夜空を眺めて
少しばかり自意識過剰な思いを抱きつつ、廊下を歩く。
「あっ、カリナちゃんいたっ!」
明るい声が廊下へ響く。首を向けた先には、かわいらしく微笑むアリスの姿があった。
「どうしたのアリス。そんなに急ぐ素振りなんて見せて」
「実はね! 今日って、この日なんだ!!」
アリスは左手に持っていた本を見せる。表紙には、星空の軌跡と書かれている。
「実はさ、今日って星々がかなり見えるんだよね! 折角だから、おすすめの場所を、カリナちゃんにも教えようって思ってさ!!」
「いいけど……他の方は、誘わないの?」
「うん。だってみんな、星々よりも『祝福』の方が興味あるっぽいし」
少女の悪意なき発言に、心臓が刺されたような痛みがはしる。苦い表情を1フレームほど見せてから、
「……わかりました。行きましょうか」
「やったね! じゃあ、さっそく! しゅっぱーつ!」
高らかにこぶしを掲げるアリスを見て、薄く微笑みながら普通学校を出る。
草木を踏みしめる足音が柔く冷えた空気に揺らされる。冷たい吐息が口からこぼれる中、彼女はぐんぐんと歩を進めていた。
「……アリス。一つ聞いてもいいですか?」
「どうしたの?」
「なんで、私に声をかけたんですか? あなたみたいな明るい方なら、友達がたくさんいるはずです」
カリナは自分の視点から考えたことを口にする。彼女目線から見れば、アリスは小柄で愛嬌があり、気も使えるという超人だ。自分のように愛嬌なしに仕事ばかりやる人間とは大違いで、周りに友人がいてもおかしくないと思うのは当然の流れだった。
「……実はね。私と同じように『祝福』を貰えていないんだろうと思ったから、話したの」
「……え?」
先を歩くアリスからこぼれた回答は、カリナにとって予想外のものだった。
アリスは夜冷えする道中を緩やかに歩きながら、顔を上げる。
「ここに来たときに、先生から『祝福』の言及がなかった。それは、『祝福』された力を持たないからなんだろうって思ったの。だから、話しかけた。きっと私の傷を埋めてくれるから。私、汚いんだよ。一人で傷を味わいたくないから、同じ境遇の子とつるみたかっただけなんだよ」
木々が揺れる、風がそよぐ。
「最初は、そんな下心からだった。でも、カリナちゃんと話しているとさ。段々と、楽しくなってきたんだよ。一緒に勉強したり、食事したり、話したり。そんな短い時間を過ごしていると、たった一人でいた私も、勇気を持てたんだ。だから、周りの人に話すようにしたの」
「そうしたら、話せる人が増えていった。私も、一歩、一歩と成長できたんだよ。それができたのは――カリナちゃん、あなたのおかげなの。あなたがいたから……私は、変われたんだよ」
違う、違うのだ。自分も、変われたのだ。
そう言おうとしたが、あまりも無粋であると思い、切り捨てる。
「だからさ……私が本当に話せるのは、カリナちゃんだけなの。だからこそ、あなたにだけは、私のお気に入りを紹介したかったんだ。……ごめんね! 辛気臭い話しちゃって。あぁ、楽しい時間を過ごすはずなのに、湿っぽくなっちゃった!」
「……いえ。私も……うれしい、です」
カリナは左斜めへ視線を向けながら、頬を赤らめて不器用に言う。その様子を見たアリスは、前方を歩きながら「……そっか!」と言葉をつぶやく。
「見えたよ。ここが、星々が見える場所!」
アリスの言葉によって、足を止める。顔を上げた先に広がるのは――天の光箱のような輝きを見せる、雄大な星々だった。
「すごい……」
「でしょでしょ! すごいよね!!」
雄大な空に圧倒されるカリナに、少女は口を緩ませながら声を弾ませる。
「うれしいなぁ。友達と一緒に見れる機会が来るなんて、一度も考えたことなかったよ」
「……はい」
「あっ、照れてる!」
「てっ、照れてません!」
カリナはアリスのちゃかしに早口で対応する。朗らかな胸の温かみに、体が火照る気分を彼女は味わっていた。
思えば、ここにきていろいろなことが変わった。
昔よりも、人と絡む機会が圧倒的に増えたのだ。
それに、アリス以外でもそれなりに話せる人物も増えた。昔のような、ケビンみたいな悪い輩しか話相手のいなかった王立学院から考えると大きな進歩だった。
この気持ちを、今なら伝えられるかもしれない。
「……でも。来て、良かったです。来なければあなたに会えませんでしたから」
寒風が吹いているのに頬が熱くなり、胸が高鳴り始める。
言い切ったのに、それがずっと高まり続けている。
「えっと、その……」
カリナが少し違うことを言おうとしていると、
「カリナちゃんっ!」
「!? うわっ!?」
突然の抱擁に、カリナが顔を赤らめて声を上げる。
「えへへへ……カリナちゃん、温かい……」
「……そういうあなたは、少しばかり肌が冷えていますね。そろそろ、戻りましょうか」
そういいながら、カリナは立ち上がろうとする。
「待って!」
彼女に対し、アリスが静止する言葉をかけた。
そのまま、頭についていたものを取り外す。
「これ……受け取って!」
「……髪留めですか?」
「うん! つけると幸運が訪れるっていう、まじないがあるらしいよ! お母さんが私に、くれたんだ!」
おまじない。そんな迷信めいたもの。
それを渡そうというのだから、驚くのも当たり前だ。
「……それは、あなたがつけていてください」
「えぇ~~」
「えぇ~~じゃありません。とにかく、あなたがつけてください」
「ぶ――。わかったよ」
アリスは渋々髪留めをつけなおした。
「折角、お友達として何かを渡そうと思ったのに……」
「……気持ちだけ受け取っておきます。それに、それはお母さまが下さったものですから」
「……それもそっか! うん!」
明るい少女は元気よくうなずいてから、それをつけなおす。
「よし、もどろっか!」
「そうですね」
満点の夜空、二人は互いに想いを告げあい、その場を後にしたのだった。
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