食料調達 ②
「……カリナ様、さすがですな」
「エストン将軍のおかげです。無事に仕留められてよかった……」
二人が安堵の息をつくと、後ろからヴァナネルサが恐る恐る近づいてきた。
「おおきな、けがは、ないですか……?」
「ええ、大丈夫ですよ。あなたは?」
「あたしは、だいじょうぶ、です。まもって、くださ、り、ありがとう、ございます」
「いえいえ、これぐらいどうということではありません」
カリナが優しく微笑むと、ヴァナネルサはほっとした表情を浮かべた。
「さて、先を急ぎましょう。この森にはまだ何が潜んでいるかわかりません」
エストンの言葉に全員が頷き、さらに奥へと歩を進める。
空気が少しずつ変わり始めた。魔獣が現れた場所の不気味な気配とは打って変わり、ほのかに甘い香りが漂ってくる。周囲の木々の間に、色鮮やかな果実がちらほらと顔を覗かせていた。
「ここから先は、食料調達を優先しましょう」
カリナが声をかけると、エストンが頷き、周囲を見回した。
「カリナ様、この辺りの果実で食べられるものをご存知ですか?」
カリナは銀剣を軽く地面に突き立て、片手を腰に当てながら木々を見上げた。
「オーリスの森では、たしか『スイベルベリー』と呼ばれるものがとれたはずです。甘みが強く、保存も効く。何より、水気が強いので脱水対策にもなります。森の中で見つかれば、脱水で死ぬ可能性を減らせると認識しています」
「流石です、カリナ様。王立学院に飛び級進学しただけはありますね」
「よしてくださいよ、エストン将軍。今は、果物を見つけることが重要ですから」
ランタンを掲げて辺りを見渡す。だが、見えるのは周辺だけで木々は見えない。
夜目が聞かないこと、並びに魔物の死体が重いことで疲労がたまっている。
集中力も切れてきた、そんな風に自己分析をしていると。
ヴァナネルサが顔を近づけてカリナの名前を呼ぶ。
いったいどうしたのだろうかと思っていると、
「あれ、じゃないですか?」
「――ありがとうございます、ヴァナネルサさん。あれですよ」
ヴァナネルサが指をさした先に、色鮮やかになった果実が実る木があった。
「ありがとう! あれです!!」
カリナはお礼を伝えてから、にこやかにほほ笑んだ。
笑顔を向けられた相手、ヴァナネルサは口元をあわあわとさせる。
なぜ動揺しているのか、カリナは疑問を持って首をかしげていると、武器を置いたエストンが話しかけてくる。
「私がとってきましょう。基準はありますか?」
「色鮮やかに染まったものでお願いします」
「お任せを」
エストンは短い返事をすると、大きな木の幹に手をかけて力強く登り始めた。まるで森に住む動物のような軽やかな動きで、枝を掴みながら器用に進む。その姿に、ヴァナネルサが少し驚いた表情を浮かべる。
「すごい……あんなに、はやく……」
「エストン将軍は、あぁ見えて現地調達に手慣れた猛者ですから。当然です」
カリナが腕を組みながら自信ありげに答えると、エストンが木の上から声をかけてきた。
「たくさん実っています! 今、落としますので拾ってください!」
ポン、ポンと軽い音を立てて赤い果実が地面に落ちる。それをカリナとヴァナネルサが手早く拾い集めた。
「これだけあれば明日の朝までは持ちますね。ほかには……」
カリナが周囲を見渡すと、少し離れた場所に低木が群生しているのが見えた。
「エストン将軍、あの低木に実っているのは『ラッシュリーフ』かもしれません。葉っぱを乾燥させれば香料にもなるし、茎は煮込めば栄養スープの材料になります。行ってみましょう」
三人で近づいてみると、青々と茂る低木には、小さな実がいくつもついていた。カリナがその実を一つ摘み取り、慎重に匂いを嗅ぐ。
「ええ、間違いありません。これも使えます」
「では、私が葉を集めましょう」
エストンが手早く葉を摘み取り始め、カリナもそれに続く。ヴァナネルサはランタンを地面に置き、茎を丁寧に束ねてまとめていく。
「……これ、けっこう、かおり、つよい、です……」
「そうですね。その分、肉の臭みを消すことにも繋がります。魔物を捌いた後、うまく調理すれば、体も温まるでしょう」
カリナが答えると、ヴァナネルサの顔が少し明るくなった。
さらに進むと、地面に広がる葉の間から小さな根菜がいくつも顔を出しているのが見えた。エストンが屈み込み、それを慎重に引き抜く。
「……これは『グレイキャロット』ですな。色は悪いが、煮込めば甘みが出ます」
「グレイキャロット……ずいぶん立派ですね。これも持ち帰りましょう」
こうして、カリナたちは次々と森の恵みを手に入れていった。スイベルベリー、ラッシュリーフ、グレイキャロット。どれも保存がきき、栄養豊富な食材ばかりだ。
