食料調達 ①

 カリナは、ランタンを持つヴァナネルサを先頭にオーリスの森を歩いていた。食料調達目的で森を歩くことは経験したことがないカリナにとって、その道のりは中々に険しい。足をとられて転ばないように歩を進めることで精いっぱいだ。


「えっと……すこし、おそくあるきましょうか?」


 カリナは首を横に振り、「このままの速さで行きましょう」と返事する。


「子供たちが、待っているでしょう? なら、多くの食料を確保して戻る方が喜ぶと思うの」

「……ありがとう、ございます。きづかって、くれて、うれしいです」


 ヴァナネルサは気恥ずかしそうに頬を赤らめながら、たどたどしく言った。二人は、そのままの速さで森の奥へと進んでいく。


「そういえば、あの子供たちはどうしたの?」


 カリナが確認するように疑問符で終えると、「えっと、わるいひと、が、むりやり、はこ、んできたんです。おいしょっと」と倒れた木を跨ぎながらヴァナネルサが返答した。


(……つまり勝手についてきたんじゃなくて、強制的に連れてこられたのか。可能性としては、子供たちを用いた敵兵を油断させる作戦か? 以前読んだ本で、武器を持たない子供がいたら、一瞬躊躇するということは聞いたことがあるし、あり得るかもしれない。)


 考察を巡らせながら湿る地面を踏みしめていると、前方を歩くヴァナネルサが止まる。


 「どうしたの?」と問いかける。

 すると、「あしおとが、します。すこしここで、かくれましょう」と、意見が出た。


 猫耳が機敏に動くさまを見たカリナは、それを信じて横隣りに座る。隣が妙に熱いと、カリナが感じているような顔を見せていると、声が聞こえてきた。


「カリナ様ー! どこですかぁーー!!」


 鳥の囁き声をかき消すほどの大きな声には、聞き覚えがあった。


「ま、まって、てき、かも、あぶ、あぶない、ですっ……!」


 カリナが立ち上がろうとする中、ヴァナネルサが焦ったように肩を掴んで引き止めた。その顔は赤く染まり、目には切実な思いが宿っているように見える。一瞬カリナはその圧に動きを止めたが、すぐに考えを切り替えた。


 確かに聞き間違いかもしれないが、それでも進むべきだと判断したのだ。

 ヴァナネルサから離れ、事前に受け取った発煙筒を鳴らす。

 直後、それに反応した巨大な影が彼女たちのもとへやってきた。


「ご無事でしたか、カリナ様!!」

「エストン将軍……!」


 ランタンが照らす先にいたのは、共に戦場へやってきたエストンだった。


「申し訳ありませぬ、カリナ様。周囲を敵兵に囲まれたことで、はぐれてしまいました。今は、もう安全です。私が命をもってお守りします。体を冷やされては不味いので、一夜を明かすのがよろしいかと。……して、そちらの者は?」


 眉間に皺を寄せながら、指をさす。彼が指をさした先には縮こまるヴァナネルサがいた。突然現れた巨漢の男を前にして、ヴァナネルサは体を縮めて小さくなっている。その様子を見て、カリナは彼が怖がっているのだと考えた。


「……この人は、エストン将軍。私たちの……味方ですよ」

「み、みか、た?」

「えっと、つまり……仲間、ということです」


 カリナは笑いかけてから、エストンを見る。


「あっ、この人はヴァナネルサって言います。先ほど私を助けてくれた、恩人です」

「なるほど、恩人でしたか。身なりを見るに盗賊ではと考えておりましたが、安心しました」


 男の顔から殺意が消えていく様子を見て、カリナの緊張が解けていく。

 ランタンを上に掲げて、男の様子を詳細に確認する。防具には傷一つ、見当たらない。代わりに血の匂いが強烈に広がっている。ちらと後ろを見ると、ヴァナネルサが怯えた様子でカリナの後ろに隠れていた。どうやら、


「……えっと、エストン将軍。二つお願いがあるんですけれど、いいですか?」

「カリナ様からのお願いであれば、基本的に問題ないです」

「ありがとうございます。それでは一つ目、食糧確保に協力していただきたいです。大人数で調達をしに行けば、より多くの食べ物を探せます。可能なら……六人分は、欲しいですね」


「六人分……それまた多いですな。ですが、承知しました。食糧確保、協力しましょう。質問を遮ってしまい申し訳ございませぬ、二つ目は?」

「二つ目は、特定の場所では武器を出さないでほしいんです。今回、後ろにいる彼のもとで一夜を明かさせてもらう予定なのですが、その場所には彼よりも幼い子がいます。もしも血の付いた武器を目にしたら、怯えてしまう可能性があります。故に、しまった方がいいと考えました」


 カリナは腰に携えた銀剣を指さし、理由を説明する。エストンは少し困った顔をカリナたちに見せたが、首を縦に振り「承知いたしました。カリナ様のご命令であればそうしましょう」と、短く言葉を終える。


