守るために、立ち上がる
ブレス王国とリヴァルディア王国の戦争は泥沼化していた。
最初は国境地帯の小競り合いにすぎなかった戦いも、両国の増援が投入されるにつれ、やがて大規模な戦争へと発展していった。その戦火は都市部や農村地帯にまで及び、物資の不足と避難民の増加が、国内のあらゆる層に深刻な影響を与えていた。
そしてついには、戦力不足を補うために学徒出陣が命じられるに至った。
『祝福持ち』の若者は優先すべき。祝福を持たぬものを戦地に出そう。
そんな思惑によって、学徒出陣の学校は祝福の有用割合が高いものを除外する形で、普通学校から強制出兵、王立学院からは志願制という形で兵を募る。
それは若者が未熟なまま戦場へ送られる現実を示していた。
訓練の時間すら十分に与えられず、大義も全く持たないまま。ただただ、国からの指示に従って、命を散らす。
やれ美談だとか、やれ漫画だアニメだとか、そんなものではない。
理不尽な生活環境の破壊は、常に待ち構えているのだ。
「でさー、最近のあの小説がさ、展開最高だよね!」
「かけっこしようぜ!」
賑やかに騒ぐ教室内。そこに、一つのグループが形成されていた。
カリナとアリスを中心に紡がれる、男女グループだ。
アリス以外の多くは彼女に対して少しばかりの対価を求めていたりもしたが、ケビンのような金要求とかではなく、勉強を教えてほしいといった極々当たり前のこと。
それ故に、彼女も悪い気はしていなかった。
「とりあえず、戦うときは周りを見て状況確認する。周りの環境や敵対する者を認識して対応するの。これによって、無駄死にすることは格段に避けられるわ」
「へぇー! 知らなかったなぁ。記録しとこ」
「ねぇねぇ、カリナ様! 勉強で分からない所があるんだけど、いいかな!?」
「そんなに声を荒げなくても、教えますよ」
「すごーい! カリナちゃん、大天才! 正に神っ!」
「……そういう、アリスも勉強頑張りましょうね」
「う”っ……が、頑張るっ!!」
平穏な日々を送っていたその日。それは突然やってきた。
重々しい足跡。それは、軍服姿の男から放たれていた。
年は4,50に見える。無精ひげを伸ばした男は静かになったところで話を切り出す。
「おっほん。今日は君たちに、重大なことを教える」
「諸君、我々の祖国ブレス王国は今、未曾有の危機に直面している。リヴァルディア王国の侵攻を受け、この国を守るためには一人でも多くの力が必要だ。我々は諸君に期待している。この戦争に勝利するため、皆の力を貸してほしい」
その言葉の意味を聞いて、カリナは瞬時に理解した。
学徒出陣。学ぶべき人間たちを徴兵する、理不尽なやり方だ。
「ちょっと待ってください!」
「質問は挙手をしたまえ。軍であれば首が飛ぶぞ?」
「ご、ごめんなさい!」
少年が手を挙げてどうぞといわれてから、質問する。
「その、断ることってできないんですか? 僕、病気の母がいて、学校帰りにお仕事をしないといけないんですけど……」
「ほぅ、そうかそうか。なら君は、死ぬといい」
「……はぇ?」
「聞こえなかったか? 死ねといったのだ。戦場で死ねば、多額の褒賞が君たちの親へと振り込まれるだろう。まぁ、恩賞は功績によるが……少なくとも君らのような平民は数年、働かずとも暮らせるだろう」
あまりに見下した、コンプラ無視の発言。
それに周りの子供たちは黙るしかなかった。彼らには、知恵がないのだ。なぜなら彼らは13、14の子供だ。日本であれば、中学生ぐらいの年頃だ。
そんな子供たちに理想を求めるなど、それこそ神様がチートをもたらして何でもできるようにする様な荒唐無稽のものではない限り、不可能である。
「……おや、これは王女様。挙手なされてどうしたのですか?」
「質問ですよ。見ればわかりますよね?」
「……『祝福』持ちじゃねぇくせに調子乗りやがって……」
舌打ちを小さく打ってから、発言を許可する。
カリナは頭を下げてから席を立ち、問いを投げかけた。
