たとえ邪道でも

「国を……変える?」

「それって、王様になるってこと?」


 クラスがざわつき始める。カリナの言葉が伝搬し、波へと変化する。


「王様って、あんな軍人みてぇな人を目指しているの?」

「違うわ。私が目指すのは……誰もが公平に生きられる、ってことかな。具体的に、どうするかは思いついてないけどね」


 カリナの声は、冷静さを保ちながらも、どこか自信に満ちていた。クラスメイトたちの視線が彼女に集中する。けれど、その中には疑念や戸惑いも混ざっている。


「公平に生きられる、か。けど、それってただの理想論じゃねぇの?」

「そうだよ。そんなの、今の世界じゃ無理だって」


 次々と投げかけられる疑問に、カリナは一瞬だけ沈黙した。その間に、教室はさらにざわめきを増し、批判とも取れる声が広がっていく。


 だが、カリナは逃げなかった。まっすぐ前を見据えながら、再び口を開く。


「確かに、理想論かもしれない。でも、理想を追わなければ何も変わらないのも事実でしょ? 私は、この世界が間違っていると思うから、変えたいんだ。私がみんなと戦うのは……その、第一歩だよ」


 彼女の言葉を聞いたクラスメイトは、互いに顔を見合わせる。疑念、不安という、様々な感情が渦巻く中、カリナは続ける。


「私一人だけじゃ、この戦場で生きることは難しい。だから……戦場で少しでも生存確率を向上させられるように、放課後を用いて私が講義するよ」

「……それって、カリナちゃんが学んでいた軍学部の内容?」

「うん。皆に分かるようにかみ砕きつつ、実践に活かせるようにしましょう」


 その言葉を聞いた仲間たちの目に輝きが生まれる。王立学院出身であり、軍学部の出身であるという肩書は無知である子供たちを引き付けるには十分なものだった。


「そうだ、みんな! 一緒に学んで、勝とう!!! 敵にっ!!」

「そうだそうだ、勝てるようになるぞ!!」


 拙い表現で喜びを爆発させる。まだ高校生にも満たない年齢であるためか、感情の管理についてはあまりうまくないようだと、カリナは感じていた。


 そう感じるとともに、危機感を覚える。彼らに教えられるのはあくまで戦場での、基本的な動き方や連動のやり方であり、結局のところ戦場では個々の力が必要だ。

 普通学校で身に着ける基本的な学習内容では、精々肉盾になるのが精一杯で。


 相手の進行を妨げるための道具にしかなりえないのだ。


 そして、彼女が一番危惧すること。

 それは、徴兵されるタイミングが不明な点だ。


 明日かもしれないし、一週間後かもしれない。

 そして、短期間で人間たちを鍛え上げることは不可能に近いのである。


(仮に育てるとしたら、数人だな……教えるとしても、大半の子は戦争が遊びだと思うだろうし、遊びと思う子に時間を割いて生存確率を上げることはできない……)


 ――結局それって、選別じゃあないですかぁ?


(……ワラガオ卿なら、言いそうだな。性格も視線も最悪で、正論ばかり口にする。最悪な男だけど、私の言葉を常に批判してくる……)


 今目の前に存在しない男とのやり取りが、カリナの顔を曇らせる。


(顔を下に向け続けていると、時間を奪うこととなる。一旦、解散させよう)


 カリナは自分を律し、クラスを見渡して考えを伝える。


「今からやると皆の睡眠時間が減るから、明日からにしましょう」

「はーい! わかりました!!」

「明日から、頑張ろう!!」


 彼女の言葉とともに、クラスから生徒が去っていく。トップに立った彼女の言葉で緊張感は緩和され、明日から頑張ればよいという不完全な自信が形成されていた。

 クラスメイトは皆、戦争など大したことないといえるような笑みを浮かべている。不安を払拭はできたが、慢心しては意味がないのだ。


 それを彼女が伝えようとしたときには、クラスから大半が去っていた。

 苦悶の表情で歪めながら、地面を見る。感情の高ぶりを抑えるように顔を上げ天井につりさげられる光源に目をやったのち、目を閉じて長い息を吐く。


「……私は、無力だな」


 そんな彼女に一人、ポンと肩を叩いてくる少女がいた。アリスだ。


「カリナちゃん……国を変えたいと思っていることは、よくわかったよ。でもそんな風に硬い顔をしていたら、幸せは逃げちゃうよ? ほら、笑顔になろ?」

「……ごめん、今はそんな気分じゃない」


 カリナはアリスから顔を背けながら、本音をこぼした。


「そっか。じゃあ、仕方ないね。そのままでいいよ」

「……強要しないのね」

「しないよ。苦しんでいたら、寄り添うのが友達でしょ?」


 アリスがにひっと声を出して笑う。

 心が軽くなったカリナは、少しだけ顔の表情がほぐれた。


「あなたは、強いわね。両親のおかげ、かしら?」

「……実はね。お父さんとお母さん、知らないんだ」

「――――え?」


 予想外のカミングアウトに、カリナの思考が停止する。数秒ほどリロードするように頭の中を回転させてから、問いかける。


「じゃあ、誰に育ててもらったの?」

「血の繋がっていないおじいちゃんとおばあちゃんだね。どうやって戸籍登録したかは分からないけど、こうして普通学校に通えているし、感謝してもしきれないよ」

「……そう、なんだ」


 アリスは窓側に寄りかかりながら天井を見つめている。

 カリナはアリスのそんな様子を見つつ、問いかける。


「アリス。あなたは……この戦争で、生き残りたい?」

「勿論。そりゃ生き残りたいよ。でも……おじいちゃんとおばあちゃんの負担が減るなら、死ぬのもいいかなとは思っているなぁ。おじいちゃんは背中を痛めて農作業が大変そうだし、おばあちゃんも家事が大変そう。量が増えちゃうのは私がいるから。だから、業務量を減らせられるなら……いいかなって、おも……う……」


 アリスの目から、涙が伝う。


「あ”れ……? なんでだろ。とまらない”や……」


 声と背中を震わせながら、雫で床を濡らす。

 ダムが決壊したように、濁流がこぼれだしていた。


「……泣いていいのよ。怖いのはわかるから。私たちは――友達、なんだから」


 泣く少女の隣に並びながら、背中を擦る。

 自分よりも恵まれていない、力もない、少女。昔の自分なら仕方ないと切り捨てていた存在が、今はこんなにも重く、そして太く、繋がりたいものへと変わっていた。


(アリス……私、決めたわ)


 隣で泣きじゃくる少女の背中を撫でながら、カリナは誓う。


「あなただけは……絶対に、守ってみせる。例え、この身を犠牲にしても」


 たった一人の友人を守るためなら、例え贔屓する形になってでも守ろうと。 自分が身に着けてきた技術の多くを、彼女だけでも習得できるようにしようと。


 そう、固く誓うのだった。

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