「協力ありがとうございます。それでは、食料調達をするとしましょうか」


 カリナの言葉を皮切りに、彼らは暗い森の奥へ足を踏み出した。


 冷たい風が肌を刺すように吹き抜ける。木々の隙間から差し込むわずかな月明かりだけが彼らの進む道を照らしていた。ヴァナネルサが持つランタンの光が頼りではあるものの、深まる夜の闇はそれを呑み込むように広がっていく。


 エストンは歩きながら周囲に鋭い視線を走らせていた。その表情からは、何かが潜んでいるのではないかという警戒心がにじみ出ている。カリナもまた、剣の柄に軽く手を添えながら、いつでも動けるよう準備をしていた。


「……エストン将軍、何か気になることでも?」

「はい。森の奥に進むにつれ、不自然に静かになっています。このあたりは本来、小動物や鳥の鳴き声が聞こえるはずですが……」


 エストンの言葉に、カリナも耳を澄ます。たしかに、周囲は不気味なほど静まり返っていた。足元の枯葉を踏む音だけが、やけに響いている。


「……ヴァナネルサ。この森には危険な生物がいたりしますか?」


 カリナが振り返り、控えめに歩いていたヴァナネルサに尋ねる。彼はランタンを少し持ち上げ、しばらく考え込むようにしてから答えた。


「えっと……おおきな、けもの、とか……ときどき、カリナさまがたおした、ばけもの、みたいな……ひとが、いるって、ききました……」


「……なるほど。さっきの化け物がそれでしたか。なら、倒したので大丈夫」

「カリナ様が化け物を単独で倒されたんですか?」

「えぇ。苦戦しましたが……なんとか、無傷で勝てました」


 カリナがエストンの顔を見つめながら言うと、彼が目元を腕で隠す。


「私、感動しました。そこまで、強くなられているとは……」

「油断しないでください。目元を塞ぐと、敵の攻撃が見えなくなります」

「……そうですな。少々感情的になりやすいもので、申し訳ございませぬ」


 カリナは目元を覆っている男へ注意し、直させる。以前自分がやらかした、最悪な間違いで二度も人を死なせたくない。それが彼女にはあったのだ。


 先ほどよりも警戒を増させて、辺りを見渡していると。


 カリナの足が止まった。遠くから、かすかな音が聞こえたからだ。

 それは風が木々を揺らす音ではない。何か……低く唸るような音だった。


「エストン将軍、聞こえますか?」

「はい……おそらく、何かの気配です」


 エストンが剣の柄に手を掛け、視線を前方へ向ける。その瞬間、茂みの中から赤い光が二つ、ゆっくりとこちらを向いているのが見えた。


「敵か……!」


 エストンが剣を抜こうとしたその時、カリナが慌てて手を伸ばして彼を制した。


「待って! まず様子を見ましょう。無闇に刺激してはいけません」


 その言葉にエストンは渋々ながらも頷き、剣を引き戻す。カリナはヴァナネルサに目配せし、彼のランタンを少し下げさせた。すると、赤い光の正体が徐々に見えてきた。それは、獣のような姿をした何かだった。大きさは狼ほどだが、体は異様にやせ細り、毛は抜け落ちている。瞳だけが異常に赤く輝いていた。


「……魔獣、ですね。様子を見るに、我々のことを餌と思っているようです」

「そのようだな。涎をだらだらと下品に垂らしているのを見るに……狙いは私だろう。なら、ちょうどいい。ここで相手してやろう」

「相手するって……この生物を食う気ですか?」

「勿論だ。赤みを残さずに加熱して、こちらが生きる糧にしてやろう」


 カリナの言葉を聞いたエストンは、固く、長い、血の滴る剣を抜いた。


「了解しました。なら、二人で倒しましょう」

「そうだな」


 エストンが剣を引き抜き、構えを取る。

 その隣でカリナも銀剣を手にし、ヴァナネルサに後ろへ下がるよう指示を出す。


「ヴァナネルサ、少し離れて待っていて。安全が確保できるまで、私たちに任せてください」


「は、はい……きをつけて、ください……!」


 ヴァナネルサが後ろへ下がるのを確認した二人は、じりじりと魔獣との距離を詰めていった。赤い瞳がぎらつき、魔獣は低く唸り声を上げる。


「カリナ様、私が先行します。カリナ様はその隙に止めを刺してください」

「わかりました。無理はしないでくださいね、エストン将軍」


 エストンが深くうなずくと、力強く地面を蹴り、魔獣に向かって突進した。それに応じるように魔獣も飛びかかる。金属と爪がぶつかり合う音が森の静寂を切り裂いた。


 その隙を見て、カリナは横から素早く剣を振り抜いた。一閃。銀剣が魔獣の胴体を切り裂き、赤い瞳がかすかに光を失った。呻き声を最後に、魔獣は地面に崩れ落ちる。

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