に……まもるん、です」
「――は? はぁ!? 男!? そんな見た目で!? 不味いだろ!? 修正入るぞマジで!? 水着回とかやったら胸元おおわれるタイプだろお前!?」
思わず気が抜けるツッコミにカリナは頬を緩ませそうになる。が、今は笑う時ではない。戦闘はこれから始まろうとしているのだ。油断していれば、あっという間に死んでしまうだろう。
「二人とも、集中して」
「あ、あぁ、すまん」
「ご、ごめん、なさい。き、きらわ、ないで……」
「別に嫌わないわ。それより、ヴァナネルサ。一つお願いがあるの」
カリナは後ろを指さし、「子供たちを守って」と告げる。彼女が示した方向には、怯えて泣く子供たちの姿があった。彼らを慰めるように普通学校の同期が一人武器を構えているが、戦力になるとは到底思えない。
だからこそ、ヴァナネルサを後衛につかせるという判断をしたのだ。
「で、でも……カリナさま、ひとり、あぶない……」
「安心して。私は、こいつのことをそれなりに知っているから」
カリナの言葉に、ケビンは軽く肩をすくめた。
「こいつ呼ばわり……まぁ、いいか。姫さんは悪態ついてるぐらいがちょうどいい」
カリナは少し笑みを浮かべつつも、すぐに表情を引き締め、ヴァナネルサに視線を戻す。
「ヴァナネルサ、後ろで子供たちを守って。あなたの治癒魔法はここでは欠かせない。お願い、彼らを頼むわ」
ヴァナネルサは一瞬ためらいながらも、深く頷いた。
「……わかりま、した。おまもり……します」
彼の言葉にカリナは満足げに頷き、再びケビンとともに目の前の狂人へ向き直る。男は相も変わらず、愉快そうにこちらを見ていた。
「おやおや、役割分担ですかぁ? でも意味はありませんよ。私にとっては、皆平等に命のストックなのですからねぇ!」
男はにやりと笑うと、再び凶器を構えた。その姿からは余裕すら漂っている。
ケビンはわざとらしくため息をつきながら、軽く剣を振ってみせた。
「きもっち悪い男だなぁ。腐った性根ってのは見た目に出るってのかぁ?」
「あんただって、金が大好きっていうのが顔に出ているじゃない。それも敵兵士から盗んだ武器でしょ?」
「そらそうだろ。金をかけるのは二流、金を抑えて物を揃えるのが一流だからなぁ」
「わけわからないわね」
「わけわからんのが俺だからなっ!」
ケビンは楽し気に微笑み指パッチンをしてから、敵を睨む。
「姫さんは相手の攻撃をかわして一撃入れることに専念してくれ。俺が前衛を行く」
「本当に大丈夫なの、ケビン?」
カリナは疑わしげに問いかける。彼女にとって、ケビンの腕前がどの程度か完全に把握できているわけではなかった。
「姫さんが俺を疑うのは金を貸すときだけで十分だろ? ま、この後の礼は弁当一つでいいよ。せいぜい俺がカッコよく決めるところ、見ててくれな」
彼の軽口に、カリナは一瞬肩の力を抜く。しかし、すぐに目の前の敵へと意識を集中させた。
「……そんなに油断していられると困るのですがねぇ。では、姫様もその腰抜けも――覚悟はよろしいですか?」
男が挑発するように低い声で呟き、剣を振り上げたその瞬間――カリナが素早く動いた。
「ケビン、右を任せた!」
「おうよ!」
二人は息を合わせ、男の左右から攻撃を仕掛ける。カリナの剣が鋭く男の肩を狙い、ケビンの刃が足元を払おうとする。しかし、男は尋常ならざる敏捷性を見せ、難なく二人の攻撃を回避する。
「おおっと、いいコンビネーションですねぇ! けれど、それだけでは――足りない!」
男は目にも留まらぬ速さで反撃に出た。その刃がカリナの肩をかすめようとするが、彼女は目にも止まらぬ速さで避けてみせる。尋常ではない速度に男が目を見開いていると、ケビンが剣を割り込ませる。
「おぉっとぉ!? こりゃまた厄介ですねぇ!!」