「これだけ集めれば、なんとか六人分は確保できましたね」
「ええ、上出来です」
カリナが満足げに頷くと、ヴァナネルサも小さく手を叩いて喜んだ。
「こんなにたくさん……きっと、みんな、よろこびます……!」
「喜んでもらえるといいですね。でも油断は禁物です。この帰り道が一番危険かもしれません。ただ……夜明けまで凌ぎきれば、皆さんも無事に私たちの国へはいれるはずです」
「……ちょっと待ってください。国って、ブレス王国にですか?」
「えぇそうです。決まっているじゃないですか」
カリナの言葉を聞いたエストンが、「ちょっと待ってください」と静止する。
「奴隷を入れるんですか? それも、複数人も?」
「はい、そうする予定ですが……問題が?」
「大ありですよ。雇用するにも戸籍が入ります。新しく作るにも試験を超える必要があると認識しています。つまり――入国させたところで浮浪者になるのは確実ですよ? それに、奴隷だと祝福を持っていない可能性は相当高いでしょう。祝福を持たない立場なら、わかるでしょ?」
困り眉のエストンが告げたのは、ブレス王国に連れてきたところで彼らを幸せにすることなどできないという現実だった。
彼らの国は、戸籍を持たない生活支援をしない仕組みになっている。
戸籍を持たないものは、どれだけ頑張ってきたものであろうと人としてみなされないのだ。
「私はてっきり、一人だけを連れて行くと認識していました。後の者たちは飢えを凌がせるために食事を確保するだけなのかと……まさか、そんなバカげた考えをお持ちとは」
「バカ……だと?」
カリナは無意識に死体を地面に落とし、わなわなと腕を振るわせる。
「私は! 彼らを救いたいと思ったから提案しているのだ! 救う行動を恵まれた者たちが放棄するのは何だというんだ!」
「バカだといいますよ。だって、無理ですもの。彼らが就労できるまで資金を渡すにしても……リスクが高すぎます。なぜなら、一人だけ異例を作れば他の者たちが求めるからです。それは、段々と自分の首を絞めることにつながりかねません」
「……なら、どうすれば」
苦悶の表情を浮かべるカリナに対し、エストンが告げたのは非情な言葉だった。
「あきらめる、それしかありませんよ」
カリナはその言葉を聞いた瞬間、感情を爆発させた。
「諦める、だと!? あなたはそんな簡単に、人を見捨てられるのか!?」
エストンを睨みつけながら、小さな拳を握り締める。その拳は震え、歯を食いしばった顔には怒りと悔しさが滲んでいた。
「救えるものを救う。それが、私たちの務めじゃないのか!」
エストンはため息をつき、冷静に答えた。
「現実を見てください、カリナ様。理想だけでは王国を運営することはできません。もちろん、私だって助けたい気持ちはあります。しかし、理想を追うあまり、国の維持が失敗すれば、全てが無駄になります」
「それでも……!」
カリナは叫びかけたが、言葉を飲み込んだ。目の前の現実が、あまりにも重く、そして冷たい。
そんな中、後ろで黙って聞いていたヴァナネルサが、おそるおそる口を開いた。
「……あたし、はこびますよ、カリナ、さま……」
彼が指差したのは、先ほど倒した魔獣の死体だった。
本当は自分が持っていくべきだとカリナは認識していたが、先ほどの怒りでやる気が出ない。
「……お願いします」
自分の不甲斐なさを痛感しながら、彼女は運んでもらうことにした。
そんな様子を遠目に見たエストンが、静かに言い。
「カリナ様、この状況を変えたいのであれば、まずは力をつけることです。今のあなたでは、彼らを救うことも、自分の理想を実現することもできません」
「……力、ですか。それは、武力ですか?」
「いえ、違います。本当に人を助けたいなら、二手三手、先読みすることです。ワラガオ卿の、皮肉めいたやり取りをした時のように、どう言えば有利に運べるか。それを考えるんです。貴方は祝福に依存しない勤勉さと、類稀なカリスマ性があります。だからこそ、それを活かすことを注視してみてください」
カリナが聞いた言葉は、あまりにも正しいと感じるものだった。
それ故に、彼女は悔しそうな顔で首を縦に振るしかない。
「……わかりました」
「それは良かったです。では、向かうとしましょう。夜も深くなってきておりますから」
一行は、森の静けさの中で再び歩き出す。
そして、少しばかり距離を置いてから。
「…………くそっ」
少女は、怒りと悔しさ、そして傲慢さを含んだ顔で、吐き捨てる。
彼女は、まだ、幼い。そのことを知る者は、誰一人いなかった。
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