「なぜ、普通学校の者たちを対象としたのですか? 彼らはまだ、発展途上の段階と私は認識しています。将来的な国力を上げたいなら、まずは王立学院の者達へ実践の経験を与えることが、先決ではないのですか?」
事実、彼女の考えは正しかった。みすぼらしい武器を持たせて特攻させるより上層の人間が実戦経験を積むほうが将来的な国のためとなりえるからだ。
「……おぉっと、面白い考えありがとうございます。プッ、クククッ……」
下劣な笑みを零しながら、男は語る。
「姫様、確かに言うことは正しいです。ですが、あまりにも理想論だ。なぜなら……彼らの方が、将来的な金を作る可能性は高いからだ。王立学院の者たちは皆、貴族の生き方を知っている。姫様が触れ合った貧民とは、格が違う」
「まぁ、率直に言えば……彼らの命に価値はないんですよ」
「貴様ぁっ!! ふざけるなぁっ!!!」
カリナが感情を表に出し、怒る。
周りの生徒たちが動揺する中、男は嘲り笑う。
「落ち着いてください姫様。私は、今の『祝福』が重視される世論での一般的な意見を言ったまでです。例え技術をどれだけ身に着けても、『祝福』を持った人間たちは努力を一瞬にして凌駕するのです。王立学院に通われていた姫様なら、お分かりになられると思います」
周りの空気が、重々しさと殺気に包まれる。
「おっと、姫様に感化されて怒ってしまったようですね。でも、安心してください。生きて帰ってくれば、学ぶことなどすぐにできますから。何か異論はありますか? と言っても、そろそろ時間なので打ち切らせていただきますがね」
男は、下品な笑い声を出して去っていく。
重々しい沈黙を破る形で教師が授業を始めるが、どの人物もみが入らなかった。
そうして時間は流れ、昼になる。
「俺たち、戦争に行くのか……?」
「訓練って、何をさせられるんだろう……」
「死ぬのは嫌だよ……」
誰もが、未来への不安を口にしていた。
「ねぇ、カリナちゃん……私たち、死んじゃうのかな……」
そんな不安が、アリスからこぼれだす。その声は震えており、目には涙が浮かんでいる。声に呼応するように、教室の空気がよどみ、重さを増していく。
「……なせない」
カリナは、お弁当を開く動作を止めて、声に怒りを乗せる。
「私は、皆を死なせたくない……!」
その言葉に、クラスの仲間たちが困惑する。
どうやって解決するのだと、言いたげな視線が向けられる。
「でも、どうやって……?」
「決まってるじゃない。私が上層部へ、かけあうのよ」
予想外の提案に、周りの人間たちは困惑した。
「な、なんで!? あんたを、私たちは嫌っているのに!」
「助ける意味なんて、何にもないぞ。代価なんて出せるわけがない!」
彼女に興味を持たない、嫌っている人間たちが各々の感情を表に出す。カリナは、雑音を無視するように席を立ってから、自分の意思を伝える。
「……代価なんて、いりません。私はただ……人が人として生きる権利を、得てほしい。ただただそれだけなんですよ」
その言葉に、反感を持っていた者たちの言葉が止まる。
「……俺は、応援するぞ!」
「私も!」
沈黙の後に生まれたのは、熱狂的な喧噪だ。
その全てが、一人の少女に注がれている。
「今日、王都へと戻ります。皆様の意思が尊重してもらえるように……私なりに努力をしてみます」
「頼むぞ、カリナ様!」
「僕たちを救ってくれ!!」
利益があると思った人間たちが喜びをあらわにする。中にはチャント擬きの行動を起こす変人すらいた。そんな混沌が訪れている中、カリナの服裾をアリスが掴む。
「……カリナちゃん。絶対に、無事に戻ってきてね」
「……えぇ、絶対に戻ってきます。あなたを、殺させはしませんよ」
カリナは決意を固めてから、早退する形で普通学校を出る。
従者と共に馬を出し、荒野を矢のように駆けていく。
滝のように移り変わる景色が流れる中、日が落ちる寸前に到着した。
「そっちの物資はあそこに持って行って!」
「近衛憲兵は町の警備を!!」
「死者報告が使いから入りました!」