ブリッジの姿勢で避けた男はケラケラ笑いながらバク転して距離をとる。
「……やっぱり、簡単には倒れないか」
カリナは唇を噛む。彼の異常な回復力を目の当たりにし、改めて厄介さを実感する。
「おい、姫さん!」
ケビンがカリナを呼び、目配せをする。
意図があると察したカリナは男を見つめながらケビンの話を聞く。
「……それ、本気で言ってるの?」
「あぁ、本気だぜ。俺の読みは、十中八九当たるからな!」
「それは、博徒としての勘?」
「そうさ! 勘だよ!」
カリナは少しばかり悩む素振りを見せたが、
「わかった、やってみよう」と頷いた。
「よし、じゃあやるぞ!」
「えぇ!」
そのやり取りと共に、彼らは動き始める。
「でやぁっ!」
最初にケビンが一直線に男へ攻撃を仕掛ける。直線的かつ単調な突進だ。
ケビンの一直線な突進を見た男は、狂気じみた笑みを浮かべながら軽々とかわした。
「おやおやぁ? そんな攻撃、私に当たるとでも思ったんですかぁ? 生温いですねぇ!」
避けた先で、余裕たっぷりに男は言葉を吐き捨てる。
その直後――第二攻撃が襲いかかった。
「……足元だ!」
ケビンの叫びと同時に、カリナが男の死角から剣を横回転させて投げた。死角からの攻撃。
それは、男にとって対応が難しいものだ。
「考えましたねぇ。ですがぁ……声が、邪魔だった!」
男は飛び跳ねて攻撃をかわす。
余裕そうに歯を見せるほど、余裕があった。
だが――男の平静は一瞬にして崩れ去る。
「でやぁぁぁぁぁぁあぁぁぁ!!」
突進を止めた男が上段の構えで斬りかかったのだ。宙に浮いた姿勢、後ろにも蹴る場所なし。
それによって生み出されるのは、抵抗不可能な状態だ。
「くそっ!」
男が怒りをあらわにし、蹴りで迎撃しようとする。リーチが長い脚を出しながら、敵との距離を取る。地面に足をつければ相手の急所に潜ってメスを刺せる。そうすれば、男は死ぬはずだ。
彼はきっと、このように考えていたのだろう。
「――はぁ?」
次に呆けた声を出したのは、行動した後の状況が予想外だったことだ。なんと、目の前の男が剣を投げたのだ。その先には――少女が一人、走ってきている。
「蹴りで対応したようだが……残念だったな」
ケビンはサイドステップを行ってからカリナの投げた剣を取る。バランスを崩した男には、剣をとる男を視線で追うしかできない。
「待て! 待ってくれっ!!」
最悪の未来が見えた男は、必死に命を懇願する。
「……それは、あなたたちに殺されてきた人々が、皆思ってきたことよ」
カリナは、男を地面に倒してから、心臓を突き刺す。男の体がびくんと痙攣する。
「バカな……私が……不死身で高潔な魂を持った俺たちが、こんなところ、で……」
男が絶望した声をこぼす中、ケビンが頭を踏みつける。ひょうひょうとした態度をとる普段の男からは想像できないほど、殺気のこもった姿がそこにはあった。
「姫さん、剣を抜いておけ。奴が蘇る際、武器の先端が消えるかもしれねぇ」
「……わかった」
カリナはケビンの指示に従い、剣を抜く。どろっとした血液が垂れる剣を抜くと、傷口が治ると同時に顔が消えた。二人の疑念は確信に変わる。
「お前は、姫さんを苦しめた。姫さんを傷つける奴ぁ――俺が許さねぇ」
ケビンはそう言うと、生き返ったことを確認してから顔が出ている部位を潰す。
「てめぇは、不死身じゃねぇ。顔がなくなりゃ死ぬんだろ。祝福を持つ俺に聞こえる声で情報を口にするとは……命取りだぜ」
ケビンは最後の顔を、勢いよく剣で潰した。
男は涙を流しながら、最後の一撃と共に絶命した。
不死身の狂人との死闘は、あまりにもあっけなく――終わりをむかえたのだ。
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