ブレス王国の王都に到着したころ、カリナに飛び込んできたのは、慌ただしく動く兵士たちの姿だった。王城の門前には荷馬車が列を成し、武具や物資が次々と運び込まれる。戦況の悪化を物語るかのように、城内の空気も重苦しい。
それ故か、町にもどこか陽が落ちている雰囲気があった。
「カリナ・トラナグルです。急務で戻りました」
「おかえりなさいませ、王女様。お入りください」
門番が彼女の姿を認めると、形式的な挨拶を行い道を開ける。
カリナは軽くうなずき、馬を降りるとそのまま足早に城内へと向かう。
王城内の煌びやかで優雅だった廊下は、変わらず軍人たちが忙しく闊歩する。貴族層は心ここにあらずといった形で遊びふける様子を見るに、協力関係は作れていないのだろうと察しづく。
「お戻りになられたのですね、カリナ様。ご勉学に対し熱心に取り組まれているとのことで、国を支えるものとして尊敬しております」
考察していると、渋い声の男が声をかけてきた。
ブレス王国指揮官の一人であるエストン将軍だ。
初老の男で、カリナの父とは深い親交を持つ。
「エストン将軍、貴殿を探していました。お話の時間はありますか?」
カリナはすぐに話の核心を求めた。
「……場所を移しましょう」
言葉に従い、場所を彼の自室に移した。
書類がたくさん置かれた、重々しい雰囲気を醸す部屋で、男が口を開く。
「はい、リヴァルディア王国軍の動きに変化がありました。敵軍は北東の国境付近で兵を集結させ、次の攻撃を準備している模様です。」
「北東……オーリスの森のあたりですね」
カリナは地図を思い浮かべながら答えた。
ブレス王国とリヴァルディア王国の境界に広がる広大な森林は、木材や鉱石など、物資拠点として重要視されている。
「敵の動きに応じて、こちらも兵を派遣する準備を進めています。しかし、先日の戦闘で多くの兵を失い、新たな徴兵を急いでいる状況でして……」
「学徒出陣、ですか」
カリナの言葉には微かな怒りが含まれていた。
彼女を見た将軍は冷や汗を流しながら、頭を下げる。
「……申し訳ありません、カリナ様。しかし、このままでは――」
「分かっています。だからここに来たんです」
カリナはエストンの言葉を遮るように答えた。その表情は冷静だったが、その内側には確かな葛藤が渦巻いている。
「国内の兵士を雇うことはできないんですか?」
「これ以上招集をかけるのは危険です。街の治安が悪化しますから」
「なるほど。ならば、貧民街からの募集は?」
「考えましたが、やはりなしかと。貧民は私たちが考える以上に下劣で卑怯者です」
「そうではないと思うが……」
「いえ、下劣です。大人の私が言うのだから、正しいのです」
語気を強めながら不快感を表に出す。初老の男が12ほどの少女に気を遣うのは負担がかかるのだろう、彼女は「……わかった」と呟き、
「ですが、それにしても学徒を戦場に送るのは早すぎます。訓練を施す時間がないまま送り込んでも、無駄に命を失うだけでしょう」
「それは、私も同感です。しかし、時間がないのもまた事実です」
カリナはしばらく考え込むように視線を落とし、それから再び顔を上げた。
「なら、こうするしかありませんね。お父様に、直談判します」
「な――何を言われているのですか? そんな、名も知れぬガキどものためになんで頭なんて下げる必要があるんですか!?」
「彼らは卑怯者ではないからです。王都学院で友達ができなかった私が初めて、心を許せる友人を手にできたんです。そんな経験ができたのに……むざむざ、戦場で命を散らさせるのはあまりにもむごい」
「……ほだされているだけですよ。それに、王女様は貴族とかだけを見てればいいんです。所詮、下民です。普通学校に通っている奴らなんて、弾でしかありませんよ」
本心からの罵倒であろう言葉に、カリナは凄まじい形相でにらむ。
一触即発の危機が訪れている中――
「いいじゃあないですかぁ? エストンしょうぐぅん?」
一人の男がノックもせずにはいってきた。
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